第17話 終わらない戦争
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
「三十一人。全員います」
相馬源一郎の言葉が、まだ朝倉湊の頭から離れなかった。
三十一人で合っている。
そう思おうとすると、胸の奥に何かが引っかかる。
誰かが、一人いたような気がした。
だが、名前も顔も、声も思い出せない。
誰かが走り、誰かが倒れた。
そんな感覚だけが、傷跡のように残っていた。
砦から十分に距離を取ったところで、無名軍と革命軍は足を止めた。
道は二つに分かれていた。
一方は北へ、もう一方は《CRIMSON FRONT》の中央寄りへ続いている。
瀬川玲奈が、革命軍の仲間たちを一人ずつ数えた。
最後まで確かめてから、頷く。
「十四人。全員いる」
湊の胸が、またわずかに痛んだ。
十四人。
そうだった、と思う。
なのに、少ない気がした。
誰が足りないのかは分からなかった。
玲奈は、そんな湊の違和感には気づかず、相馬を見た。
「私たちは革命軍の方へ戻る」
「分かりました」
「MINOR COREのことも、黒いノートの男のことも伝える」
相馬が頭を下げた。
「お願いします」
玲奈は、今度は凛を見た。
「次会ったときは、敵かもね」
「そのとき考える」
「いい答え」
玲奈が笑った。
少し離れたところで、壮真が手を上げる。
「また生きて会おう」
「それ、ここで言うと縁起悪くない?」
「そっちが前に言ったんだろ」
「そうだっけ?」
「言った」
玲奈が肩をすくめた。
「じゃあ、生きてたらまた」
革命軍の十四人が歩き始めた。
しばらくすると、その姿は赤い霧の向こうへ消えた。
敵軍だった。
それでも、あの地下壕から一緒に生き延びてきた。
湊は、革命軍が消えた方向を少しだけ見ていた。
本当に、十四人だったのだろうか。
答えは出なかった。
「湊」
黒瀬凛の声で顔を上げる。
「行ける?」
無名軍の三十一人は、再び北へ向かう準備を始めていた。
MINOR COREは王冠軍に奪われた。
一度開示された情報は残り、開示率も27%のままだった。だが、危険区域や参加者反応といった動的情報は、灰色になって更新されていない。
地図はある。
けれど、今その道に何がいるのかは分からなかった。
「行ける」
湊は答えた。
凛は何か言いたそうにこちらを見たが、結局、口を開かなかった。
少し前、黒いノートを持った男が、負傷した参加者を殺した。
その出来事だけは覚えている。
殺された人物が誰なのかは、もう分からない。
男自身も忘れていた。
それでも、ノートへ一本の線を引いていた。
誰かを殺したという事実だけを、忘れないためなのだろうか。
相馬は全員へ、湊が見た出来事を簡単に伝えていた。
正体不明の参加者がいること。負傷者には単独で近づかないこと。移動は最低でも三人で行い、誰かが離れれば必ず確認すること。
もっとも、死ねば、確認する相手そのものを忘れてしまう。
そのことは、誰も口にしなかった。
「北へ進みます」
相馬が言った。
高瀬蓮が拾った声の主は、別の無名軍だった。その集団には、歴史記憶体もいるという。
反応源は北側領域。
《WAR》の中心へ向かう経路からは少し外れるが、進む価値はある。
「ただし」
相馬が皆を見た。
「《WAR》の取得条件も探します」
湊のスマートフォンには、まだあの言葉が表示されていた。
《戦争を終わらせよ》
牧野壮真が横から覗き込んだ。
「改めて見ると無茶苦茶だな」
「何が?」
「戦争終わらせろって」
壮真は周囲を見た。
遠くでは砲撃が続いている。赤い空の下に戦闘記憶体がいて、五つの軍の参加者たちも争っていた。
「これ全部?」
「分からない」
「全部だったら帰ろうぜ」
「どこに」
「……そうだった」
誰も笑わなかった。
三十一人は、北へ歩き始めた。
しばらくは、戦闘らしい戦闘もなかった。
それが、逆に不気味だった。
焼けた平原を進むと、途中で途切れた塹壕や、古い石造りの橋が見えた。その向こうには、小高い丘がある。
最初に気づいたのは湊だった。
「待って」
全員が止まった。
銃声が聞こえていた。
近い。
相馬が手を上げた。
「伏せてください」
一行は身を低くして丘の陰へ移動し、そっと向こう側を見た。
広い谷の中央を、一本の川が流れていた。
石橋を挟み、二つの軍勢が向かい合っている。
どちらも戦闘記憶体だった。参加者の軍章はなく、片方は青い軍服、もう片方は濃い緑の軍服を着ていた。
人数は、それぞれ百人以上いる。
「また戦闘記憶体?」
桐生大地が呟いた。
「迂回します?」
佐伯真奈が聞く。
相馬は地図を見た。
北へ進むには、この谷を抜けるのが最短だった。迂回すれば、かなり遠回りになる。
そのとき、角笛のような音がした。
いや、軍用のラッパだ。
甲高い音が谷へ響くと、青い軍服の兵士たちが前進した。
緑の軍服を着た兵士たちが、一斉に銃を撃つ。
青側の兵士が倒れた。
続いて青側も発砲し、砲撃の煙が広がった。叫び声が、谷へ響く。
壮真が顔をしかめた。
「またか」
ここでは、どこへ行っても戦争があった。
だが、湊は戦場を見続けていた。
何かが妙だった。
「……あれ」
「何?」
凛が聞いた。
「分からない」
また、その言葉だった。
だが今回は、記憶への違和感ではない。
目の前の光景に、何かおかしいところがあった。
青側の兵士たちが橋へ押し寄せ、緑側が後退した。
橋の中央で、青い軍服の兵士が一人撃たれた。
倒れた拍子に、手から小さな旗が転がる。
後ろの兵士がそれを拾い、前へ進んだ。
直後、砲弾が落ち、橋の一部が崩れた。
青側の前進が止まり、緑側が反撃に出る。
数分のうちに戦況は逆転した。
撤退する青軍を緑軍が追い、最後には丘の上へ緑の旗が立った。
「終わった?」
壮真が言った。
砲撃も銃声も止まり、兵士たちも動かなくなった。
勝敗はついた。
そのはずだった。
――戦闘記憶再構成を開始します。
「え?」
真奈が呟いた。
赤い霧が谷を覆った。
倒れた兵士たちが消え、壊れた橋が元へ戻る。土嚢も砲台も旗も、すべて最初の状態へ戻っていった。
数秒前までそこにあった破壊が、なかったことになっていく。
やがて、青軍と緑軍が、それぞれ百人以上をそろえて元の位置に立っていた。
傷ついた者も、死んだ者もいない。
ラッパが鳴った。
「……また?」
凛が言った。
青軍が前進し、緑軍が一斉射撃を始めた。
同じ兵士が、同じ場所で撃たれた。
同じ旗が転がった。
「止まって」
湊はスマートフォンを取り出し、動画撮影を始めた。
《REPLAY》ではない。普通のカメラだ。
時間も、兵士の動きも、橋も、砲撃も。
誰がどこで倒れるのかまで、記録していく。
「何してんの?」
壮真が聞いた。
「記録」
「それは見れば分かる」
湊は答えなかった。
数分後、再び緑軍が勝った。
砲撃が止まり、システムの声が響く。
――戦闘記憶再構成を開始します。
赤い霧が広がり、谷は最初の状態へ戻った。
湊はスマートフォンの時間を見た。
「七分十二秒」
「何が?」
「一回目と同じ」
「偶然じゃない?」
「もう一回見る」
相馬が口を開いた。
「ここで?」
「はい」
「危なくない?」
真奈が聞いた。
相馬は谷を見た。
「今のところ、あの戦闘記憶体は私たちを認識していません」
湊は撮影した動画を再生した。
最初にラッパが鳴り、青軍が前進する。緑軍が一斉に銃を撃ち、やがて戦闘は橋へ移っていく。
「これ」
湊が動画を止めた。
「何?」
凛が覗き込む。
「こいつ」
青側で旗を持っていた兵士が撃たれ、次の兵士が旗を拾うところだった。
「二回とも同じ」
「それだけ?」
「その前も」
湊は動画を戻した。
「右端の兵士が転ぶ」
「……本当だ」
「こっちも」
砲撃で橋が崩れる位置も、同じだった。
ほとんど同じ戦争が、繰り返されている。
三回目が始まった。
今度は、全員がその流れを確かめた。
ラッパが鳴り、兵士が進み、銃撃が始まる。
結果も変わらなかった。
七分十二秒で、緑軍が勝った。
――戦闘記憶再構成を開始します。
壮真が乾いた笑いを漏らした。
「勝ってるのに終わらないじゃん」
その一言で、湊は画面を見た。
《戦争を終わらせよ》
毎回、片方の軍は勝っている。
それなのに、戦争は終わらない。
「これだ」
湊が言うと、皆が見た。
「何が?」
「たぶん、《WAR》の条件」
相馬の表情が変わった。
「この戦闘ですか?」
「全部じゃないかもしれない。でも」
湊は再び、取得条件の表示を見た。
「この世界、戦争を何回も再生してる」
壮真が眉を寄せる。
「だから?」
「勝たせても意味がない」
「もう勝ってるもんな」
凛が言った。
「じゃあ、これを終わらせれば?」
全員が谷を見た。
二つの軍が、何度でも戦い、死んでいく。
そして、最初へ戻る。
「試してみよう」
湊が言った。
「朝倉さん」
相馬がこちらを見る。
「危険なのは分かってます」
「そうではなく」
相馬は少しだけ笑った。
「初めてですね」
「何がです?」
「私たちから、この戦争へ入っていくのは」
湊も気づいた。
今までは逃げ、巻き込まれ、襲われてきた。
だが今回は、自分たちから戦争へ手を出そうとしている。
「全員じゃなくていい」
湊は地面へ、川と橋、青軍と緑軍の位置を簡単に描いた。
「まず一回、流れを変えてみる」
「どうやって?」
大地が聞いた。
「橋」
全員がそちらを見る。
「毎回、青が橋を渡ろうとして負けてる」
「じゃあ青を勝たせる?」
壮真が聞いた。
「それを試す」
相馬は何も言わなかった。
湊は続けた。
「凛は帰り道を作れる?」
凛が周囲を見た。
「ここまで来た経路なら」
「なら、危なくなったら即撤退」
「分かった」
「大地」
「おう」
「橋が崩れるところ、止められる?」
大地は橋を見た。
かなり大きい。
「《ANCHOR》で俺自身は止められる。でも橋は分からん」
「橋そのものじゃなくて」
湊は動画を見せた。
「ここ」
橋の横に、古い木造の荷車があった。
毎回、砲弾がその付近へ落ち、爆発で橋の側面が壊れていた。
「これを動かせば、砲撃の結果が変わるかもしれない」
大地が頷いた。
「やってみる」
「壮真は使うなよ」
「何で俺だけ名指し?」
「怪我してるから」
「俺の能力、こういうとき便利なのに」
「本当に死ぬときまで取っとけ」
壮真が黙った。
思っていたより、重い言葉になった。
「私は?」
真奈が聞いた。
湊は少し考えた。
「時間を見ててほしい」
「時間?」
「七分十二秒」
動画を見せる。
「どこが何秒で動くか。変化があったら教えて」
真奈が少し驚いた。
「私でいいの?」
「在庫数えるの得意なんだろ」
「それと関係ある?」
「数字得意そう」
「雑」
それでも真奈は、スマートフォンの時計を開いた。
湊は蓮を見て、少し迷った。
「蓮は」
少年がイヤホンを握った。
「何か聞こえたら言って」
「声ですか」
「何でも」
まだ能力は解放されていない。
だが、この場所には大量の記憶がある。何かを拾うかもしれなかった。
相馬が全員を見た。
「無理だと思ったらすぐ戻ります」
誰も反対しなかった。
四回目の戦争が始まろうとしていた。
――戦闘記憶再構成完了。
ラッパが鳴った。
「行くぞ!」
今度は傍観しなかった。
湊たちは丘を下りた。
最初、戦闘記憶体は反応しなかった。
青軍も緑軍も、決められたとおりに動いている。
「大地!」
「分かってる!」
大地が橋の脇へ走り、荷車へ手をかけた。
重かった。
車輪が土へ沈み込んでいる。
「動かねえ!」
「壊してもいい!」
「最初から言え!」
革手袋に《ANCHOR》の光が浮かんだ。
だが、固定する能力では荷車を壊せない。
大地は荷車へ肩を入れ、自分の力で押し始めた。
「うおおおお!」
数センチ、動いた。
「これ能力より筋力じゃない!?」
凛が叫ぶ。
「うるせえ!」
湊はスマートフォンの動画を確認した。
「あと十五秒!」
真奈が叫んだ。
砲撃まで、もう時間がなかった。
「間に合わない!」
荷車は、まだ少ししか動いていない。
湊は周囲を見た。
押す。動かす。
《REPLAY》で使えるものは――。
台風の日の動画を開いた。
「大地、離れて!」
「何!?」
「いいから!」
大地が横へ跳んだ。
「《REPLAY》!」
数秒間、強風が荷車へ吹きつけた。
車輪が回り始める。
大地もすぐに押すのを手伝い、荷車が動いた。
「来る!」
真奈が叫んだ。
砲声が響き、砲弾が落ちた。
これまで荷車があった場所の地面が、吹き飛んだ。
だが、橋は壊れなかった。
「変わった!」
凛が叫んだ。
青軍が、そのまま橋を渡っていく。
いつもは崩れた橋に阻まれていた兵士たちが前進し、緑軍を押し始めた。
戦況が変わった。
「やった!」
壮真が叫び、湊も思わず拳を握った。
青軍が橋を突破した。
緑軍は後退し、今度は青側の旗が丘へ近づいていく。
「五分四十秒!」
真奈が時間を告げた。
いつもより早かった。
六分で、青軍が緑側の陣地へ侵入した。
六分三十一秒。
緑軍の旗が落ちた。
青軍の兵士たちが歓声を上げる。
終わった。
今度は、勝者が逆になった。
湊はシステムの表示を見つめた。
何か、変われ。
――戦闘記憶進行を確認。
「来た」
壮真が言った。
――勝敗結果の変動を確認。
全員が息を呑む。
続いて、「戦争終了条件」という文字が表示されかけた。
湊は目を見開いた。
だが、その直後、赤い霧が広がった。
――未達。
「……は?」
壮真の声がした。
――戦闘記憶再構成を開始します。
「待て!」
誰に叫んでも、意味はなかった。
倒れた兵士が復元され、旗も橋も、爆発した地面も元へ戻っていく。
動かした荷車まで、最初の位置へ戻った。
青軍と緑軍が、再び向かい合う。
「青を勝たせても駄目」
凛が呟いた。
壮真が頭を抱える。
「何なんだよ!」
ラッパが鳴った。
また、戦争が始まった。
湊は動かなかった。
青が勝っても、緑が勝っても、戦争は終わらない。
「撤退」
相馬が言った。
凛が《ROUTE》を使い、一行は光の道で丘の陰へ戻った。
谷では、五回目の戦争が続いていた。
「勝者を変えても駄目」
真奈が言った。
「じゃあ、両方倒す?」
大地が聞いた。
壮真も頷く。
「第三勢力で全滅させるとか」
相馬が険しい顔をした。
「試すために?」
「戦闘記憶体ですよ」
「それでも」
相馬は谷を見た。
「私は、人の形をしたものを実験材料のように扱うのは好きではありません」
誰も言い返せなかった。
湊は動画を見直していた。
最初に、ラッパが鳴る。
何度でも、同じように。
「……違う」
蓮が言った。
全員がそちらを見る。
「何が?」
蓮はイヤホンを耳へ入れていた。
「ラッパじゃない」
「え?」
「戦争が始まる音」
皆が黙った。
蓮は目を閉じた。
「ラッパの前に、声がある」
湊は動画を最大音量にした。
何も聞こえなかった。
「俺には聞こえない」
「俺も」
壮真も言った。
蓮は首を振る。
「普通の音じゃないかも」
片耳のイヤホンが、微かに光った。
――遺想具共鳴反応を検出。
だが、続く表示は変わらなかった。
――初期遺想能力解放条件、未達。
まだ、完全に使える能力ではない。
蓮は集中したまま、顔をしかめた。
「誰かが……命令してる」
「何て?」
相馬が聞いた。
蓮は、途切れ途切れに聞こえた意味を口にした。
「橋を……奪え」
全員が谷を見た。
「そのために……敵を……排除せよ」
そこで、イヤホンの光が消えた。
蓮が荒く息を吐く。
真奈が、すぐそばへ行った。
「もういい」
「でも」
「能力も開いてないんでしょ」
湊は橋を見つめていた。
橋を奪え。
敵を排除せよ。
「原因」
凛が湊を見た。
「何?」
「この戦争」
湊は橋を指さした。
「橋を取るために戦ってる」
壮真が眉を寄せる。
「だから?」
「緑が勝っても、橋を守っただけ」
湊は、最初の動画を示した。
次に、青軍が勝った記録を開く。
「青が勝っても、橋を取っただけ」
「それで終わりじゃないの?」
「終わってない」
湊は画面を閉じた。
「勝った負けたじゃない」
相馬が静かに聞いた。
「では、何を終わらせれば?」
湊は、すぐには答えられなかった。
橋がある。
誰かが、それを欲しがっている。
だから命令が出され、敵を倒そうとする。
「戦う理由」
口から言葉が出た。
皆が湊を見る。
「橋を取る必要がなくなったら」
「戦わない?」
壮真が言った。
「分からない」
湊は笑わなかった。
「でも試す価値はある」
凛が谷を見た。
「橋をなくす?」
「壊す?」
大地が言った。
「それだと取りたい側が困るだけじゃない?」
真奈が答えた。
壮真が腕を組んだ。
「じゃあ橋を二本にする?」
誰も言葉を返さなかった。
壮真が周囲を見る。
「え、俺今いいこと言った?」
湊は橋を見ていた。
一つしかないから、奪い合う。
もし、別の道があれば。
戦わずに済むのだろうか。
単純すぎる考えだと思った。
だが、この戦争記憶は、そんな単純な理由を永遠に繰り返しているのかもしれない。
「凛」
「何?」
「道、作れるよな」
凛が目を細めた。
「私が通った道だけ」
「川の向こうまで行ければ?」
「一度通れば」
湊は地図を開いた。
川の上流、少し離れた場所に、浅瀬らしき部分があった。
ただし、これは固定情報だ。
今、実際にどうなっているのかは分からない。
「ここ」
湊が指さした。
「川を渡れるかもしれない」
大地が覗き込む。
「遠いぞ」
「だから」
湊は、久しぶりに少し笑った。
「俺たちが道を作る」
「戦争の?」
壮真が言った。
「戦争しなくていい道」
相馬は、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく頷いた。
「やってみましょう」
谷では、五回目の戦争が続いていた。
砲撃と銃声が響き、同じ場所で、同じように兵士が倒れていく。
何度でも。
湊は、その光景を見ていた。
もう、ただ逃げるつもりはなかった。
勝つだけでも、足りない。
《戦争を終わらせよ》
なら、終わらせてみる。
歴史の英雄でも、将軍でもない。戦争のことなど何も知らない、ただの二十四歳が、終わらせ方を考える。
そのとき、スマートフォンが一瞬だけ震えた。
画面にノイズが走った。
地図が消え、黒い背景へ白い文字が浮かぶ。
《LOCAL CACHE ERROR》
湊の表情が変わった。
続いて、別の表示が現れる。
《PARTICIPANT DATA MISMATCH》
31 / 32
「……」
一瞬だけだった。
すぐに消えた。
「湊?」
凛が聞いた。
湊はスマートフォンを見つめた。
今、ここにいるのは三十一人だ。
それなのに、機械の奥には三十二という数字が残っている。
誰なのかは分からない。
それでも、一人いた。
なら、この戦争で消えていく者たちも、本当は誰かに覚えていてほしかったのではないか。
湊はスマートフォンを握り直した。
「行こう」
北ではなく、まずは川の上流へ。
無名軍の三十一人が動き出した。
今度は、戦場から逃げるためではなかった。
戦争を止めるためだった。
遠く、崩れた砲台の陰から、一人の男がその姿を見ていた。
黒いノートを持っている。
男は橋を見て、無名軍を見た。
それから、少しだけ笑った。
「終わらせるんだ」
ノートを開き、何本もの線を指でなぞる。
「せっかく始まってるのに」
ノートを閉じた。
男の軍章は、まだ煙の向こうに隠れていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




