第25話 五軍選抜
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
鐘の音は、戦場のすべてへ届いていた。
王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍、無名軍。
《CRIMSON FRONT》のどこにいても、同じ音が三度鳴った。
その直後から、高瀬蓮の片方だけのイヤホンに、無数の声が流れ込んでいた。
「……待って」
蓮は伝令塔の中央で両耳を押さえた。
片方の耳には何もない。それでも、身体全体で音を受け止めているように見えた。
「多い……!」
解放されたばかりの遺想能力、《ECHO》。
残留音声や通信記憶を受信し、接続済みの通信網へ限定的に声を送る能力だった。
伝令塔の持つ戦場通信記憶とつながったことで、その規模が一気に広がっていた。
「蓮!」
佐伯真奈が肩を支えた。
「無理しないで!」
「でも……聞こえます」
「何が?」
「全部です」
悲鳴、命令、報告。
砲撃や戦闘の音に交じって、走る足音や誰かの名前を呼ぶ声まで届いていた。
五軍すべてから、声が蓮へ流れ込んでいる。
朝倉湊はスマートフォンを見た。
――FINAL WAR PROTOCOL.
――五軍代表認証を必要とします。
第一軍《CROWN》、第二軍《REVOLT》、第三軍《SANCTUARY》、第四軍《ACADEMIA》、第五軍《NAMELESS》。
各軍から一名ずつ、計五名。
さらに、通信中継個体を一名。
湊は蓮を見た。
「まず、声を送ろう」
「何て?」
それが問題だった。
ナポレオンは言った。声が届くだけでは足りない。相手が従う理由が必要だと。
全軍へ、何を伝えればいいのか。
「戦争を終わらせる方法が分かった」
黒瀬凛が言った。
「それでいいんじゃない?」
「信じるかな」
牧野壮真が聞くと、通信装置を操作していたニコラ・テスラが答えた。
「信じる必要はない」
全員がテスラを見た。
「事実を提示すればいい」
塔の内部で、青白い電気が複数の装置を走った。
「停戦条件。代表五名」
「六十秒」
湊が続けた。
「それと」
黒いノートの男が頭に浮かんだ。
「誰か一人でも攻撃すれば、全部失敗する」
相馬源一郎が頷いた。
「隠さず伝えましょう」
蓮が息を整えた。
「やります」
「本当に平気?」
真奈が聞いた。
「平気じゃないです」
即答だった。
真奈が黙ると、蓮は少し笑った。
「でも、今やらないと駄目だと思う」
相馬は蓮を見つめた。
十八歳。高校三年生。
本来なら、受験や卒業、友人とのことを考えていたはずの年齢だった。
その少年が今、戦場全体へ声を送ろうとしている。
「高瀬さん」
「はい」
「一人でやろうとしないでください」
「え?」
相馬は湊を見た。
「朝倉さん」
「俺?」
「言葉を考えてください」
次に、凛へ目を向ける。
「黒瀬さんは、蓮さんのそばに」
「分かりました」
「真奈さんは、体調を見てください」
「任せて」
相馬がテスラを見る。
「通信は」
「私が維持する」
「外の状況は私が見る」
伊能忠敬も言った。
一人ずつ、役割が決まっていく。
これが無名軍なのかもしれないと、湊は思った。
誰か一人がすべてを背負うのではなく、それぞれができることを引き受ける。
「蓮」
「はい」
「送って」
イヤホンが白く光った。
蓮が目を閉じ、《ECHO》を使う。
塔が反応し、五本の通信線が一斉に輝いた。
湊の声が、《CRIMSON FRONT》全域へ流れた。
『聞こえている人へ』
この声が、遠くにいる何百人もの人間へ届いている。
そう思うと、喉が少し震えた。
『第五軍《NAMELESS》、朝倉湊です』
「名乗った」
壮真が小声で言い、凛に肘で止められた。
湊は続けた。
『《WAR》の終了条件が分かりました』
王冠軍で、銃を持った参加者が顔を上げた。
革命軍では、塹壕を走っていた者たちが足を止めた。
負傷者を運んでいた聖域軍の者も、装置を組んでいた叡智軍の者も、各地に散っていた無名軍も、その声を聞いた。
未所属の歴史記憶体にも届いていた。
塔にいる武蔵も沖田も、黙って聞いていた。
『戦闘記憶体を全部倒しても終わりません。どちらかの軍を勝たせても終わらない』
湊は一瞬、言葉を止めた。
『戦争を終わらせるには、この領域で、六十秒だけ、誰も攻撃しない時間を作る必要があります』
遠くでざわめきが起きた。
蓮の《ECHO》には、その反応まで返ってきていた。
「嘘だろ」
「信用できるのか」
「第五軍?」
「罠じゃないのか」
大量の声を受け、蓮の顔がゆがんだ。
「気にするな」
湊が声をかけた。
「全部聞かなくていい」
蓮が頷くのを確かめ、湊は話を続けた。
『そのために、五つの軍から一人ずつ代表が必要です』
『王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍、無名軍。各一名』
『五人が中央戦争記憶領域へ到達することで、全軍への停戦命令が解放されます』
『代表同士は攻撃できません。一人でも違反すれば、全部、最初からです』
最後に何を言うべきか、湊は迷った。
従う理由。
歴史に名を残した人間なら、もっと上手い言葉を選べるのかもしれない。
演説も、命令も、信仰も、革命も、自分にはない。
だから、思っていることを、そのまま言った。
『俺は、戦争の終わらせ方なんて知りません』
凛が湊を見た。
『最初から知ってたわけでもない。何回も失敗した』
『勝たせても駄目だった。別の道を作っても駄目だった』
黒いノートを思い出した。
『停戦も、あと十七秒で壊された』
戦場で、耳を傾ける者がいた。
『でも、一度だけ、戦争は止まりました』
『数十秒だけ、銃声も、砲撃も、何も聞こえなかった』
湊は息を吸った。
『だから、できると思います』
『俺たちは敵同士です。COREも欲しい。このあと、また戦うかもしれない』
『それでも、六十秒だけ、戦うのをやめてください』
送信が止まった。
蓮が目を開いた。
「送りました」
誰もすぐには喋らなかった。
テスラが装置を見た。
「返答を待つ」
壮真が息を吐いた。
「これで来るかな」
「来るだろう」
武蔵が言った。
「何で分かるんです?」
「来なければ」
二本の木刀を肩へ預ける。
「面白くない」
「基準そこ?」
沖田が笑った。
「僕も来ると思いますよ」
「何で?」
「強い人って、面倒そうなものほど見に来ますから」
「自分で言う?」
そのとき、蓮が顔を上げた。
「返ってきた」
「どこ?」
「王冠軍」
ノイズの向こうから、低い声が届いた。
聞き覚えがあった。
蓮の口から、MEMORIAに翻訳された言葉が伝えられる。
『第一軍代表、ナポレオン・ボナパルト』
「ですよね」
壮真が言った。
誰も驚かなかった。王冠軍の代表がナポレオンなのは、当然のように思えた。
蓮が次の声を拾った。
「叡智軍」
皆がテスラを見た。
本人は装置から目を離さなかった。
『第四軍代表、ニコラ・テスラを推薦』
別の声も、同じ名を挙げた。
「推薦?」
湊がテスラを見る。
「行くんですか」
テスラは眉をひそめた。
「私はここにいた方が効率がいい」
「拒否?」
壮真が聞いた。
「通信系統を維持する必要がある」
「俺がいます」
蓮が言うと、テスラが彼を見た。
「お前は不安定だ」
「でも」
「能力を解放して数分だ」
その通りだった。湊も何も言えなかった。
そこへ、叡智軍から別の通信が届いた。
『テスラ』
女性の声だった。
テスラの手が止まる。
『中央はあなたが行って。塔はこっちで引き継ぐ』
「誰だ」
『名乗る必要ある?』
続いて、男性の声が入った。
『こちらで遠隔同期する』
さらに別の声が重なる。
『第四軍はあなたを選ぶ』
テスラは明らかに嫌そうだった。
壮真が湊へ小声で言った。
「人気あるんだな」
「聞こえるぞ」
テスラが返した。
「すみません」
しばらく装置を見つめてから、テスラは言った。
「合理性に欠ける」
そう言いながら、中央装置から手を離した。
「でも行く?」
凛が聞いた。
「五軍認証に必要なら仕方ない」
第四軍の代表は、ニコラ・テスラに決まった。
蓮がまた顔を上げた。
「聖域軍」
穏やかで、強い女性の声だった。
湊には、すぐに分かった。
『第三軍代表、ジャンヌ・ダルク』
凛が少し笑った。
「やっぱり」
ジャンヌが来る。
白い炎。《LA PUCELLE》。
防御と反撃を兼ね備えた、危険度Sの歴史記憶体。
湊は少し安心している自分に気づいた。
敵軍なのに、あの人が五人の中にいるだけで、生き残れる可能性が上がる気がした。
残るのは革命軍と無名軍だった。
蓮がイヤホンを押さえた。
「革命軍……すごい」
「何が?」
「揉めてる」
大量の声が重なっていた。
『俺が行く』
『いや』
『代表を一人決めろって言われても』
『戦える奴を』
『違う、交渉できる人間だ』
『皇帝が出るなら――』
そのすべてを、一つの声が遮った。
『黙れ』
蓮の身体がびくっとした。
塔の中まで静まった。
MEMORIAに翻訳された声は、低く太かった。怒鳴っただけで、何十人もの声を止めていた。
『王冠軍の皇帝が出るのか』
『ナポレオンだ』
別の声が答えると、男は笑った。
『なら俺が行く』
『待て、お前は――』
反論を遮って、男は続けた。
『皇帝と同じ道を歩けと言うなら、面白い』
湊のスマートフォンが、遠隔の歴史記憶反応を捉えた。
だが、直接識別できる範囲の外だった。名前は表示されない。
革命軍から、返答が届いた。
『第二軍代表、スパルタクス』
「スパルタクス……」
「知ってる?」
壮真が聞いた。
「奴隷反乱の人……だと思う」
「皇帝と絶対合わなそう」
「だから選んだんじゃない?」
凛が言った。
相馬が苦笑した。
「前途多難ですね」
四人が決まった。
ナポレオン、スパルタクス、ジャンヌ、テスラ。
残るのは第五軍、無名軍だった。
その瞬間、皆の視線が湊へ集まった。
「……何」
「いや」
壮真が言った。
「ね」
凛が続ける。
「まあ」
大地も頷いた。
「そうなるよね」
真奈が言った。
「待って」
湊は一歩下がった。
「何で俺」
もう一つの無名軍にいた長谷川航が笑った。
「他に誰がいる」
「伊能さん」
「行かぬ」
即答だった。
「早い!」
「役目が違う」
「相馬さん!」
「私は推薦しません」
湊は少し安心した。
「ですよね」
「朝倉さん以外を」
「そっち!?」
壮真が笑った。
「先生まで」
だが、相馬の顔は真剣だった。
「この戦争の条件を最初に考えたのは朝倉さんです」
「みんなで考えた」
「勝敗を変えた」
「みんなで」
「別の道を作った」
「凛が」
「COMMAND MEMORYを見つけた」
「蓮も」
「停戦条件へ到達した」
「ナポレオンもいた」
「だから」
相馬が笑った。
「皆と一緒に進める人が必要です」
湊は黙った。
強いからでも、偉いからでもない。
一人ですべてできるから、選ばれたわけでもなかった。
「俺――」
「弱いぞ」
武蔵が口を挟んだ。
「今それ言います?」
「事実だ」
「歴史記憶体と比べたら、かなり」
沖田も続けた。
「二人とも黙って!」
壮真が笑いをこらえていた。
「だが」
武蔵の声に、湊は顔を向けた。
「お前は」
少し考えてから、武蔵が言った。
「逃げる道を探すのが上手い」
「褒めてない」
「褒めておる」
「本当に?」
「勝てぬなら勝たぬ方法を探す」
以前にも、武蔵はそう言っていた。
湊は覚えていた。
「今回は」
武蔵が赤い空を見た。
「戦わぬ方法を探しておる」
一呼吸置き、木刀を肩へ預け直す。
「なら、お前でよい」
湊は何も言えなくなった。
凛が小さく言った。
「私も湊でいいと思う」
「俺も」
壮真が続いた。
「同じ」
大地が頷く。
「私も」
真奈も言った。
「お願いします」
蓮が湊を見た。
「俺たちも異論ない」
長谷川が言い、その周囲でも、一人、また一人と頷いた。
頭上には、白い円が浮かんでいた。
湊はため息をついた。
「……分かった」
スマートフォンを握り直す。
「行きます」
――第五軍代表候補を確認。
ASAKURA MINATO.
――代表認証を実行しますか?
湊は《YES》を押した。
――第五軍《NAMELESS》代表。
――朝倉湊。
――認証完了。
塔の鐘が一度鳴った。
――五軍代表候補が確定しました。
その瞬間、遠く離れた王冠軍で、ナポレオンの腕に金色の紋章が浮かんだ。
革命軍のスパルタクスには赤。聖域軍のジャンヌには白。叡智軍のテスラには青。
湊の腕にも、透明に近い白い印が現れていた。
五人とも同じ形だった。
円の中に五本の線があり、中心へ集まっている。
――五軍代表認証地点を開放。
――代表個体は中央戦争記憶領域へ集合してください。
地図が更新された。
これまで赤い霧に隠れていた《CRIMSON FRONT》中央に、巨大な円形の領域が現れた。
その中心には、黒い表示があった。
《FINAL WAR》
「そこか」
テスラが地図を見た。
ここからは、かなり距離がある。
さらに確認すると、入口は五方向に分かれていた。それぞれの軍の代表が別々の入口から入り、中央を目指す構造だった。
「一本道ではない」
伊能が言った。
五人はそれぞれ別の経路を通り、最後に中央で合流する。
「選抜チームなのに、最初から一緒じゃない?」
壮真が聞いた。
「中央へ到達すること自体が試験なのかもしれません」
相馬が答える。
「合理的だ」
テスラが言った。
「何が?」
凛が聞いた。
「代表個体が自軍の経路を突破できなければ、中央へ送る価値がない」
「システム、性格悪いな」
湊も、壮真と同じことを思った。
だが、表示には続きがあった。
――各代表は随行者を最大二名まで指定可能。
「二人?」
五人の代表に、それぞれ二人ずつ。
最大十五人。各軍から三人ずつの選抜チームになる。
「これ」
湊が言うと、凛も頷いた。
「各軍の選抜チーム」
「来たな」
壮真が言った。
湊は周囲を見た。
凛、壮真、相馬、大地、蓮、真奈、伊能。そして、ほかの無名軍。
誰を連れていくべきか。
ただし、蓮は通信中継個体として、代表の随行者とは別枠だった。
――通信中継個体登録を開始します。
高瀬蓮が自動で候補に挙がった。
――適合率、87%。
「低い」
テスラが言った。
「え」
蓮が固まった。
「百ではない」
「十分高いでしょ」
湊が返した。
――通信中継個体。
TAKASE REN.
――登録しますか?
蓮は一瞬迷った。
真奈が、その手を握った。
「無理ならやめていい」
蓮はイヤホンを見た。
片方だけの、古いイヤホン。
なぜそれを持ってきたのか、湊はまだ知らない。
蓮は小さく首を振った。
「やります」
《YES》。
――通信中継個体。
――高瀬蓮。
――認証完了。
――当該個体は中央通信網へ接続し、各代表間通信および全軍停戦命令の中継を担当します。
蓮の役割が決まった。
残るのは、湊に随行する二人だった。
「一人は凛」
湊が言うと、凛は少し驚いた。
「早くない?」
「《ROUTE》がいる」
「能力目当て?」
「それ以外もある」
言ってから、湊は止まった。
凛も湊を見た。
「それ以外?」
「いや」
壮真がにやっと笑った。
「そこ詳しく」
「今はいい!」
凛が少しだけ笑った。
――第五軍随行候補。
KUROSE RIN.
――登録。
一人目が決まった。
残りは一人。
湊は壮真、相馬、大地の顔を見た。
壮真の《BACK SECOND》は、一秒でも大きな助けになる。ただ、肩には負傷が残っていた。
相馬の能力は、まだ解放されていない。それでも、この人がいるだけで皆がまとまる。
大地の《ANCHOR》には、何度も前線で守られてきた。
「俺は残る」
壮真が言った。
「何で」
湊が聞くと、壮真は肩を示して笑った。
「ここで無茶して、本当に必要なとき使えなくなったら困る」
初めて、自分からそう言った。
「それに」
腕時計へ目を落とす。
「俺の一秒より、大地さんの方が今は役に立つ」
「いいのか」
大地が聞いた。
「次、俺が行くとき譲って」
「分かった」
湊は大地を見た。
「お願いします」
「おう」
――KIRYU DAICHI.
――登録。
第五軍の選抜が決まった。
代表は朝倉湊。随行者は黒瀬凛と桐生大地。
通信中継を高瀬蓮が担当する。
壮真が四人を見た。
「一気に普通感すごいな」
「言うな」
「相手誰だっけ」
王冠軍はナポレオン。革命軍はスパルタクス。聖域軍はジャンヌ。叡智軍はテスラ。
「俺だけ、肩書き何」
「フリーター」
凛が答えた。
「やめろ」
壮真が笑った。
そのとき、蓮が新たな声を拾った。
「他の軍も、随行決まり始めてます」
「誰?」
最初は王冠軍だった。
――第一軍随行登録。
一人目の名前を見て、湊は目を見開いた。
ODA NOBUNAGA.
「……信長?」
「来るの?」
凛も画面を見た。
「最悪」
壮真が言った。
湊の脳裏に、《天下布武》が浮かんだ。
能力を封じる、危険度Sの男が来る。
王冠軍の二人目も表示された。
TOKUGAWA IEYASU.
「家康……」
相馬が呟いた。
ナポレオン、信長、家康。
「王冠軍だけ本気すぎない?」
壮真が言った。
次は革命軍だった。
一人目は、HARRIET TUBMAN。
二人目は、SAKAMOTO RYOMA。
「龍馬……」
湊が呟いた。
スパルタクス、ハリエット・タブマン、坂本龍馬。
続いて、聖域軍の登録が届いた。
FLORENCE NIGHTINGALE.
「ナイチンゲール」
再び会うことになる。
二人目の名前で、空気が少し変わった。
UESUGI KENSHIN.
「上杉謙信?」
壮真が声を上げた。
「信長と一緒に行くの?」
「同じチームじゃない」
凛が言った。
「でも中央では合流する」
相馬が続けた。
聖域軍はジャンヌ、ナイチンゲール、上杉謙信。
最後に、叡智軍の随行者が表示された。
ALAN TURING.
LEONARDO DA VINCI.
壮真は完全に黙った。
湊も言葉が出なかった。
教科書や伝記、映画、本の中で知っていた名前が並んでいる。
国も時代も違う歴史上の人物たちが、一つの場所へ集まろうとしていた。
その十五人の中に、自分と凛と大地がいる。
蓮も、通信役として関わることになる。
「……本当に俺行くの?」
「今さら?」
凛が言った。
湊はスマートフォンを見た。
代表、朝倉湊。
表示は消えなかった。
「行くしかないか」
その瞬間、《FINAL WAR》領域の方で地面が揺れた。
一度、二度、三度。
塔の窓の外では、赤い霧がさらに中央へ集まっていた。
テスラが装置へ戻り、数値を見た。
「まずい」
「何が?」
湊も画面をのぞいた。
――統合戦闘記憶密度。
78%、81%、84%。
数値が上がり続けていた。
「100になったら?」
壮真が聞いたが、テスラは答えなかった。
新しい警告が現れた。
――統合戦闘記憶体形成予測。
――危険度評価。
計算中の表示が、一秒、二秒と続いた。
やがて、湊のスマートフォンに赤い文字が浮かんだ。
――危険度EX相当。
全員が黙った。
武蔵が笑った。
「行きたいな」
「あなた代表じゃないでしょ!」
湊が言った。
「僕も」
沖田が続けた。
「あなたも!」
「中央へ行けば会えるだろう」
武蔵が言った。
「何に!?」
「強いものに」
「本当にこの人どうにかして」
壮真が言い、伊能忠敬がため息をついた。
そこへ、システムからさらに通知が届いた。
――未登録歴史記憶体によるFINAL WAR領域への侵入は禁止されています。
武蔵が止まった。
沖田も止まった。
湊は少し安心した。
だが、通知には続きがあった。
――ただし。
「ただし?」
嫌な予感がした。
――領域外周戦闘への参加制限はありません。
武蔵が笑った。
沖田も笑った。
「言わなきゃいいのに!」
壮真が叫んだ。
窓の外では、中央戦争領域を囲むように赤い光の壁が立ち上がっていた。
その外側に、無数の戦闘記憶体が現れ始める。
騎兵、砲兵、槍兵、銃兵、剣士。
戦車らしき影や、船の姿まで見えた。空には、航空機のような黒い記憶が浮かんでいる。
時代に関係なく、人類が重ねてきた戦争が集まりつつあった。
伊能が塔の外を見た。
「代表が中央へ行く間」
「残った者が、外側を守る」
相馬が続けた。
「そういう構造らしい」
テスラが言った。
選抜された十五人だけの戦いではなかった。
中央へ向かう代表と随行者。その外側で戦う、各軍の参加者と歴史記憶体。
総力戦になる。
湊は息を吐いた。
ようやく、《FINAL WAR》という名前の意味が分かった気がした。
この領域の、最後の戦争。
そのとき、蓮のイヤホンが反応した。
「来ます」
「何が?」
蓮は少し緊張した顔で答えた。
「代表です」
塔の外、遠くに金色の光が見えた。
王冠軍だった。
中央には、灰色の外套をまとったナポレオンがいる。その右に織田信長。左には、静かに歩く徳川家康の姿があった。
別の方向には、赤い旗と鎖が見えた。
先頭を歩く巨大な男が、スパルタクスなのだろう。その後ろに坂本龍馬がいた。
さらに別の方向からは、白い炎が近づいていた。
ジャンヌ・ダルク。
隣にはナイチンゲールがいて、一人の武将が続いていた。上杉謙信だった。
叡智軍のいる方からも、装置を持つ者たちが近づいてくる。
まだ、どの一団も遠かった。
歴史が、一つの場所へ集まり始めていた。
湊の隣で、武蔵が上杉謙信を見た。
「ほう」
沖田は信長を見ていた。
「有名な人がいっぱいですね」
「修学旅行みたいに言うな」
壮真が返した。
その瞬間、ナポレオンとスパルタクスが、遠くから互いを認識した。
二人の足が止まった。
スパルタクスが何かを言った。
ここまでは聞こえない。だが、その顔は笑っていた。
ナポレオンは笑わなかった。
王冠軍と革命軍。
皇帝と、奴隷反乱を率いた男。
湊は嫌な予感を覚えた。
「代表同士、攻撃禁止だよな?」
蓮が表示を確認した。
「はい」
「まだ認証地点入ってないよね」
「まだだ」
テスラが答えた。
「……まずい」
次の瞬間、スパルタクスが走り出した。
ナポレオンへ向かって、一直線だった。
「ええ!?」
革命軍から声が上がった。
王冠軍が一斉に武器を構える。
信長が笑った。
遠くでジャンヌが顔を上げ、テスラはため息をついた。
沖田は楽しそうだった。
武蔵は、もっと楽しそうだった。
湊は叫んだ。
「何で集合するだけで戦うんだよ!」
《FINAL WAR》。
選抜共同作戦は、まだ始まってすらいなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




