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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第一章 無名軍

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第3話 REPLAY

歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。


※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。

――初期配置を実行します。


 その声と同時に、視界が白く染まった。


 湊が次に目を開けたとき、巨大な広場は消えていた。


 周囲には古びた建物が並んでいる。昭和の商店街を思わせる通りの向こうに高層ビルがそびえ、さらに奥には城壁らしきものまで見えた。


 やはり、この世界は何かがおかしい。


 異なる時代の景色が、無理やり一つにつなぎ合わされている。


 無名軍の参加者たちも、同じ区域へ転送されていた。空には、まだ保護期間のカウントダウンが浮かんでいる。


 周辺を確認し、役割を分担しているうちに、残り時間はかなり減っていた。


00:11:26


「あと十一分か」


 壮真が腕時計を見ながら言った。


「これ終わったら、本当に何でもありになるのかな」


「少なくとも、システムはそう言ってる」


 凛が答える。


 無名軍では、相馬を中心に簡単な役割分担が始まっていた。戦えそうな者、怪我人の対応ができそうな者、食料や水を探す者、周囲を確認する者。


 とはいえ、誰にも軍隊経験などない。集団としての形は、まだできていなかった。


 湊たち三人も、相馬に呼ばれた。


「お願いがあります」


 相馬が簡単な地図を広げる。転送された直後、参加者たちが見て回った範囲を書き込んだものだった。


「三人で、この辺りを見てきてもらえませんか」


 壮真が自分を指さす。


「俺たち?」


「若いし、三人なら互いに補い合える。それに、単独行動よりは安全でしょう」


「俺のスマホ、今のところ何もできないですけど」


 湊が言うと、相馬は苦笑した。


「それでも、三人で動く方がいい。何かあったとき、助けを呼べますから」


 凛が地図を覗き込んだ。


「どこまで?」


「遠くへ行く必要はありません。保護期間が終わる前に戻ってきてください」


 そのとき、システムの声が響いた。


 ――新規情報を開示します。


 全員が顔を上げると、空中に小さな光点がいくつも現れていた。


 ――副記憶核《MINOR CORE》を確認。


 ――MINOR COREを所有することで、七大MEMORIA COREに関する追加情報が開示される場合があります。


 ――初期領域周辺にMINOR CORE反応を確認。


 湊のスマートフォンが振動した。


 画面に地図が自動で表示され、赤い点が一つ浮かび上がる。


「近いな」


 壮真が覗き込んだ。


 凛も自分の表示を確かめる。


「他の軍にも同じ情報が行ってるのかな」


 少し間を置いて、システムが答えた。


 ――当該座標情報は、周辺配置参加者へ共有されています。


 三人とも黙った。


 どの軍に共有されたのか。何人が向かっているのか。そこまでは表示されていなかった。


 壮真が小さく笑う。


「そこは教えてくれないのね」


 相馬の表情が険しくなった。


「無理に取りに行く必要はありません」


「でも、他の誰かが取ったら?」


 凛が聞く。


「それも分からない。そもそも副記憶核が何に使えるのかすら説明されていない」


 湊は赤い点を見た。


 徒歩で十分ほどの距離だった。保護期間の残りは十数分。余裕があるとは言えないが、場所を確かめることはできそうだった。


「見るだけなら行けます」


 相馬が湊を見た。


「危険だと思ったら必ず戻ってきてください」


「分かりました」


 壮真が肩をすくめる。


「じゃあ偵察隊、結成だな」


「勝手に名前つけないで」


 凛が言った。


 三人は無名軍の開始領域を出た。


 目的地は、古い商店街を抜けた先にあった。


 途中までは誰にも会わなかった。それでも、緊張は消えない。空の数字は、一秒ずつ減り続けている。


00:03:12


00:03:11


00:03:10


「戻った方がよくない?」


 凛が言った。


「目的地、もうすぐだぞ」


 壮真が地図を見る。


「見るだけ見て戻ろう」


 湊も同意した。


 商店街を抜けたところで、三人は足を止めた。


 小さな広場の中央に、拳ほどの光の塊が浮かんでいる。赤でも青でもない、透明に近い光だった。


 ――MINOR CORE反応を確認。


「これか」


 壮真が一歩近づこうとした。


「待って」


 凛の声に、壮真が止まる。


 広場の反対側へ続く道から、三人の参加者が現れた。湊たちと、ほぼ同時の到着だった。


 頭上には、砕けた鎖の紋章が浮かんでいる。


 第二軍《革命軍》。


 相手もこちらに気づき、足を止めた。


00:01:42


 保護期間は、まだ残っている。


 誰も武器を向けないまま、革命軍の先頭にいた男が口を開いた。


「無名軍か」


 三十代くらいに見える。手には、まだ何も持っていなかった。


「そっちは革命軍?」


 壮真が聞く。


「ああ」


 男の後ろには、若い女と大柄な男が立っていた。


 しばらく誰も動かなかった。


 全員の視線が、広場の中央にある副記憶核へ向いている。


 先に口を開いたのは、革命軍の男だった。


「悪いが、こいつは俺たちがもらう」


 壮真が笑う。


「そういうルールなの?」


「ルールじゃない」


 男は笑わなかった。


「必要なんだ」


「こっちだって同じだろ」


「無名軍に何ができる」


 凛の表情が変わった。


 壮真も笑わなくなる。


 湊が口を挟んだ。


「まだ何に使うかも分かってない」


「だから先に取る」


 男は答えた。


「勝てば帰れる。それだけ分かれば十分だ」


 その顔に、一瞬だけ迷いのようなものが浮かんだ。


「俺たちにも帰らなきゃならない理由がある」


 湊は何も言えなくなった。


 こちらと同じだ。


 相手も帰りたい。向こう側に、何か帰らなければならない理由がある。


 それでも、中央にある核は一つだけだった。


 湊は空を見上げた。


00:00:18


00:00:17


「十八秒」


 凛が呟いた。


 誰も動かなかった。


00:00:10


 革命軍の男が右手を握る。その手元で、何かが淡く光り始めた。


 壮真も腕時計へ触れ、凛はICカードを握った。


 湊はスマートフォンを見た。


 何も表示されない。


00:00:03


00:00:02


00:00:01


 ――初期保護期間を終了します。


 一瞬の静寂があった。


 ――軍間戦闘制限、解除。


 革命軍の男の右手に、光の槍が形成された。


 ――MEMORIA ALERT


 ――敵性遺想能力の発動を確認。


 ――遺想能力強度、LEVEL 2。


 ――危険度、D。


「退け!」


 男が叫んだ。


「こいつは俺たちが取る!」


「だから無理だって!」


 壮真が前へ出た。


 光の槍が放たれ、その胸を貫いた。


「壮真!」


 湊が叫んだ。


 その瞬間、壮真の腕時計が激しく震えた。


 ――遺想具共鳴を検出。


 ――共鳴値、規定値を突破。


 ――初期遺想能力を解放します。


 カチッ。


 腕時計が音を立て、世界が歪んだ。


 光の槍が消える。


 時間が、ほんの一秒だけ戻った。


 槍が放たれる直前、壮真はすでに身体を横へ投げ出していた。今度は、光が頬をかすめて通り過ぎる。


「……何だ今の!」


 壮真本人も驚いていた。


 腕時計の表面に、文字が浮かんでいる。


BACK SECOND


 ――遺想能力《BACK SECOND》を確認。


 ――一秒間の局所時間遡行。


「一秒……?」


 壮真は腕時計を見た。


「親父、もう少し良い能力くれよ!」


「十分すごいでしょ!」


 凛が叫んだ。


 今度は革命軍の女が、こちらへ走ってくる。その手には短剣が現れていた。


 凛がICカードを強く握りしめる。


「来ないで!」


 カードの表面を、淡い光が走った。


 ――遺想具共鳴を検出。


 ――共鳴値、規定値を突破。


 ――初期遺想能力を解放します。


 ――MEMORIA NOTICE


 ――遺想能力《ROUTE》を確認。


 地面へ淡い線が走った。


 線は広場の横にある石壁へ向かい、そのまま壁の向こうへ続いていた。


 凛が目を見開く。


「これ……」


「使えるの?」


 湊が聞いた。


「分からない!」


 壁の一部が揺らぎ、向こう側へ続く細い通路が現れた。


「行って!」


 壮真が走った。


 湊も続こうとしたが、その前に、革命軍の大柄な男が地面を殴りつけた。


 衝撃で通路が大きく歪む。


 凛が倒れ、壮真だけが壁の向こう側へ抜けた。


「凛!」


 湊が駆け寄る。


「平気……でも道が消える!」


 光の通路は、みるみる細くなっていた。


 革命軍の三人が迫ってくる。


 光の槍を使う男が、再び腕を上げた。


「悪いが、こっちも負けられない」


 その言葉が、妙に耳に残った。


 悪人ではない。こちらを殺したくて戦っているわけでもない。


 それでも、負ければ自分たちが帰れない。


 だから戦う。


 湊はスマートフォンを握りしめた。


 何とかしろ。


 凛には《ROUTE》がある。壮真には《BACK SECOND》がある。


 自分には何がある。


 画面を見ても、何も現れなかった。


 初期遺想能力強度LEVEL 1。危険度E。希少度UNKNOWN。


「何でだよ……」


 男が槍を構える。


 凛が立ち上がろうとした。


「私が止める」


「無理だ」


「じゃあどうするの!」


「分かんねえよ!」


 怖かった。


 また誰かが消える。


 凛かもしれない。壮真かもしれない。自分かもしれない。


 死んだら、誰にも覚えてもらえなくなる。


 さっき消えた、名前も思い出せない誰かのように。


 湊の胸の奥へ、強い感情が込み上げた。


 嫌だ。


 忘れたくない。


 忘れられたくない。


 その瞬間、スマートフォンが震えた。


 一度、二度、三度。


 画面が勝手に切り替わり、写真や動画、音声、メッセージが高速で流れていく。


 何年も消さずに残してきた、湊自身の記録だった。


 ――感情共鳴値の上昇を確認。


 湊は顔を上げた。


「……何?」


 ここまでは、壮真や凛と似ている。


 だが、次に流れた音声は違った。


 ――外部記憶領域との再接続を確認。


 湊の表情が変わる。


 ――記憶領域への接続を開始。


 ――第一記憶領域、接続完了。


 画面の中央に、新しい文字が現れた。


ABILITY UNLOCK


 続いて、能力名が表示される。


REPLAY


 ――遺想能力《REPLAY》を解放します。


「リプレイ……?」


 説明はなかった。


 光の槍を構えた男が踏み込む。


 湊はスマートフォンへ目を落とした。画面に並んでいるのは、写真ではなく動画だった。


 その中の一本で、指が止まった。


 数年前に撮影した、激しい雨の動画。


 道路を大量の水が叩いている。


 学生時代、友人とコンビニの軒下で雨宿りしたとき、暇つぶしに撮ったものだった。


 消しても困らない。そう思っていたはずの動画だ。


 ――《REPLAY》対象を認識。


 ――再現可能時間、3.2秒。


「三秒……」


 槍が放たれた。


 湊は動画を押した。


「やれ!」


 ――《REPLAY》。


 瞬間、空が変わった。


 狭い広場の一帯へ、滝のような雨が叩きつけられる。


「何だ!?」


 革命軍の男が叫んだ。


 女も大柄な男も、突然の豪雨に視界を奪われている。


 湊自身も驚いていた。


「これ……俺が?」


 雨は、三秒ほどで突然消えた。


 それでも、地面には大量の水が残っていた。


 凛が立ち上がる。


「湊! 壁の方!」


 彼女はICカードを握りしめた。


「さっきの道、一度繋がった。ならもう一回いける!」


 ――《ROUTE》。


 壁に再び、光の道が現れた。


「行って!」


 湊が飛び込み、凛が続く。


 向こう側で待っていた壮真が、二人を引っ張った。


 三人が抜けた直後、通路は完全に消えた。


「走るぞ!」


 壮真の声に、三人は一気に走り出した。


 副記憶核は取れなかった。


 革命軍も追っては来なかった。


 お互い、まだ自分たちの能力すらまともに分かっていない。完全な決着ではなかった。


 それでも、三人は生き残った。


 古い倉庫へ逃げ込み、三人はようやく足を止めた。


 壮真が床へ座り込む。


「……無理。もう走れん」


 凛も壁へ背を預けた。


「体力なさすぎ」


「そっちも息切れてるじゃん」


 二人のやり取りを聞きながら、湊はスマートフォンを見た。


 初めて見る能力説明が表示されていた。


《REPLAY》


 保存された記憶情報から、記録された現象の一部を再現する。


 再現時間、再現範囲、出力は記憶強度および同期率に依存。


 その下に、新しい項目が現れた。


RESONANCE


 数値らしき表示もあったが、すぐに消えてしまった。


「今の何だ?」


 湊が画面に触れても、表示は戻らなかった。


 壮真が覗き込む。


「何かあった?」


「共鳴……みたいな表示」


 壮真も自分の腕時計を見た。


「俺のにも一瞬出てた気がする」


 凛がICカードを確認する。


「私も」


 三人とも、その意味は分からなかった。


 ただ、危機に陥り、強い感情が動いたとき、遺想具が応えた。それだけは共通していた。


 壮真が湊のスマートフォンへ視線を戻す。


「さっきの雨、昔の動画から出したのか?」


「みたいだ」


「それ、かなりすごくない?」


 凛が言った。


「まだ三秒だぞ」


「使い方次第でしょ」


 壮真がニヤッとする。


「スマホ、ハズレじゃなかったな」


 湊は苦笑した。


 どうでもいいと思っていた動画が、三人を救った。


 その事実が、何となく不思議だった。


 凛が画面を見ながら言った。


「でも、やっぱり変」


「何が?」


「私も壮真も、『共鳴値が規定値を突破』って出た」


 壮真が頷く。


「俺も」


 凛は湊を見た。


「でも湊は、そのあと別のこと言われてた」


「外部記憶領域?」


「それ」


 湊はスマートフォンを見た。


 前にも出た言葉だった。


 外部記憶領域。


 何なのかは、分からない。


「しかもUNKNOWNだしな」


 壮真が言った。


「怖いこと言うなよ」


「今さらでしょ」


 凛に言われ、湊は何も言い返せなかった。


 そのとき、スマートフォンが一度だけ点滅した。


「ん?」


 写真一覧が勝手に開く。


 その中に、見覚えのない画像が一枚だけ混ざっていた。


 少女。


 古いカメラ。


 笑顔。


 湊が指を伸ばす。


 だが、触れる寸前に画像は消えた。


「……まただ」


「何?」


 凛が聞いた。


「いや……何でもない」


 気のせいではなかった。


 最初にあの広場へ来たときにも見た、同じ少女だ。


 知っている気がする。


 だが、思い出せない。


 壮真が立ち上がった。


「無名軍のところへ戻ろう。副記憶核は取れなかったけど、情報は持って帰れる」


 凛も頷いた。


 湊がスマートフォンをポケットへ入れた、そのときだった。


 カン――。


 遠くから、硬いもの同士がぶつかる音がした。


 三人は動きを止めた。


「何?」


 壮真が辺りを見回す。


 もう一度、同じ音が響いた。


 カン――。


 さっきより近い。


 湊のスマートフォンが震えた。


 ――MEMORIA WARNING


 三人の表情が変わる。


 ――未所属歴史記憶体の接近を確認。


「歴史記憶体?」


 凛が呟いた。


 ――遺想能力強度、LEVEL 5。


 壮真の顔から笑いが消えた。


「……5?」


 ――危険度、S。


 ――希少度、LEGEND。


 倉庫の外、路地の向こうから、一人の男が歩いてきた。


 着流し姿で、腰には刀ではなく二本の木刀を差している。


 ――個体識別を開始。


 男がこちらを見た。


 ――個体識別完了。


 ――宮本武蔵。


 数秒の沈黙が流れた。


 最後に、それまで一度も聞いたことのない警告が響く。


 ――交戦を推奨しません。


 壮真が小さく呟いた。


「……それ、どういう意味だよ」


 宮本武蔵が、わずかに口元を上げた。


「さてな」


 三人が息を呑む。


 武蔵は二本の木刀へ手をかけながら、一歩こちらへ進んだ。


「ただ、その声なら俺にも聞こえたぞ」


 そして笑った。


「で?」


「お主ら――逃げるのか?」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。

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