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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第二章 赤き戦原

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第19話 命令の記憶

歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。


※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。

《COMMAND MEMORY》


 その表示は、戦場から少し離れた丘の裏側にあった。


 朝倉湊たち無名軍の三十一人は、青軍側の戦闘記憶体を避けながら、ゆっくりと進んでいた。


 以前なら、敵を見つければ逃げ、危険度の高い反応があれば迂回するだけだった。


 今は違う。


 自分たちから、戦争の中へ入ろうとしていた。


「近い」


 湊はスマートフォンを見た。


 一時的に開示された情報が、青軍後方の一地点を示している。


 《COMMAND MEMORY》まで、あと二百メートル。


「反応は?」


 黒瀬凛が聞いた。


「分からない」


「そうだった」


 動的情報は、もう更新されていなかった。


 凛も少し顔をしかめる。


 地図はあっても、今そこに何がいるのかは分からない。それだけで、近づくのが怖かった。


 相馬源一郎が周囲を見た。


「ここからは人数を固めます」


「また六人じゃなくて?」


 牧野壮真が聞いた。


「今回は何があるか分かりません」


 前回のように川を確認するだけなら、渡れなければ戻ればよかった。


 だが、今から向かうのは、戦争を動かしているかもしれない場所だ。


 何が起きるのか、想像もできない。


 三十一人は、まとまって丘を越えた。


 その先に、小さな陣地があった。


 木や土嚢で囲まれた中に、簡素な天幕が張られている。古い軍用机の上には、地図が広げられていた。


「止まって」


 凛が言った。


 天幕の中に、軍服姿の男がいた。


 顔は、戦闘記憶体と同じようにぼやけていた。輪郭はあるが、表情までは分からない。


 それでも、他の兵士とは様子が違った。


 椅子に座り、机に向かって何かを書いている。


 横には、二人の兵士が立っていた。


 一人が紙を受け取って敬礼し、走り去った。数秒後には別の兵士が来て、同じように紙を受け取っていく。


「命令所?」


 桐生大地が呟いた。


 高瀬蓮がイヤホンを耳へ入れると、淡い光が浮かんだ。


 ――遺想具共鳴反応。


「聞こえる?」


 湊が聞いた。


 蓮は頷いた。


「さっきと同じです」


 ノイズを聞き分けるように、少し間を置いて続ける。


「本隊の渡河路を確保せよ」


 さらに、言葉を拾った。


「敵軍の抵抗を排除せよ」


 そこで、蓮の表情が変わった。


「続きがある」


「何て?」


「渡河完了後も……敵戦力を……追撃」


 壮真が顔をしかめた。


「橋渡ったあとも?」


 蓮が頷いた。


「敵軍が後退した場合……追撃を継続」


 湊は天幕を見た。


 橋を渡るだけが目的ではなかったのだ。


 敵を排除し、後退しても追い続ける。


 だから、別の道を作っても戦争は終わらなかった。


「命令が残ってる」


 湊が言うと、相馬が頷いた。


「兵士たちは、その命令に従っている」


 真奈が、天幕の中の指揮官らしい戦闘記憶体を見た。


「じゃあ、あの人を倒せば?」


「司令官倒せば命令なくならない?」


 壮真も言った。


 大地が湊を見る。


「試す?」


 湊は、すぐには答えなかった。


 以前なら、それしか思いつかなかったかもしれない。


 だが、必要なのは勝つことではなく、戦争を終わらせることだ。


「一回見よう」


「何を?」


「この命令がどこから来てるのか」


 相馬が少し笑った。


「慎重になりましたね」


「前よりは」


「良いことです」


 三十一人は、距離を取ったまま観察を続けた。


 兵士が来て、紙を受け取り、走っていく。


 また別の兵士が来て、同じことを繰り返す。


 湊はスマートフォンで撮影した。


 能力は使わず、カメラで机の上を拡大する。


 地図と、命令らしいことが書かれた紙が見えた。


 日本語ではない。当然、読めなかった。


 だが、少しすると、MEMORIAの翻訳表示が重なった。


《渡河路確保》


《敵抵抗排除》


《追撃継続》


 そして、一番下の行で、湊の目が止まった。


《敵軍の戦闘能力喪失まで作戦を継続》


「これ」


 凛が画面を見た。


「戦闘能力喪失まで?」


「だから終わらないんだ」


 青軍が勝っても、敵は再構成される。


 何度倒しても、戦闘能力を失わない。


 だから命令は完了せず、戦争も終わらないのではないか。


「じゃあ無理じゃん」


 壮真が言った。


「何が?」


「戦闘記憶体って戻るんだろ」


 赤い霧が広がれば、死んだ兵士も再び立ち上がる。


 敵軍の戦闘能力を完全に奪えないなら、命令は永遠に達成されない。


 そのために、永遠に戦い続ける。


「終わらないように作られている」


 相馬が小さく呟いた。


 誰も否定できなかった。


 《WAR》。


 終わらない戦争を、再生し続ける領域。


「でも」


 凛が言った。


「COREの条件が『戦争を終わらせろ』なら」


 湊も、同じことを考えていた。


 終わらせる方法はあるはずだ。


 MEMORIA自身が、そう示している。


「命令を変える?」


 真奈が聞いた。


 全員がそちらを見る。


「だって」


 真奈は少し戸惑いながら続けた。


「戦えって言われて戦ってるなら、戦わなくていいって言えばいいんじゃないの?」


「簡単に言うなあ」


 壮真が言った。


「じゃあ他にある?」


「ない」


 真奈が少し得意そうな顔をした。


 湊は机を見た。


 紙に残された、命令の記憶。


「書き換えられるかな」


「触ってみる?」


 凛が聞いた。


「罠だったら?」


「そのとき逃げる」


「慎重になったんじゃなかったの」


「少しだけ」


 湊が手を上げようとすると、その前に相馬が止めた。


「私が行きます」


「何で?」


「あなたの能力は必要です」


「相馬さんだって」


「私の能力はまだありません」


 淡々とした口調だった。


「だからって」


「それに」


 相馬は少し笑った。


「年長者ですから」


 壮真が言った。


「それ理由になってないですよ」


「よく言われます」


 相馬が天幕へ歩き出した。


 湊と凛、大地も続いた。


 十メートル、五メートルと近づいても、指揮官は反応しなかった。


 別の兵士が入ってきて紙を受け取ったが、四人には目を向けない。


「認識されてない?」


 凛が呟いた。


 湊は机へ近づき、紙に触れた。


 その瞬間、通知が響いた。


 ――MEMORIA NOTICE.


 全員が止まった。


 ――特殊戦闘記憶への接触を確認。


 ――COMMAND MEMORY.


 指揮官の顔が、ゆっくりこちらを向いた。


「やばい?」


 凛が言った。


 湊も一歩下がった。


 だが、攻撃はしてこなかった。


 指揮官が口を開いた。


「命令を」


 MEMORIAの翻訳が届く。


「伝達せよ」


 紙が、湊へ差し出された。


「……俺?」


 指揮官は動かなかった。


 湊が紙を受け取ると、表示が現れた。


《COMMAND MEMORYを取得》


「取れた?」


 凛が覗き込んだ。


 MINOR COREではなかった。


 命令そのものが、手に取れる記憶になっているらしい。


 紙面には、先ほど読んだ内容が並んでいた。


《渡河路確保》


《敵抵抗排除》


《追撃継続》


《敵軍の戦闘能力喪失まで作戦を継続》


 だが、その一番下に、別の項目があった。


《作戦終了条件 ――》


「空欄?」


 相馬が言った。


 湊も、その行を見つめた。


 敵を倒せ、追え、戦え。


 そこまでは書かれている。


 だが、いつ終わるのか。


 それだけが、なかった。


「終わる命令がない」


 湊が呟く頃には、壮真たちも近くへ来ていた。


「どういうこと?」


「始める命令しかないんだ」


 橋を取れ。敵を倒せ。追え。


 だが、どこまでやればやめていいのか、誰も命じていない。


 相馬の顔が変わった。


「だから」


 湊は言った。


「勝っても続く」


 指揮官が、再び口を開いた。


「命令を、伝達せよ」


 先ほどと同じ言葉だった。


 湊は紙を見た。


「誰に?」


 答えはなかった。


 だが、前線の兵士へ伝えているのだろうということは分かった。


 蓮がイヤホンを押さえた。


「声が」


「何?」


「変わりました」


「何て?」


 蓮は目を閉じた。


「命令を……待機」


 全員が息を呑んだ。


 遠くで、青軍の銃声が一瞬減った。


「紙を取ったから?」


 凛が聞いた。


 湊は手元を見た。


 自分が紙を持っていることで、命令の伝達が止まっているのかもしれない。


「じゃあ持って逃げれば?」


 壮真が言った。


「それで終わる?」


「少なくとも青は止まるんじゃない?」


 湊は少し考えた。


「試す」


 紙を持ったまま、天幕から離れた。


 指揮官は止めなかった。


 十メートル、二十メートルと距離を取ると、青軍の銃声がさらに減っていった。


 ――戦闘記憶進行率、低下。


「本当に止まってる」


 真奈が呟いた。


 だが、緑軍は発砲を続けていた。


 青軍の兵士が倒れる。


 その直後、青軍も反撃し、再び銃声が増えた。


「駄目だ」


 大地が言った。


 湊にも分かっていた。


 命令の伝達が止まっても、攻撃されれば戦う。


 青軍だけを止めても、緑軍が撃てば同じことになる。


 なら、両方だ。


「もう一個」


 湊が言うと、相馬が頷いた。


「緑軍側のCOMMAND MEMORY」


 両方の命令を確かめ、終わらせる必要がある。


 湊は紙の空欄を見た。


《作戦終了条件》


 ここへ、何を入れればいい。


 停戦か、撤退か、目的達成か。


 あるいは、相手は敵ではないと伝えるのか。


 まだ分からなかった。


 そのとき、紙の文字が一瞬揺れた。


 ――COMMAND MEMORYへの干渉を検出。


「え?」


 湊が手元を見た。


 ――上位指揮記憶との接続を確認。


 ――作戦終了条件の変更には対向COMMAND MEMORYとの同期が必要です。


「同期?」


 凛が聞いた。


 青軍側だけでは決められない。


 緑軍側の記憶も必要なのだ。


「行こう」


 今度は、湊に迷いはなかった。


 無名軍は、緑軍側の指揮記憶へ向かった。


 《CRIMSON FRONT》の別の戦場で、王冠軍の参加者たちは武器を下げていた。


 目の前では、二つの戦闘記憶体の軍勢が、何度目かの戦争を始めようとしている。


 だが、ナポレオン・ボナパルトは攻撃を命じなかった。


「陛下」


 王冠軍の一人が声をかけた。


 ナポレオンは、戦場を見たまま答える。


「何だ」


「なぜ撃たないのです」


「意味がない」


「ですが敵は」


「敵?」


 ナポレオンの視線が、ほんの少し動いた。


「誰がそう決めた」


 参加者は答えられなかった。


 ナポレオンは、繰り返される兵士たちを見ていた。


 敵も味方も、勝者も敗者も、何度でも元へ戻っていく。


 その光景に、別の記憶が重なった。


 泥と雨、煙。


 遠くに倒れた兵士が、自分を見上げていた。


 名前は思い出せなかった。


 いや、もともと知らなかったのかもしれない。


 一人、十人、百人。


 軍は数字で動く。そうしなければ、戦争などできない。


 地図の上では、線や部隊、矢印として示される。


 だが、地図の外には、一人ずつ人間がいる。


 記憶の中で、誰かが言った気がした。


 勝ちました。


 勝利です。


 それなのに、次の戦争が始まった。


 さらに次も、その次も。


 勝利と敗北、講和と再戦が繰り返される。


 ナポレオンは一瞬、目を閉じた。


 これは、史実そのものではないのかもしれない。


 自分の記憶なのか、後世が自分へ重ねた記憶なのか。


 もう、分からなかった。


 それでも、一つだけ身体に残っている感覚がある。


 勝利は、戦争を終わらせるものではない。


「では、どうすれば」


 王冠軍の参加者が、再び聞いた。


「目的を決める」


 ナポレオンが答えた。


「目的?」


「戦争には始める理由がある」


 目の前でラッパが鳴り、兵士たちが前進した。


「そして、終わらせる条件が必要だ」


 王冠軍の参加者たちが黙った。


 灰色の外套が、風に揺れた。


「勝利とは、終結の手段の一つにすぎん」


 ナポレオンは、戦闘記憶体の後方へ目を向けた。


 前線でも、砲台でもない。


 もっと奥にある、指揮所だった。


 システムが反応した。


 ――特殊戦闘記憶を検出。


 ――COMMAND MEMORY.


 ナポレオンの口元が、わずかに上がった。


「ようやく戦争らしくなってきた」


「攻撃しますか」


 一人が聞いた。


「しない」


「では」


 ナポレオンは歩き始めた。


「命令を奪う」


 王冠軍が動いた。


 今度は、敵兵を倒すためではなかった。


 戦争そのものへ、手を伸ばすためだった。


 一方、緑軍側へ向かっていた湊たちの前で、高瀬蓮が突然足を止めた。


「待って」


 全員が振り向いた。


「どうした?」


 イヤホンは光っていなかった。


 それなのに、蓮は遠くを見ている。


「声じゃない」


「じゃあ何?」


「誰か」


 蓮は、ゆっくりと言った。


「こっちへ来てます」


 湊は周囲を見た。


 参加者反応は更新されていない。画面からは、何も分からなかった。


「どこ?」


 蓮が指さした。


 進行方向、緑軍側だった。


「一人?」


「分からない」


 蓮がノイズを聞き取ろうとするように、顔をしかめた。


 ようやく、イヤホンが光った。


「違う」


「何が?」


「一人じゃない」


 少し間を置いて、続けた。


「軍です」


 遠く、赤い霧の向こうに旗が見えた。


 王冠の紋章だった。


 湊の表情が変わる。


 まさか。


 軍の中央にいる者の姿は、まだ見えなかった。


 それでも、規則正しく進む足音が聞こえていた。


 砲撃しない軍隊が、こちらへ近づいている。


 湊は嫌な予感がした。


 同じ答えへ、別の誰かも辿り着いている。


 戦争を終わらせる方法へ。


 無名軍と王冠軍。


 二つの軍は、同じ《COMMAND MEMORY》を目指していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。

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