第30話 七つの傷
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
「今だ!」
ナポレオンの声と同時に、十五人が動いた。
狙うのは七か所。
右肩、左肩、右脚、左脚、腹部、胸脇、そして頭部。
レオナルド・ダ・ヴィンチが発見し、アラン・チューリングが解析した、BELLUMを構成する戦争記憶同士の接続点だった。
一つでも順序を外せば、おそらく失敗する。
朝倉湊はスマートフォンを横向きに構えた。
「七か所全部なんて、一画面に入らない!」
「入れる必要はない!」
走りながら、チューリングが叫んだ。
「順序を追え! 開く時間差は最大1.2秒!」
「それ先に言って!」
「今言った!」
「遅い!」
最初の接続点は、右肩だった。
赤い点が強く光る。
スパルタクスが正面から突っ込んだ。
BELLUMの右腕が巨大な剣へ変形し、そのまま振り下ろされる。
スパルタクスは避けなかった。鎖を巻いた左腕を上げ、真正面から受け止める。
轟音が響き、足元の地面が沈んだ。
「ぐっ……!」
赤い光がスパルタクスを包む。
――《NO MASTER》。
押さえつけられるほど、拘束されるほど、その出力は上がっていく。
「重いなら!」
スパルタクスは歯を見せて笑った。
「その分、返してやる!」
受け止めた巨大な腕へ、鎖を巻きつける。
一周、二周。
鎖を食い込ませ、一気に引いた。
BELLUMの右肩が、前へ大きく崩れる。
装甲の下から、赤く脈打つ接続点が露出した。
「一つ目!」
湊はカメラを向けた。
録画を続けたまま、赤い点を画面の中央に収める。
スパルタクスの剣が突き刺さった。
右肩の接続点が砕ける。
――CONNECT POINT 1/7 BREAK.
破壊とほぼ同時に、左肩の接続点が開いた。
上杉謙信は、すでに刀を構えていた。
BELLUMの左腕に複数の銃口が現れ、一斉に謙信へ向けられる。
だが、発砲より先に白い炎が広がった。
「行ってください!」
ジャンヌ・ダルクが、白い旗を掲げていた。
――《LA PUCELLE》。
放たれた銃弾が、次々と白い炎へ吸い込まれていく。
衝撃を受けるたび、ジャンヌの身体が震えた。
「無理するな!」
謙信が叫ぶ。
「守るためにここにいます!」
「なら」
謙信は一歩踏み込んだ。
「その守り、無駄にはせぬ」
刀が走る。
一撃、二撃。
狙っているのは銃口ではなく、装甲のわずかな隙間だった。
――《毘沙門陣》。
背後にはジャンヌとナイチンゲールがいる。
守るべき味方の存在により、謙信の戦闘判断と迎撃精度が高まっていた。
危険度表示はS。
BELLUMが左腕を引こうとする。
だが、謙信はその動きより先に踏み込んだ。
「遅い」
二撃目が、露出した赤い点を断った。
――CONNECT POINT 2/7 BREAK.
「二つ!」
湊は左肩の破壊を記録し、すぐにカメラを次の場所へ向けた。
三つ目は右脚。
織田信長が駆ける。
BELLUMが信長を認識した瞬間、その身体から黒と金の光が広がった。
見覚えのある領域だった。
「《天下布武》まで!?」
湊の顔色が変わった。
不完全な模倣とはいえ、周囲にいる低LEVELの能力が揺らいでいる。
凛の《ROUTE》が薄くなり、大地の《ANCHOR》も不安定になった。
「信長!」
湊が叫ぶ。
「お前の能力だろ!」
信長は笑っていた。
「俺のものではない」
「え?」
「奴が真似たのは」
信長が刀を抜いた。
「人が覚えた俺だ」
BELLUMの黒金の領域へ、信長自身の《天下布武》がぶつかった。
二つの支配領域が押し合い、空間そのものが軋む。
――同系統記憶干渉を確認。
――優先権判定。
BELLUMは、危険度EXの統合戦争記憶体。
対する信長は、LEVEL4。
単純な出力では、BELLUMの方が上だった。
それでも、信長の笑みは崩れなかった。
「借り物で」
一歩、前へ出る。
「俺を従わせるか」
信長の《天下布武》が収縮した。
今までよりもさらに狭い、信長の周囲数メートルだけへ集中していく。
――《天下布武》局所集中。
範囲を削った分だけ密度が上がり、BELLUMの模倣領域を押し返した。
「同じ能力なのに!」
湊が声を上げた。
「同じではない!」
テスラが答えた。
「何が!?」
「BELLUMは現象を学習した!」
信長が、さらに前へ進む。
「だが、何のために使うかまでは」
刀を振り上げた。
「覚えておらん」
斬撃が右脚の接続点を捉え、赤い光が破裂した。
――CONNECT POINT 3/7 BREAK.
湊は一瞬、言葉を失った。
能力の形や強さだけではない。
それを使う人間の目的と判断までは、簡単に真似できない。
「見るな!」
凛の声で、湊は我に返った。
次は左脚だった。
「俺の番!」
大地が走る。
BELLUMは巨大な脚を振り上げ、そのまま大地を蹴り飛ばそうとした。
まともに受ければ、人間の身体など簡単に吹き飛ぶ。
それでも大地は両足を地面へ固定した。
――《ANCHOR》。
「来い!」
巨大な足を両腕で受け止める。
腕も身体も、全身の骨が軋んだ。
「大地さん!」
湊が叫んだ。
大地は動かなかった。
そして、今までとは違う変化が起きた。
《ANCHOR》の光が、足元だけでなく、BELLUMに触れている両腕へ広がっていく。
――共鳴値上昇。
――《ANCHOR》対象拡張。
大地は目を見開いた。
「これ……」
BELLUMの左脚が止まった。
大地自身だけではない。彼がつかんだ相手まで、ほんの一瞬、固定されている。
「止まった!」
凛が叫んだ。
大地が笑った。
「できるじゃねえか!」
BELLUMは反対側の脚を持ち上げ、大地を踏み潰そうとした。
ハリエット・タブマンの足元に、星のような光が現れる。
――《NORTH STAR》。
「右!」
大地が反応した。
だが、《ANCHOR》は解除しない。
「まだ!」
ハリエットが、踏撃を避けられるわずかな経路を示していた。
その範囲の中で、大地は上半身を右へねじった。
BELLUMの足が、すぐ脇の地面を踏み砕く。
それでも、左脚の固定は続いている。
「凛!」
ハリエットが叫んだ。
「分かってる!」
凛は示された経路を自分の足で走った。
一度通った場所に、《ROUTE》の白い線が伸びる。
大地のいる位置まで、経路がつながった。
そこへ坂本龍馬が入った。
「借りるぜよ!」
「私の道!」
凛が驚く。
「通ってえいがやろ?」
「今はいい!」
龍馬は白い経路を駆け抜け、BELLUMの左脚へ迫った。
接続点を狙って拳銃を撃つ。
一発目の弾丸が外殻にひびを入れた。
「銃で壊れる?」
湊が疑問を口にすると、龍馬が笑った。
「銃だけやない」
その頭上に、初めて能力反応が現れた。
――歴史記憶体《坂本龍馬》。
――遺想能力発動。
《薩長連環》
――異なる所属・目的を持つ複数個体間の一時協働補正。
――共通目的が成立している間、連携精度を向上。
湊は目を見開いた。
「戦わせるんじゃなくて」
「繋げる能力?」
凛が続けた。
「喧嘩しゆう場合やないきね」
龍馬が答えた。
大地がBELLUMの脚を止め、ハリエットが安全な道を見つける。
凛がその道を通り、《ROUTE》として残す。
龍馬が、それぞれの動きを一つの目的へつないでいく。
「今!」
大地が叫んだ。
龍馬の二発目が、正確に接続点へ入った。
赤い光が砕けた。
――CONNECT POINT 4/7 BREAK.
「四つ!」
湊はカメラで破壊の瞬間を追った。
次は腹部。
テスラが走った。
だが、BELLUMも七つの接続点を狙われていると理解していた。
腹部の装甲が閉じ、その表面にジャンヌを模した白い炎が現れる。
さらに、信長を模した黒金の抑制領域まで重なった。
二重の防御だった。
「無理だろ!」
湊が叫んだ。
テスラは立ち止まらない。
「一つの能力ならな」
「二つある!」
「だから何だ」
テスラは両手で装置を操作し、青白い電気を生み出した。
だが、腹部へ直接撃たなかった。
電流を地面へ流し、BELLUMの身体に含まれる複数の金属を経路として選び始める。
「電気は」
テスラが言った。
「最短を行くとは限らない」
後方で、チューリングが抵抗値を計算していた。
「左肩破損部から腹部装甲まで、導通経路あり!」
「でも、途中で三つに分かれる」
ダ・ヴィンチが絵を見ながら指摘した。
「なら」
テスラが電流を三方向へ分けた。
一つは右、一つは左、もう一つは胸へ走る。
BELLUMには、どれが本命なのか分からない。
「戦争に」
テスラが言った。
「電気を教えたのは人間だ」
指を閉じる。
「なら、電気で戦争を壊すのも」
青白い閃光が弾けた。
「人間だ」
三本の電流のうち、二本は囮だった。
残る一本が金属の内部を迂回し、腹部へ達する。
外側を覆う白い炎は関係なかった。
電流が内部から接続点を焼いた。
――CONNECT POINT 5/7 BREAK.
「五つ!」
残るのは、胸脇と頭部。
BELLUMが咆哮した。
五つの接続点を壊された身体が、不安定に揺れる。
だが、戦闘学習率は58%まで上昇していた。
「速い!」
湊が表示を見る。
「接続点破壊に比例して、中枢へ戦闘情報が集中している!」
チューリングが叫んだ。
「壊すほど賢くなる!?」
最悪だった。
「あと二つ!」
ナポレオンの声が響いた。
六つ目の胸脇は、龍馬の担当だった。
だが、BELLUMもそれを理解していた。
三つの巨大な銃口が、龍馬へ向けられる。
「龍馬!」
湊が叫んだ。
ハリエットが《NORTH STAR》を使う。
だが、光は現れなかった。
「駄目!」
初めて、ハリエットの表情が変わった。
敵の観測が薄い場所は、どこにもない。
BELLUMは学習し、逃げ道をすべて塞いでいた。
三つの銃口に光が集まる。
「困ったのう」
龍馬は笑っていた。
凛の《ROUTE》は間に合わない。
ジャンヌは遠く、大地も固定を解除した直後で動けなかった。
そのとき、徳川家康が龍馬の前へ歩み出た。
「何をしてる!」
湊が叫んだ。
家康は刀を抜かず、BELLUMの砲口を見ていた。
一秒、二秒。
――《鳴くまで待とう》。
観測時間が積み重なる。
一発目が放たれた。
家康は半歩だけ動き、龍馬の肩をつかんで引いた。
砲弾が二人の間を通り抜ける。
二発目。
今度は龍馬の背中を押した。
「え!?」
龍馬が前へ倒れる。
その頭上を砲弾が通過した。
三発目が家康へ迫る。
家康は動かなかった。
「家康!」
信長の声が響く。
着弾の直前、家康は刀を抜いた。
砲弾を斬ることはできない。
刃の側面をぶつけ、軌道をわずかにそらした。
爆発が起きた。
家康の身体が吹き飛んだ。
「家康!」
ナイチンゲールが駆け寄った。
家康は地面に倒れ、苦しそうに咳をした。
起き上がった龍馬が、家康を見た。
「何で、お前が」
「今は」
家康は息を整えながら答えた。
「味方だろう」
龍馬の動きが止まった。
幕府側と倒幕側。
歴史の中では、単純に同じ側に立つ者ではない。
だが、今、家康は龍馬を守った。
少し離れた場所から、信長が家康を見た。
「死ぬなよ」
「あなたに言われたくありませんな」
「会話は後!」
ナイチンゲールが処置を始めた。
龍馬の顔から笑みが消えた。
BELLUMを見据え、拳銃を構える。
「借りは」
声が低くなる。
「返さんとのう」
――《薩長連環》。
光が龍馬、家康、ナイチンゲールをつないだ。
軍も時代も異なる三人。
それでも、BELLUMを止めるという目的は共通している。
家康が見切った三つの砲撃軌道が、そのまま龍馬へ共有されたわけではない。
だが、三人の動くタイミングが噛み合った。
龍馬の一発目が砲口を潰す。
二発目が胸脇の装甲を撃ち抜く。
三発目が、内部の接続点へ向かった。
「今ぜよ!」
遠くから、信長が刀を投げた。
龍馬の弾丸が装甲を割った直後、その刀が内部へ突き刺さる。
接続点が砕けた。
――CONNECT POINT 6/7 BREAK.
一瞬、全員の動きが止まった。
龍馬が信長を見る。
「助太刀か」
「勘違いするな」
「皆それ言うのう」
残る接続点は、頭部の一つだけだった。
担当はナポレオン。
だが、BELLUMの身体が変化を始めた。
六つの接続点を失った巨体が崩れていく。
いや、崩壊ではなかった。
不要になった外殻を、自ら捨てている。
甲冑、砲身、銃、鎧が次々と地面へ落ちた。
赤い霧が中央へ集約され、巨大だった身体が小さくなっていく。
「何してる?」
湊が聞いた。
ダ・ヴィンチの表情が険しくなる。
「軽くしている」
「戦闘学習情報を中枢へ集中!」
チューリングが数値を確認した。
「来るぞ!」
テスラが叫んだ。
巨体が三分の二になり、半分になり、さらに縮んでいく。
最後に残ったのは、人間より少し大きい程度の身体だった。
高さは二メートルほど。
人の形をしているが、顔はない。
赤黒い鎧をまとい、両手に剣を持っている。背には銃、腰には短剣があり、巨大なときよりも軽く見えた。
頭部には最後の接続点があり、その奥で赤い光が脈打っている。
――BELLUM PHASE SHIFT.
――統合外殻を破棄。
――高機動戦闘形態へ移行。
戦闘学習率、68%。
「嫌な予感しかしない」
湊が呟いた。
次の瞬間、BELLUMが消えた。
「え」
背後で音がした。
ナポレオンが振り向いた。
背中へ迫る剣を、拾った軍刀で受けようとする。
だが、構えが間に合わなかった。
BELLUMの一撃に刃を弾かれ、軍刀が手から飛んだ。
ジャンヌが白い炎を割り込ませ、ナポレオンへ届く一撃を受け止めた。
そのときには、二撃目が別の方向から放たれていた。
スパルタクスが鎖で受ける。
三撃目は、沖田のような鋭い刺突。
謙信が刀で弾いた。
四撃目と同時に、信長を模した黒金の領域が広がり、周囲の能力を揺らす。
五撃目では、テスラを模した電気を放った。
全員が散開して避ける。
「速すぎる!」
凛が《ROUTE》の白い経路を伸ばした。
BELLUMが、その線へ足を乗せた。
「嘘!」
凛が目を見開いた。
自分の作った道を、敵が使っている。
BELLUMは一気に加速し、凛の目の前へ現れた。
「凛!」
湊がスマートフォンを向ける。
間に合わない。
大地も遠い。
BELLUMが剣を振るう。
その瞬間、白い《ROUTE》が途中で消えた。
BELLUMの足が一瞬止まり、体勢が崩れる。
凛はICカードを握り直していた。
「私の道なんだから」
別の方向へ白い光を伸ばす。
「勝手に使わないで!」
《ROUTE》が再構築され、凛だけが横へ移動した。
BELLUMの剣が空を切る。
すぐに赤い目が凛を追った。
今の方法も学習された。次は同じ手が通じない。
「一回だけか」
凛の呼吸が荒くなっていた。
湊が横から走り込む。
「一回あれば十分!」
口に出してから、壮真の言葉を思い出した。
一秒あれば十分なときもある。
頭部に残る最後の接続点は、ナポレオンが狙っている。
だが、この速さでは、一人で攻撃を当てられない。
「ナポレオン!」
湊が叫ぶ。
「頭!」
「見えている!」
「俺が止める!」
「どうやって!」
「今考える!」
「無計画!」
「そっちに言われたくない!」
ナポレオンは一瞬だけ湊を見た。
「三秒作れ」
「また!?」
全員、三秒が好きすぎる。
だが、やるしかない。
何が使える。
BELLUMは、雨も花火も風も雑踏も見ている。武蔵と沖田の衝突、伝令兵の命令も知っている。
今までの記録では、対策される。
新しい現象が必要だった。
湊は、撮影を続けている画面を見た。
十五人の共闘。
家康が砲弾の軌道をそらした瞬間。龍馬と信長の連携。七つの接続点を狙う攻撃。
どれもBELLUM自身が見ている。
違う。
もっと単純なものがあった。
ついさっき、凛が自分で《ROUTE》を消した。
その瞬間、BELLUMの足が止まり、体勢を崩した。
動画にも残っている。
「これ」
湊は、その場面を選んだ。
――対象記憶を認識。
――経路消失に伴う運動状態変化。
――再現可能時間、0.9秒。
「いける!」
BELLUMが、また姿を消した。
湊はスマートフォンを高く掲げた。
自分を狙え。
心の中で、そう願う。
「おい!」
BELLUMが反応した。
先ほど異常な接続を起こした外部記憶個体として、湊に執着している。
「こっちだ!」
赤い目が湊へ向いた。
「朝倉! 危険!」
チューリングの声が飛ぶ。
「分かってる!」
BELLUMが消えた。
次の瞬間、湊の真正面に現れる。
怖かった。
身体が動かなかった。
いや、動いてはいけない。
限界まで引きつける。
BELLUMの剣が迫る。
「《REPLAY》!」
0.9秒。
BELLUMの足元で、存在しない《ROUTE》が消失したときの運動状態変化が再現された。
踏み込んだ場所から、進行を支えていた経路が突然失われる。
BELLUMの体勢が崩れた。
わずか0.9秒。
それだけだった。
「今!」
ナポレオンは、すでに走っていた。
だが、頭部の接続点までは届かない。
スパルタクスがナポレオンの前で膝をついた。
「乗れ!」
ナポレオンの足が一瞬止まる。
「何」
「早くしろ、皇帝!」
ナポレオンがスパルタクスの肩を踏んだ。
「重い!」
「黙れ!」
スパルタクスが立ち上がり、その力でナポレオンを持ち上げる。
ナポレオンは、反乱者の肩を踏み台にして空中へ跳んだ。
BELLUMが体勢を戻すまで、残り0.4秒。
ナポレオンには剣がなかった。
先ほどの攻撃で失っている。
「武器!」
湊が叫んだ。
その瞬間、横から一本の刀が飛んだ。
「使え!」
上杉謙信だった。
ナポレオンが空中で刀を受け取る。
一閃。
刃がBELLUMの頭部を走り、最後の赤い接続点を断った。
――CONNECT POINT 7/7 BREAK.
一瞬、静寂が訪れた。
BELLUMが完全に止まった。
ナポレオンは着地すると、謙信へ刀を投げ返した。
謙信が受け取る。
スパルタクスは笑っていた。
「皇帝を肩に乗せる日が来るとはな」
「二度とない」
「次は落とす」
「好きにしろ」
湊は息を吐いた。
「今の絶対、歴史にない光景だろ……」
「ここにある時点で全部そうでしょ」
凛が言った。
そのとき、BELLUMの身体に七つの亀裂が走った。
裂け目から光と赤い霧が漏れ出す。
――全接続点破壊を確認。
――統合戦争記憶の結合維持、失敗。
「やった?」
大地が聞いた。
誰も、まだ答えられなかった。
BELLUMが膝をつく。
赤い霧が身体から離れていった。
68%だった戦闘学習率が止まり、下降を始める。
67%、61%、54%。
「崩れてる!」
湊が声を上げた。
だが、別の数値を見ていたチューリングの表情が変わった。
「待って」
「何?」
新しい表示が現れていた。
――CORE COMPRESSION.
「違う」
テスラが言った。
「何が」
「崩壊ではない」
ダ・ヴィンチは、形を失っていくBELLUMを描いていた。
中央に一点を記す。
「集まってる」
七つの接続を失った戦争記憶は、消えているのではなかった。
すべてが胸の中央へ圧縮されている。
何千、何万もの戦争記憶が、小さな赤い球へ変わっていった。
BELLUMの身体が消える。
最後に残ったのは、直径三十センチほどの赤い球だった。
空中に浮かんでいる。
全員が動きを止めた。
MEMORIAの表示が現れる。
――統合戦闘記憶外殻、消失。
――第一主要記憶核《WAR》。
全員の目が変わった。
「CORE……」
湊が初めて目にする、七大COREの一つ。
赤い球体。《WAR》。
まだ、所有者はいない。
次の表示が現れた。
――FINAL WAR PROTOCOL.
――最終工程へ移行します。
全員が息を呑んだ。
――五代表個体による停戦権限認証を開始してください。
ナポレオン、スパルタクス、ジャンヌ、テスラ、湊。
五人の腕にある印が光った。
赤いCOREの周囲に、五つの認証位置が現れる。
「これで、六十秒?」
凛が聞いた。
「まだだ」
テスラが答えた。
『湊さん』
高瀬蓮から通信が入った。
「蓮」
『全軍通信、準備できます』
声には疲れがにじんでいた。
それでも、言葉ははっきりしている。
『いつでも送れます』
湊は《WAR》を見た。
五人の代表が、それぞれの位置へ入る。
一つ目にナポレオン。
二つ目にスパルタクス。
三つ目にジャンヌ。
四つ目にテスラ。
五つ目に湊。
――五軍代表認証。
――完了。
赤いCOREから放たれた光が、戦場全域へ広がった。
――全戦闘記憶体への停戦命令を準備。
――参加者への強制命令権限はありません。
それは分かっている。
戦闘記憶体には命令できても、参加者は自分の意思で武器を下ろさなければならない。
「蓮」
湊が呼びかけた。
「送って」
『何を言います?』
一度目の放送では、六十秒だけ協力してほしいと伝えた。
だが、今度は本番だった。
失敗すれば、BELLUMが戻るかもしれない。
黒いノートの男も、まだどこかにいる。
何を言えば、全員が戦うことをやめるのか。
湊はナポレオンを見た。
「何て言う?」
「お前が始めた」
「責任重いな」
「最後までやれ」
「命令なら聞かんぞ」
スパルタクスが言った。
「分かってます」
「朝倉さんの言葉でいいと思います」
ジャンヌが優しく言った。
「短くしろ」
テスラが加える。
「みんな注文多い」
「大丈夫」
凛が笑った。
湊は彼女を見た。
「失敗したら?」
「次」
その返事に、湊も少し笑った。
自分が以前、凛へ言った言葉だった。
スマートフォンを握る。
蓮が通信をつないだ。
――《ECHO》。
五軍すべてへ、声を送る回線が開かれた。
湊は息を吸った。
『聞こえてる人へ』
その声が、戦場の外周へ届く。
王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍、無名軍。
武蔵、沖田、伊能、相馬、壮真、真奈、玲奈。
そして、黒いノートの男も、どこかで聞いている。
『今から、六十秒だけ』
湊は赤い《WAR》を見た。
『戦争をやめよう』
声が戦場全域へ広がった。
――停戦準備。
――COUNTDOWN STANDBY.
60。
数字は、まだ動かない。
カウントダウンを始めるには、すべての参加者が敵対行動を止める必要がある。
そのとき、外周で一発の銃声が響いた。
数字は動かなかった。
誰かが、まだ戦っている。
湊の顔が強張った。
『まだ止まってません!』
蓮が叫んだ。
そこへ、別の声が混じった。
笑い声だった。
『そう簡単に』
湊には、すぐに分かった。
黒いノートの男。
『終わらせないって』
どこかの外周にいる。
湊は拳を握った。
BELLUMは倒した。
だが、最後に止めなければならないのは、戦争そのものではない。
戦うことを選ぶ、人間だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




