第24話 五つの声
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
北の伝令塔は、近づくほど異様だった。
遠くから見たときは、戦場に残された古い監視塔にしか見えなかった。だが、伊能忠敬の《一歩一図》に映し出された地図と実物を見比べると、その構造のおかしさが分かった。
石造りの基部の上に木造の櫓があり、その上には鉄骨製の通信塔が継ぎ足されている。頂上には、アンテナのようなものまで突き出していた。
古代から近代まで、何百年分もの「伝えるための記憶」を、無理やり積み上げたような建造物だった。
「趣味悪い建物だな」
牧野壮真が見上げた。
「この世界に建築センス求める方が間違ってると思う」
黒瀬凛が答える。
朝倉湊はスマートフォンを見た。
伝令塔まで、約三百メートル。
だが、地図はその手前で切れていた。
《OBSERVATION GAP》
伊能の《一歩一図》も同じだった。塔の二百メートルほど手前から、測量済みの線が突然途切れている。
伊能は、その空白を黙って見つめていた。
「本当に覚えてないんですか」
湊が聞いた。
「ここまで来たことは覚えている」
伊能は測量棒で地面を示した。
「この石も測った。この坂も歩いた。だが、この先へ足を進めた記憶がない」
「戻った記憶は?」
「ない」
「気付いたら?」
「向こうの丘にいた」
伊能が示したのは、湊たちが来た方向とは反対側だった。長谷川航たち、もう一つの無名軍が野営していた場所だ。
「記憶を消された?」
高瀬蓮が小さく言った。
周囲の空気が硬くなった。
人間が死ぬと、その人の存在が記憶から消える。それは、もう知っている。
だが、伊能は生きていた。本人の存在も消えていない。
「同じものではないと思う」
相馬源一郎が言った。
「なぜ?」
壮真が聞く。
「もし記憶消去と同じなら、伊能さん自身が『この先へ行ったはずだ』という違和感まで持っているのは少し不自然です」
湊も頷いた。
「何か別の仕組み」
「でしょうね」
少し離れたところには、宮本武蔵と沖田総司が立っていた。
並んではいるが、互いに妙な距離を取っている。さっきまで斬り合っていた二人だった。
「絶対喧嘩しないでくださいね」
湊が念を押すと、武蔵が答えた。
「せぬ」
「しませんよ」
沖田も頷いた。
壮真が湊へ小声で言った。
「どっちも信用できない」
「同感」
武蔵がこちらを見た。
「聞こえておるぞ」
「聞こえるように言いました」
「言うようになったな」
武蔵が少し笑った。
湊は何も返さなかった。
以前、この男を見たときは、ただ逃げたいと思った。今も戦いたくはない。
それでも、前のように声が出なくなるほど怖くはなかった。
「進みましょう」
相馬の声で、一団が動き出した。
二つの無名軍、合わせて四十八人。その先頭を伊能が歩き、武蔵と沖田が少し離れて続く。
塔まで二百五十メートル。
何も起きなかった。
二百二十メートルの地点で、伊能が地面を測った。《一歩一図》の光が走り、地図に線が加わる。
さらに進み、二百十メートル。
「ここからです」
伊能の言葉に、全員が止まった。
目の前に何かがあるようには見えなかった。
道に瓦礫が散らばり、崩れた電柱が横たわっている。その先に、伝令塔が立っているだけだった。
「行きます」
伊能が一歩進んだ。
何も起きない。
もう一歩進み、測量棒を地面についた。光とともに地図が伸びる。
その瞬間、警告が響いた。
――MEMORIA WARNING.
『全軍、後退せよ』
声が、頭の中へ流れ込んできた。
湊の足が勝手に後ろへ動いた。
「え?」
自分で動かした感覚はなかった。
凛も、相馬も、大地も、同じように一歩下がっていた。
『当該区域から離脱せよ』
二歩目が出た。
「待って!」
湊は足に力を入れた。だが、止まらなかった。
帰れ。下がれ。危険。撤退。
同じ意味を持つ何十、何百もの声が、頭へ流れ込んでくる。
『撤退』
『後退』
『退避』
『戦線離脱』
『帰投せよ』
「これか!」
壮真が叫んだ。だが、その身体も後ろへ歩き続けていた。
伊能の表情が変わった。
「この声……」
思い出したのか。
いや、今、再び同じものを受けているのだ。
湊の画面に文字が現れた。
――COMMAND INTERFERENCE.
――外部指令記憶への過剰同期を確認。
――自律判断優先度、低下。
「まずい!」
凛がICカードを握ろうとした。だが、手が動かない。
自分たちの判断より先に、身体が撤退の命令を実行していた。
「違う!」
突然、蓮が叫んだ。
振り向くと、蓮だけが足を止めていた。イヤホンが激しく光っている。
「これは声じゃない!」
「何!?」
「命令の記憶です!」
蓮は耳を押さえていた。苦しそうに顔をゆがめながら、それでも聞き続けている。
「いろんな戦争の……撤退命令が重なってる!」
湊はスマートフォンを見た。
《REPLAY》で何か音を出せば、打ち消せるか。雑踏ならどうだ。
だが、これは耳から聞こえる音ではなかった。頭へ直接流れ込んでいる。
普通の騒音でかき消せるものではない。
『後退せよ』
また一歩、身体が下がった。
このまま境界の外へ出たら、伊能のときと同じことになるのかもしれない。
命令に従った行動が、自分自身の記憶として残らない。
だから、この先へ行った記憶がない。
死者に関する記憶の消去とは違う。外部の命令記憶に、自分の行動が上書きされているのではないか。
「蓮!」
湊は叫んだ。
「反対の声、出せない!?」
「まだ送れません!」
能力は未解放だった。今は受信しかできない。
「じゃあ俺がやる!」
湊は最近撮影した動画を探した。
戦場、武蔵、沖田、ラッパ。
違う。必要なのは、人の声だ。
無名軍を撮った映像の中に、出発前の相馬の声があった。
『出発しましょう』
これだ。
「《REPLAY》!」
再現された相馬の声が、周囲に響いた。
『出発しましょう』
それでも、湊の足は後ろへ動き続けた。
「駄目!」
命令記憶の方が強かった。
ほかに使える声はないか。
凛の声。昔の動画。
見つからない。
湊はスマートフォンを握り直した。
ないなら、今、記録する。
「全員!」
声を張り上げた。
「前に行くって言って!」
壮真が顔をしかめた。
「何!?」
「いいから!」
湊は録画を始めた。
「俺は前に行く!」
凛はすぐに理解した。
「私は前に行く!」
「私も進みます!」
相馬が続いた。
「行くぞ!」
大地が声を上げる。
真奈も長谷川も、ほかの無名軍の参加者たちも、次々に言葉を発した。
「進む!」
「前へ!」
「行く!」
湊は録画を止めた。
わずか数秒の動画だった。だが、そこには今の自分たちの意思が入っている。
「《REPLAY》!」
記録した声が重なって響いた。
『前に行く!』
『進みます!』
『行くぞ!』
『前へ!』
頭の中では、撤退命令が続いていた。
『撤退せよ』
それに、自分たちの声がぶつかる。
『進む!』
湊の頭が、割れそうに痛んだ。
――COMMAND INTERFERENCE.
――競合する行動記憶を検出。
――優先順位判定。
「負けるな……!」
自分に言い聞かせた。
後ろへ動こうとしていた足が、止まった。
隣では、凛も足を踏みとどめていた。
「止まった!」
「俺も!」
壮真の声が続く。
相馬も大地も、一人ずつ動きを止めていった。
だが、前には進めなかった。
一歩を踏み出そうとすると、また命令が響く。
『撤退せよ』
身体が後ろへ引かれた。
「これじゃ入れない!」
「ならば」
別の声がした。
武蔵が一人、前へ歩き出していた。
「行けばよい」
湊は目を見開いた。
「何で動けるんですか!」
武蔵は、普通に歩いていた。
『撤退せよ』
命令が響いても、一歩、二歩と進んでいく。
「命令聞こえてない?」
「聞こえておる」
「じゃあ何で!」
武蔵が振り返った。
「命令だからであろう」
「……はい?」
「俺の意思ではない」
それだけ言って、また前を向いた。
湊は言葉を失った。
沖田が少し笑う。
「単純ですね」
「お前は来ぬのか」
「命令されるの、僕もあまり好きじゃないんですよ」
沖田も一歩踏み出した。
わずかに身体が揺れた。それでも、二歩目は前へ進んだ。
「この二人、精神力どうなってんの」
凛が呟いた。
伊能は二人を見つめていた。
やがて、測量棒を握り直した。
「そうか」
「何が?」
湊が聞いた。
「私は前回、測りに来たのではなかった」
「え?」
「様子を確かめに来ただけだった」
危険だから戻れと言われれば、逆らう理由は弱かった。
だが、今は違う。
「私は」
伊能が測量棒を地面についた。
「この空白を測る」
《一歩一図》の光が走った。
伊能が前へ進む。
身体が震えていた。それでも、足を止めなかった。
「地図に」
二歩目を踏み出す。
「空白を」
三歩目が続いた。
「残さぬ」
地面に光が広がった。
今まで途切れていた線が、その先へ伸びていく。
――観測欠損領域への再進入を確認。
――外部指令同期率、低下。
「伊能さん!」
湊が叫んだ。
伊能は止まらなかった。新しい地面を、一歩ずつ測っていた。
すると、彼の歩いた場所で変化が起きた。
《一歩一図》の光が通るところだけ、命令の干渉が少し弱くなっている。
「地図が!」
凛が気づいた。
そこは伊能が実際に歩き、測った場所だった。
歩ける道だという伊能自身の記憶が、外から押しつけられる撤退命令に抵抗している。
「伊能さんの後ろ!」
相馬が叫んだ。
全員が測量線に沿って動いた。
一歩、前へ進めた。
『撤退せよ』
命令はまだ続いている。
だが、足元には伊能の白い地図がある。そこへ湊の《REPLAY》が、自分たちの声を響かせた。
『前へ!』
二つの記録に支えられ、一団は一歩ずつ伝令塔へ近づいていった。
百八十メートル。
百五十メートル。
そのとき、塔の窓が光った。
「何か来る!」
蓮が叫んだ。
矢のように細い、黒いものが大量に飛んできた。
通信筒だろうか。
それらは空から降り、地面に突き刺さった。
一つの蓋が開く。
噴き出した赤い霧の中から、兵士が現れた。
「戦闘記憶体!」
一体、二体、十体、二十体。
旗や通信筒、角笛、無線機を持っていた。時代の違う、伝令を担った兵士たちだった。
――伝令防衛記憶体。
――中継領域防衛行動を開始。
「今度は普通に敵かよ!」
壮真が叫んだ。
だが、普通の敵ではなかった。
一体の伝令兵が声を上げる。
『右へ展開!』
無名軍の数人が、勝手に右を向いた。
「また命令!」
『伏せろ!』
今度は反射的に身体が沈んだ。
そこへ、別の戦闘記憶体が槍を突き出してきた。
「危ない!」
大地が立ちはだかった。
《ANCHOR》で踏みとどまり、槍を受け止める。
「命令で動かしてから攻撃してくる!」
凛が叫んだ。
伝令兵自体が強いわけではない。
だが、こちらの動きを命令でずらし、崩れたところへ攻撃を重ねてくる。
「耳塞いでも意味ない!」
壮真が地面に伏せたまま叫んだ。
その横で、一体の伝令兵が沖田へ声を向けた。
『止まれ!』
沖田の足が、本当に止まった。
その隙を狙って、伝令兵が剣を振りかぶる。
沖田の目に笑みが浮かんだ。
「一回なら」
相手が踏み込んだ瞬間、刀が走った。
「十分です」
――《無明三段》。
一撃目で腕を打ち、二撃目で武器を弾く。
三撃目が胸を貫き、伝令兵が崩れた。
「止まる命令を利用した?」
湊は驚いた。
別の方向では、武蔵が命令を受けていた。
『左を向け!』
武蔵は左を向いた。
そのまま、そこにいた別の伝令兵を木刀で打ち倒した。
「お前ら!」
壮真が叫んだ。
「何で命令まで戦いに使えるんだよ!」
「便利だからだ」
武蔵が答える。
「使えるものは使った方がいいですよ」
沖田も言った。
湊はスマートフォンを見た。
使えるものを、使う。
「……そうだ」
ここにある命令も、戦場に残された記録だった。
湊はカメラを起動した。
『伏せろ!』
伝令兵の声を録画する。
『右へ!』
続く命令も記録した。
『止まれ!』
凛が気づいた。
「湊、何してる?」
「借りる!」
「何を!?」
湊は、今撮ったばかりの動画を選んだ。
『伏せろ!』
その記録への同期を試す。
――外部命令記憶を検出。
――再現可能。
「できる!」
「何が!」
正面から十体ほどの伝令兵が、一斉に迫ってきた。
湊はスマートフォンを向けた。
「《REPLAY》!」
『伏せろ!』
今度は湊の側から、命令が響いた。
迫っていた戦闘記憶体が反応し、一斉にしゃがんだ。
「効いた!」
壮真が叫んだ。
「今!」
凛が走った。
しゃがんだ兵士たちの間を抜け、その経路に《ROUTE》の白い線を伸ばす。
「全員前へ!」
無名軍が続いた。
伊能が先を測り、大地が敵の攻撃を防いだ。凛が通れる道を示し、蓮が次の命令を聞き取る。
湊は敵の命令を再生し、一団が進む隙を作った。
前線では、武蔵と沖田が競うように伝令兵を倒していた。
「十一」
沖田が言った。
「十四」
武蔵が返す。
「また数えてる!」
壮真の声が響いた。
伝令塔まで、残り八十メートル。
そこで突然、すべての伝令兵が止まった。
誰も攻撃してこない。
「何?」
真奈が息を切らしながら周囲を見た。
塔の中央にある扉が開いた。
一人の男が出てきた。
髪は少し乱れ、口元には髭がある。湊には、見覚えのない服装だった。
手には金属の装置を持っていた。そこから青白い電気が走っている。
男は周囲の戦闘記憶体を見回し、ため息をついた。
「うるさい」
日本語ではなかった。MEMORIAが言葉を翻訳している。
男が手元の装置を捻った。
バチッ、と電気が弾け、塔の外壁を走る。
次の瞬間、伝令兵たちが持つ無線機や角笛、通信筒から、一斉に火花が散った。
『――』
命令が途切れた。
頭の中が、急に静かになった。
「……消えた」
蓮がイヤホンを外した。
伝令兵は止まったままだった。身体を動かそうとする命令の干渉もない。
武蔵と沖田が、男を見た。
「誰だ」
武蔵が聞くと、男がこちらへ目を向けた。
認証音が響いた。
――歴史記憶体を確認。
頭上に、開かれた書の軍章が浮かんでいた。
第四軍《ACADEMIA》。
――遺想能力強度LEVEL3。
――危険度A。
――希少度LEGEND。
男の指先で、電気が弾けた。
――遺想能力《ALTERNATING CURRENT》。
――電気現象制御・伝達系統干渉。
続いて、名前が表示された。
――NIKOLA TESLA.
「テスラ……」
壮真が目を丸くした。
「知ってる?」
凛が聞いた。
「さすがに知ってる。電気の人だろ」
男――ニコラ・テスラが眉をひそめた。
「電気の人」
少し不満そうに繰り返す。
「ずいぶん大雑把な記憶だ」
「すみません」
壮真が謝った。
テスラは湊のスマートフォンを見た。
次に蓮のイヤホン、そして伊能忠敬の測量棒へと視線を移す。
「面白い」
それだけ言うと、塔へ戻ろうとした。
「待って!」
湊の声に、テスラが足を止めた。
「この塔、使えますか!」
「何に」
「五軍全部へ」
湊は一呼吸置いた。
「声を届けたい」
テスラの表情が変わった。
「五軍?」
「戦争を終わらせるために」
数秒、テスラは湊を見ていた。
それから、その後ろにいる武蔵、沖田、伊能、四十八人の無名軍を見回した。
「奇妙な集団だ」
「よく言われます」
相馬が答えた。
テスラが相馬を見る。
「誰だ」
「相馬源一郎です」
「知らない」
「でしょうね」
テスラが、ほんの少し笑った。
「入れ」
扉が開かれた。
伝令塔の内部は、外から見るより広かった。
壁には通信機が並んでいた。旗や鐘、電信機、電話、無線機、モールス信号を送る装置。
古いものも、新しいものもある。
人類が戦場で使ってきた、伝えるための道具が、ここに集められていた。
蓮のイヤホンが強く光った。
「声が……」
「全部ここへ来てる?」
湊が聞くと、蓮は頷いた。
「すごい数」
テスラが中央の大きな装置を指した。
「五方向」
伊能の地図と同じだった。
王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍、無名軍。それぞれへ通信線が伸びている。
「この塔は、戦場全体の命令記憶を中継している」
「じゃあ、ここから全員へ送れる?」
凛が聞いた。
「理論上は」
「出た」
壮真が言った。
「何が」
湊が見る。
「歴史の天才も理論上って言うんだな」
テスラは聞いていなかった。
装置を操作すると、電気が走った。画面と古い紙に光が浮かび、それに重なるようにMEMORIAの表示が現れた。
――全軍通信中継点への接触を確認。
――第一主要記憶核《WAR》攻略進行を更新。
全員が画面を見た。
――停戦条件への到達を確認。
――最終戦争終結手順を開示します。
「最終」
湊の鼓動が強くなった。
文字が、一行ずつ表示されていく。
――FINAL WAR PROTOCOL.
――五軍代表認証を必要とします。
「代表?」
壮真が聞き返した。
表示が続いた。
――第一軍《CROWN》。
――第二軍《REVOLT》。
――第三軍《SANCTUARY》。
――第四軍《ACADEMIA》。
――第五軍《NAMELESS》。
――各軍より一名。
――計五名の代表個体を登録してください。
凛が湊を見た。
さらに文字が加わる。
――五代表個体は《停戦権限》を保持し、中央戦争記憶領域へ進入。
――五権限の同時到達により、全領域停戦命令を解放します。
――代表個体間の敵対行動を禁止。
――違反時、FINAL WAR PROTOCOLを初期化。
「五人」
相馬が呟いた。
各軍から一人ずつ。
敵同士で一緒に中央へ向かい、その間は互いに攻撃してはいけない。
壮真が笑った。
「絶対まとまらないだろ」
「合理的ではない」
テスラが言った。
「システムに言って」
凛が返した。
さらに表示が続く。
――通信中継個体を一名登録可能。
――通信中継個体は代表個体に含まれません。
全員の視線が、蓮へ集まった。
「え」
蓮が一歩下がった。
「何で俺見るんですか」
「だって」
壮真が、白く光るイヤホンへ目を向けた。
湊も蓮を見た。
「多分、お前」
「まだ能力開いてないです!」
その瞬間、MEMORIAが蓮に反応した。
――適合する通信遺想具を検出。
――解放条件再計算。
共鳴値が上昇していく。
蓮の顔が固まった。
「待って」
イヤホンから、今までで一番強い光が溢れた。
――規定値突破。
「蓮!」
真奈が近づいた。
――初期遺想能力を解放します。
一瞬、世界から音が消えた。
次の瞬間、蓮のイヤホンへ声が流れ込んだ。
一つではなかった。
全方向から届く、数百、数千の声。
それらが蓮の中へ入り、一本へ束ねられていく。
――遺想能力。
《ECHO》
――残留音声・通信記憶受信。
――接続済み通信記憶への限定送信。
高瀬蓮。十八歳。
普通の高校生が持っていた、片方だけの古いイヤホン。
その能力が、ようやく解放された。
蓮自身が、一番驚いていた。
「……聞こえる」
「何が?」
湊が聞くと、蓮は塔の中央でゆっくりと周囲を見回した。
「全部」
王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍、無名軍。
遠く離れた場所で戦っている、何百人もの声が届いていた。
「全部」
蓮が、もう一度言った。
「繋がってる」
湊は《FINAL WAR PROTOCOL》の表示を見た。
五軍から各一名が中央へ向かい、それとは別に通信中継役を一名登録する。
これで、六十秒の停戦へ届くかもしれない。
だが、そのとき、画面に新しい警告が現れた。
――NOTICE.
――FINAL WAR PROTOCOL解放に伴い。
――中央戦争記憶密度が急上昇しています。
テスラの表情が、初めて険しくなった。
「何だ」
表示された数値が上がっていく。
止まる気配はなかった。
――複数戦争記憶の統合反応を検出。
湊は嫌な予感を覚えた。
「統合?」
塔の窓から、赤い空が見えた。
遠く、《CRIMSON FRONT》の中央へ向かって、霧が吸い込まれている。
砲撃も、銃声も、叫び声も。
何百年、何千年と人間が戦ってきた音と記憶が、赤い霧とともに一か所へ集まっていった。
武蔵が笑った。
「何か出るな」
「大きそうですね」
沖田も刀へ手を置いた。
壮真が二人を見た。
「何で嬉しそうなんだよ」
MEMORIAの警告が続いた。
――戦闘記憶密度、上昇。
――危険域、突破。
――統合処理、開始。
湊のスマートフォンに、赤い文字が現れた。
――FINAL WAR PHASEへ移行します。
伝令塔の鐘が鳴った。
誰も触れていなかった。
一回、二回、三回。
五軍すべてへ、同じ音が届き始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




