第28話 十五人の戦争
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
《BELLUM》。
危険度EX。
人類が積み重ねてきた、無数の戦争記憶の統合体が、朝倉湊たち十五人の前に立っていた。
巨大な身体には、統一された形がなかった。
右肩には古い甲冑が重なり、左腕には近代の軍服が張りついている。胸を覆う金属板は騎士の鎧にも見えたが、その隙間からは銃身や砲身が突き出していた。
頭部も同じだった。
兜、鉄帽、防毒面。いくつもの顔を重ね合わせたような外殻の奥で、赤い目が光っている。
右腕には、剣や槍、銃、砲の記憶が融合していた。
BELLUMが、その腕を振り上げた。
「来る!」
誰が叫んだのか、分からなかった。
巨大な刃が落ちてきた。
「散れ!」
ナポレオン・ボナパルトの声に、湊は反射的に動きかけた。
その横で、スパルタクスが叫んだ。
「命令するな!」
「なら潰されろ!」
「言われなくても避ける!」
言い争いながら、二人とも同じ方向へ飛んだ。
「今やる!?」
湊も走った。
凛が《ROUTE》の白い経路を伸ばし、大地が《ANCHOR》で踏みとどまる。
そのとき、ジャンヌ・ダルクが巨大な刃の正面へ出た。
「ジャンヌ!」
白い旗が光った。
――《LA PUCELLE》。
白い炎が盾となり、BELLUMの刃を受け止めた。
轟音が響いた。
地面が割れ、ジャンヌの身体が一瞬沈んだ。
「っ……!」
白い炎が大きく揺れた。
湊は目を見開いた。
これまで人間の攻撃を、ほとんど動かずに受けていたジャンヌが押されている。
――防御記憶容量、急速消費。
「長くは持ちません!」
ジャンヌが叫んだ。
その目の前で、BELLUMの刃が変形した。
砲身になった。
「何!?」
至近距離で砲撃が放たれた。
白い炎の中で爆発が起き、ジャンヌの身体が吹き飛んだ。
「ジャンヌ!」
ナイチンゲールが走った。
地面を転がりながらも、ジャンヌは旗を離さなかった。
「大丈夫です!」
「それ大丈夫な飛び方じゃない!」
湊が叫んだ。
ナイチンゲールがジャンヌの横へ膝をついた。
手元に淡い青い光が灯る。遺想能力が傷の進行を抑え、受けた衝撃や熱による負担を和らげていった。
「骨折はありません」
「ありがとうございます」
「まだ立たないで」
「立ちます」
「患者は言うことを聞いてください」
「すみません」
そう言いながら、ジャンヌはもう立ち上がっていた。
壮真がここにいたら、絶対に何か言っていただろう。
だが、今ここにいるのは十五人だけだった。
BELLUMは止まらない。
今度は左腕が変化し、無数の銃口が現れた。
「伏せろ!」
テスラが叫んだ。
一斉に銃声が響いた。
何十、何百という弾丸が放たれる。
「右翼へ!」
ナポレオンの声に、今度は誰も文句を言わなかった。
全員が右へ動いた。
だが、一人だけ、その場に残った。
大地だった。
「俺が止める!」
「無理です!」
凛が叫んだ。
大地は《ANCHOR》で足を固定し、両腕を前へ出していた。
だが、それは弾丸を身体で止める能力ではない。
「馬鹿!」
湊が走り出そうとした、その前へ別の男が出た。
上杉謙信だった。
大地の前で、刀を抜く。
「下がらぬなら」
刃が走った。
すべての銃弾を斬ったわけではなかった。
刀の角度を変えて何発かを弾き、身体を必要な分だけずらしている。
大地へ直撃する弾道だけを、変えていた。
「おお……」
守られている大地自身が驚いていた。
「退かぬ力があるなら」
謙信の刀が、次の弾丸を弾いた。
「退くべき時は、他の者が作ればよい」
大地が一瞬笑った。
「助かります!」
「礼は後だ」
BELLUMの武器が、さらに変わった。
巨大な騎兵槍が、横薙ぎに振るわれる。
「来る!」
凛が動き、《ROUTE》の白い経路を示した。
だが、ここは彼女がほとんど歩いていない中央戦場だった。
使えるのは、今までに自分が通った短い区間だけだ。十五人全員を逃がせるほど、長い経路は作れない。
「ここまで!」
白い線が途中で切れた。
「十分だ!」
大地が前へ出た。
――《ANCHOR》。
巨大な槍を両腕で受け止める。
「ぐっ……!」
足元にひびが走った。
身体は後ろへ動かなかった。だが、骨が軋んでいた。
「大地さん!」
湊は動画を探した。
衝撃を、少しでもずらせるもの。
強風の記録を選んだ。
「《REPLAY》!」
横風が数秒間、吹きつけた。
巨大な槍の軌道が、ほんのわずかにずれる。
大地がそれに合わせて押し出すと、槍の先が地面へ突き刺さった。
「今だ!」
ナポレオンの声と同時に、スパルタクスが走った。
「お前に言われたんじゃない!」
「なら偶然だ!」
スパルタクスの身体を、《NO MASTER》の赤い光が包んだ。
BELLUMの槍に鎖を巻きつけ、引く。
「うおおおお!」
巨大な腕の動きが止まった。
ナポレオンが剣を上げた。
「左翼!」
ここにいる王冠軍は三人だけだった。
それでも、金色の光が伸びた。
――《GRANDE ARMÉE》。
ナポレオン、信長、家康が接続される。
視界、位置、行動の情報が共有された。
「三人で軍とはな」
信長が笑った。
「三人でも軍は軍だ」
「それは少し強引では」
家康が言った。
「動け」
「はいはい」
信長が刀を構え、BELLUMの腕の継ぎ目へ向かった。
家康は反対側へ回ったが、すぐには攻撃しなかった。
地面と周囲の位置関係、そしてBELLUMの動きを見ている。
「右足」
「何だ」
ナポレオンが反応した。
「三歩ごとに止まる」
BELLUMが足を動かした。
一歩、二歩、三歩。
わずかに動きが止まる。
「今です」
ナポレオンが剣を向けた。
「撃て!」
「何を!?」
湊は思わず叫んだ。
ここに砲兵はいない。
だが、テスラが反応した。
「理解した」
手元の装置に電気が走る。
――《ALTERNATING CURRENT》。
青白い電流が地面を走り、BELLUMの右足へ集中した。
金属の鎧や砲身など、複数の記憶素材を電気が伝う。
バチッ、と光が弾けた。
BELLUMの身体が、一瞬硬直した。
「通る!」
テスラが言った。
「全体ではない!」
チューリングが、すぐに解析を加えた。
「電導性の高い部位だけです!」
ダ・ヴィンチは、すでに紙に描いていた。
「なら、金属部と非金属部を分ける」
BELLUMの身体が、いくつもの線で分けられていく。
湊は三人を見た。
戦いながら、テスラが試し、チューリングが法則を探り、ダ・ヴィンチが構造を描き出している。
「叡智軍怖いな」
凛が呟いた。
「敵じゃなくてよかった」
「今だけね」
湊が返した、そのときだった。
BELLUMの胸が開いた。
赤い光の中から、大量の戦闘記憶体が落ちてきた。
「増えるの!?」
青軍と緑軍の兵士に交じり、騎士や侍、槍兵が現れた。
何十体もの敵が、十五人を囲んでいく。
「役割を分ける」
ナポレオンの表情は変わらなかった。
「お前が決めるな」
スパルタクスが言った。
「ではお前が決めろ」
「正面を壊す」
「分かった」
スパルタクスが一瞬止まった。
「……それだけか」
「十分だ」
「気に入らん」
そう言いながらも、スパルタクスは前へ出た。
赤い光をまとい、戦闘記憶体の群れへ突っ込む。
一人目の盾を剣で叩き、二人目の足には鎖を絡めた。三人目を身体ごとつかみ、投げ飛ばす。
「正面は任せろ!」
「なら中央は革命軍が切り開け!」
ナポレオンが即座に返した。
「命令するな!」
「今お前が任せろと言った!」
スパルタクスが黙った。
龍馬が笑った。
「気が合うちゅうことじゃないが?」
「合わん!」
二人の声が重なった。
ハリエット・タブマンがため息をついた。
「話してる暇ある?」
言い終えると同時に、壁際へ走った。
システムが反応した。
――歴史記憶体の遺想能力発動を確認。
星のような淡い光が灯り、足元に細い線が現れる。
――《NORTH STAR》。
――追跡回避・退避経路認識補助。
――保護対象に対し、敵対観測の薄い経路を提示。
「こっち!」
ハリエットが示したのは、包囲の中のわずかな隙間だった。
普通なら道には見えない場所に、光が続いている。
「凛!」
湊が呼ぶと、凛も同時に気づいた。
「使える!」
敵に見つかりにくい経路を、凛が自分の足で走った。
その通過済みの道に、《ROUTE》の白い光が伸びる。
「全員こっち!」
二つの能力がつながった。
逃げるためだけの道ではない。BELLUMの側面へ回り込むための経路だった。
「道ができたのう」
龍馬が笑い、拳銃を構えた。
一発目が戦闘記憶体の武器を弾く。
二発目を足元へ撃ち、その動きを止めた。
「ほいたら、行こうか」
正面をスパルタクスが破り、ハリエットが隠れた道を示し、龍馬が後ろから支える。
革命軍の三人が、一気にBELLUMの側面へ進んだ。
「すげえ」
湊は思わず声を漏らした。
反対側では、聖域軍が動いていた。
ジャンヌが白い炎で負傷者を守り、その後方でナイチンゲールが傷を確かめている。
謙信は刀を手に、前に立っていた。
盾と、刃と、生存を支える者。
三人の役割は明確だった。
BELLUMから黒い槍が伸び、ジャンヌを襲った。
白い炎がそれを受ける。
二本目は、別の方向からナイチンゲールへ向かっていた。
「来ます!」
謙信が一歩前へ出て、黒い槍を斬り払った。
さらに三体の戦闘記憶体が迫る。
謙信が静かに構えた。
――歴史記憶体《上杉謙信》。
――遺想能力発動を確認。
――《毘沙門陣》。
――防衛対象が存在する戦場において、戦闘判断・迎撃精度を補正。
危険度の表示が、AからSへ変わった。
「また上がった!」
凛が声を上げた。
謙信の背後にはナイチンゲールがいて、横にはジャンヌがいる。
守る相手がいることで、その力が増していた。
一体目を最短の刀筋で斬った。
二体目の槍を受け流し、三体目が銃を撃つ前に距離を詰める。
速さでは沖田ほどではなく、適応では武蔵ほどではないのかもしれない。
それでも、必要な瞬間に、必要な場所へ立っていた。
「越後の龍」
少し離れたところから、信長が声をかけた。
謙信が目を向ける。
「尾張の織田殿か」
「知ってるんだ」
湊が呟いた。
同じ時代を生きた二人は、互いの名を知っていた。
「守る戦か」
信長が聞いた。
「そちらは支配する戦か」
「今は同じ敵だ」
信長が笑うと、謙信は戦闘記憶体を斬りながら答えた。
「なら、背中くらいは預けよう」
信長が一瞬、目を細めた。
「面白い」
二人の距離が近づき、背中合わせになった。
信長の周囲に黒と金の光が広がる。
《天下布武》。
湊の表情が変わった。
「待って!」
LEVEL3以下の能力が抑えられ始めた。
凛の《ROUTE》が消えかけ、大地の《ANCHOR》も揺らぐ。
「信長!」
「何だ」
「味方まで消える!」
「知っておる」
「じゃあ止めて!」
信長は少し考えた。
すると、広がっていた領域が狭まった。
「……え?」
黒と金の光が、BELLUMから出た戦闘記憶体の一部へ集中していた。
――《天下布武》。
適用領域が縮小し、その中の干渉が強まる。
戦闘記憶体が使っていた強化や防御の小さな能力が、次々と消えた。
「範囲変えられたの?」
湊は初めて見る使い方だった。
「できぬとは言っておらん」
「最初からやってくださいよ!」
「必要がなかった」
「性格悪い!」
謙信が、わずかに笑った。
「何がおかしい」
「いや、相変わらずだと思ってな」
謙信が刀を振るった。
「貴様に言われたくない」
二人が左右の敵を切り開いていった。
だが、湊も見ているだけではいられなかった。
BELLUM本体には、まだほとんど傷がついていない。
「朝倉!」
テスラに呼ばれた。
「はい!」
「スマートフォン!」
「何!」
「撮れ!」
「何を!?」
ダ・ヴィンチが紙を投げてよこした。
受け取ると、BELLUMの絵が描かれていた。身体の各部が分けられ、色がついている。
「ここ」
ダ・ヴィンチが胸の中央にある黒い円を示した。
「外側は記憶の集合。中心だけ動きが違う」
「全攻撃の直前、0.4秒から0.7秒」
チューリングが数値を確かめていた。
「何が?」
「胸部中枢から使用武器へ信号が走っています」
「神経と考えればいい」
テスラが言った。
「胸が本体?」
「可能性」
「また可能性!」
「科学に絶対を求めるな」
テスラの装置に電気が集まった。
「開ける!」
青白い電流がBELLUMの金属部分を走った。
外殻の一部が発光し、動きが止まる。
「今!」
ダ・ヴィンチの声に、側面のスパルタクスが跳んだ。
剣が胸に叩き込まれ、金属にひびが入った。
信長が同じ場所へ斬りつけ、謙信が続いた。
ジャンヌは三人へ向かう反撃を、白い炎で受け止めていた。
ナポレオンは全体を見ていた。
「大地!」
「俺!?」
「胸部装甲が落ちる!」
剥がれた巨大な金属板が、頭上へ傾いていた。
「支えろ!」
大地の顔が引きつった。
「あれを!?」
「できるか」
「やるしかねえ!」
――《ANCHOR》。
足を固定し、両腕を上げた。
落ちてきた装甲を受け止める。
ドンッ!
大地の膝が沈んだ。
「ぐあああっ!」
「大地さん!」
凛が叫んだ。
「行け!」
大地は動かなかった。
その場を支え続けることが、彼の役割だった。
「早く!」
湊が走った。
開いた胸の奥に、黒と赤の何かがあった。
球のようにも見えたが、一つの物体ではなかった。
何千もの小さな戦争の映像が、渦を巻いていた。
「撮る!」
湊はカメラを向け、録画を始めた。
その瞬間、画面にノイズが走った。
――高密度統合記憶への接続を検出。
「え」
カメラ越しに、肉眼では見えなかったものが見えた。
一人の兵士が泣いていた。
別の場所では誰かが叫び、家が燃えている。母親と子供の姿があった。
撤退と突撃の命令。勝利と敗北。
何千、何万という記憶が重なっていた。
「……これ」
BELLUMを形作っているものは、抽象的な戦争だけではなかった。
一つ一つが、誰かの記憶だった。
誰かが戦った恐怖。怒り。
帰りたい。死にたくない。守りたい。
殺せという命令まで、すべてが混ざっていた。
「湊!」
凛の声が遠く聞こえた。
スマートフォンの同期が上がっていく。
――外部記憶領域への深度接続。
記憶が、湊の頭へ流れ込んだ。
雪、海、砂漠、森、都市、塹壕。
知らない兵士たちの姿が、次々と押し寄せる。
「っ……!」
膝をついた。
「朝倉!」
ナポレオンの声がした。
「切れ!」
だが、指が動かなかった。
写真も動画も、スマートフォンにあるものすべてが、接続へ巻き込まれているようだった。
BELLUMも、湊を見た。
赤い目が光った。
すべての武器が止まり、その頭がゆっくりと湊へ向いた。
――異常記憶接続を検出。
――外部記憶個体を観測。
湊の息が止まった。
「外部……」
BELLUMが、初めて言葉を発した。
何千人もの声が重なっていた。
『記録』
一歩、湊へ近づいた。
『保存』
さらに一歩。
『未削除』
テスラの表情が変わった。
「離れろ!」
巨大な手が、湊へ伸びた。
「湊!」
凛が飛び込んできた。
《ROUTE》の白い経路を使い、湊を横へ引き寄せる。
だが、接続は切れなかった。
BELLUMが追ってくる。
『返却』
スマートフォンの表示が、勝手に変わった。
《MEMORIA ACCESS REQUEST》
YES / NO.
「何だこれ!」
湊は《NO》を押した。
反応がない。
もう一度押す。
――REQUEST DENIED.
だが、すぐに次の文字が現れた。
《FORCED ACCESS》
「ふざけんな!」
BELLUMの手が近づいた。
ジャンヌが間に入った。
――《LA PUCELLE》。
白い炎が、巨大な手を止めた。
「朝倉さん!」
ジャンヌの声は苦しそうだった。
「切ってください!」
「できない!」
テスラが走ってきた。
スマートフォンの画面を見て、手を伸ばす。
「貸せ!」
「嫌!」
「壊さない!」
「信用できない!」
「今それを言うな!」
テスラは装置をスマートフォンの近くへ寄せた。
直接触れることなく、電磁的な干渉を加える。
バチッ!
画面が乱れた。
《FORCED ACCESS》の表示が、一瞬停止した。
湊の頭へ流れ込んでいた記憶が途切れる。
「切れた!」
凛が湊を引いた。
ジャンヌの白い炎は、限界に近づいていた。
「今!」
全員が離れた。
大地も、支えていた巨大装甲を押し出した。
「どけええ!」
金属板がBELLUMの足元へ落ちた。
轟音が響き、その間に十五人が距離を取った。
湊は地面に座り込んだ。
うまく息ができなかった。
凛が肩をつかんだ。
「大丈夫!?」
「……多分」
「またそれ!」
怒っていた。
それでも、手は離さなかった。
テスラがスマートフォンを見た。
「今の表示」
「見た?」
「ああ」
「外部記憶個体って」
テスラは答えなかった。
チューリングも近づいてきた。
「ログは」
湊は画面を確かめた。
通常の表示に戻っていた。先ほどの文字は、何も残っていない。
「消えた」
「システム側にしか残っていない可能性」
チューリングが言った。
ダ・ヴィンチが湊を見た。
「君、何者?」
「俺が聞きたい」
ダ・ヴィンチが少し笑った。
「いい答え」
「話は後だ」
ナポレオンは剣を構えたままだった。
BELLUMは立っていた。
胸の装甲は開き、中枢が見えている。
だが、先ほどとは違っていた。
赤い記憶の回転が、速くなっている。
「学習しています」
チューリングが言った。
湊は嫌な予感を覚えた。
「何を?」
「私たちを」
システムの表示が現れた。
――統合戦闘記憶体《BELLUM》。
――外部戦闘情報を取得。
――戦術統合を開始。
「待って」
凛が呟いた。
「それって」
BELLUMの右腕が変化した。
今度は剣でも銃でもなかった。
一本、二本と武器が分かれ、構えが変わる。
湊には見覚えがあった。
宮本武蔵の二刀だった。
だが、《二天記憶》そのものではない。
形と戦い方を、取り込んだ記憶から模倣していた。
足の位置が変わる。
今度は沖田の刺突に似た構えだった。
身体の表面には、白い炎のような膜が現れた。ジャンヌの防御を思わせるものだった。
さらに、金色の細い光が複数の戦闘記憶体へ伸びた。
ナポレオンの部隊同期に似ている。
どれも不完全だった。
それでも、全員の表情が変わった。
――BELLUM戦闘学習率。
23%。
「戦えば戦うほど」
テスラの言葉を、チューリングが継いだ。
「こちらの戦闘記憶を取り込む」
「面白いではないか」
信長が笑った。
「面白くない!」
湊が返した。
「なら覚えきる前に壊す」
スパルタクスが剣を構えた。
「それでは足りん」
ナポレオンが言った。
「何だと」
「中枢を露出させただけで二十三」
ナポレオンはBELLUMを見ていた。
「次に同じ攻撃は通らん」
「ではどうします」
ジャンヌが聞いた。
「新しい攻撃を続ける」
テスラが答える。
「簡単だ」
信長が笑った。
「簡単ではない」
謙信が返す。
「けんど」
龍馬が銃を回した。
「同じ手が駄目なら、違う手を出し続けるしかないがやろ」
「十五人いる」
ハリエットが言った。
「役割も十五通り」
ナイチンゲールが続ける。
「組み合わせなら」
「32767通り」
ダ・ヴィンチの言葉に、チューリングが即座に答えた。
『何でそんなすぐ出るんだよ』
蓮を通して、壮真の声が届いた。
「十五人の非空部分集合」
『聞いてない!』
一瞬、笑いが起きた。
ほんの一瞬だった。
それでも、湊は立ち上がれた。
スマートフォンを構える。
「じゃあ、全部試す」
BELLUMが二本の武器を構えた。
「無茶じゃない?」
凛が隣に立った。
「いつものこと」
「今さらだな」
大地が肩を回した。
ナポレオンが全員を見た。
皇帝、反乱者、聖女、軍神、発明家、数学者、芸術家。
逃亡を導いた者、幕末の志士、天下人。
そして、普通の現代人。
本来なら同じ戦場に立つはずのない十五人が、ここにいた。
「単独で戦うな」
「命令するな」
スパルタクスがすぐに返した。
「では提案だ」
「聞こう」
「三人一組。常に異なる軍を混ぜる」
湊は目を見開いた。
同じ軍の戦い方を、まとめて覚えさせない。
異なる思想と能力を、そのつど組み合わせるのだ。
「面白い」
信長が言った。
「乗った」
謙信が頷いた。
「ならば」
「守りは私が繋ぎます」
ジャンヌが旗を構え直した。
「中枢を解析する時間を作れ」
テスラが言った。
龍馬が笑った。
「ようやく共闘らしゅうなってきたのう」
BELLUMが咆哮した。
二本の武器を構え、一歩踏み出す。
その姿が、一瞬消えた。
速い。
沖田の戦闘記憶だった。
「来る!」
湊が叫んだ。
十五人が動いた。
今度は、軍ごとではなかった。
スパルタクス、ジャンヌ、テスラが正面へ出た。
反乱と信仰、科学の三人が、一つの攻撃に備える。
信長、ハリエット、大地は左右へ動いた。
支配の力と、見つかりにくい経路、動かぬ身体を組み合わせる。
謙信、龍馬、凛が別の角度から回り込んだ。
迎撃と射撃を、白い経路がつないだ。
ナポレオン、チューリング、湊は全体を見ていた。
指揮し、解析し、記録する。
家康、ナイチンゲール、ダ・ヴィンチは、その後ろに残った。
次の変化を観察し、傷を支え、必要になった手を出すために。
ナポレオンが剣を上げた。
「合わせろ!」
スパルタクスが笑った。
「その言い方なら許す!」
五軍の十五人が動きを重ね、BELLUMへ激突した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




