第15話 十二パーセントの地図
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
地下室に、しばらく声はなかった。
高瀬蓮のイヤホンから聞こえた言葉が、湊の頭に残っていた。
――第五軍。
――こちらもNAMELESS。
――歴史記憶体が、一人いる。
その反応は、すでに消えていた。
蓮が何度イヤホンを耳へ入れても、聞こえるのは小さなノイズだけらしかった。
「何も聞こえません」
申し訳なさそうに言う蓮へ、相馬源一郎は首を振った。
「十分です」
「でも、場所が……」
「北側ということは分かりました」
朝倉湊はスマートフォンの地図を開いた。
赤く染まった巨大な領域、《CRIMSON FRONT》。
現在地と、《WAR》が存在すると思われる中心方向は示されている。
だが、領域情報開示率は12%のままだった。
北側を見ても、途中まで続く地下通路と大まかな地形があるだけで、その先はほとんど分からない。
「同じ無名軍なら、助けに行く?」
牧野壮真が聞いた。
誰も、すぐには答えなかった。
助けを求めているようにも聞こえた。無視したくはない。
だが、自分たちも《WAR》を目指している。負傷者もいるし、革命軍も一緒だ。
そもそも、北側に何があるのかさえ分からなかった。
黒瀬凛が地図を覗き込んだ。
「まっすぐ北へ行けるかも分からない」
「だよな」
壮真が周囲を見回す。
「地上ですら迷うのに、今は地下だし」
そのとき、瀬川玲奈が自分の表示を見ながら言った。
「こっちは、もう少し見える」
「え?」
湊は玲奈の地図を見た。
そこには、自分の画面にはない細い経路や危険区域、戦闘記憶密度の高い場所まで示されていた。
「何で?」
凛が聞いた。
「革命軍がMINOR COREを持ってるから」
空気が変わった。
「持ってるの?」
「私たちが取ったんじゃないよ。革命軍の別の集団」
「情報は軍全体へ共有されるの?」
「全部じゃない。でも、ある程度は」
玲奈が画面を見せた。
湊の地図では赤く塗られているだけの場所に、危険区域を示す表示がある。その先には、地下から地上へ抜けられそうな経路も見えていた。
自分の画面を見直す。
12%。
たった一つのMINOR COREでも、持っている軍と持っていない軍では、見えている世界が違った。
「これ、結構でかいな」
桐生大地が呟いた。
相馬も、黙って二つの地図を見比べていた。
MINOR COREは、七大COREへ辿り着くために必須ではない。
だが、情報のない戦場で、どちらが生き残りやすいかは考えるまでもなかった。
「信長のところで取れてればなあ」
壮真が言った。
凛がすぐに見る。
「取れなかったでしょ」
「分かってるよ」
「でも」
湊が口を挟むと、皆がこちらを見た。
「信長にも取らせなかった」
玲奈が眉を上げた。
「何それ」
「説明すると長い」
壮真が笑った。
「最近その言葉便利に使ってない?」
相馬が小さく咳払いをした。
「今は進みましょう」
地下通路は、この先で東と北へ分かれていた。
北は、蓮が声を拾った方向だった。
相馬は少し考えてから、皆を見た。
「無名軍は北へ向かいます」
「《WAR》は?」
玲奈が聞いた。
「諦めません」
「遠回りになるかもしれないよ」
「それでも、同じ軍から声が届いたなら確認したい」
相馬は北側の通路へ目を向けた。
「そもそも、私たち以外の無名軍がどこにいるのかさえ分かっていませんから」
玲奈が少し笑った。
「やっぱり変な軍」
「革命軍は?」
壮真が聞いた。
玲奈は、仲間たちを見た。
負傷者や疲れた参加者たちが、暗い通路の中で待っていた。
「途中までは一緒に行く」
「いいの?」
「私たちも、この地下から出たいから」
少し間を置いて、玲奈は続けた。
「それに借りがある」
相馬が首を傾げる。
「借り?」
「負傷者を先に通してくれた」
「同じ状況だっただけです」
「そういうところ」
相馬には、よく分からなかったらしい。
湊には、少し分かった。
無名軍と革命軍、四十人を超える集団が北へ進み始めた。
湿った石壁に挟まれた、暗い地下施設だった。
だが、しばらく歩くと壁がコンクリートへ変わり、さらに先では木材で補強された坑道になった。
ここも、いくつもの戦争の記憶が無理やりつなぎ合わされていた。
どれくらい歩いた頃だったか、湊のスマートフォンが震えた。
――MEMORIA NOTICE.
「また?」
壮真が顔を上げた。
――MINOR CORE反応を確認。
全員が足を止めた。
地図上の、それまで何もなかった場所に、小さな白い点が現れていた。
距離は約八百メートル。
「近い」
凛が言った。
続いて、情報が表示される。
――所有状態、未取得。
――周辺参加者反応を検出。
「何人?」
壮真が聞いた。
――詳細情報、未取得。
「ですよね」
もはや慣れ始めていた。
だが、玲奈が自分の画面を見た。
「待って」
「何?」
「こっちには、もう少し出てる」
また、MINOR COREを持っている軍との差だった。
玲奈が読み上げる。
「参加者反応、十以上」
「所属は?」
相馬が聞いた。
「複数軍」
全員の表情が変わった。
「危険区域指定あり。戦闘反応も出てる」
湊は自分の画面を見た。
そんな情報は、一つも表示されていなかった。
12%。
知らないということ自体が、危険だった。
「場所は、北へ向かう途中ですか」
相馬が聞くと、玲奈は地図を確かめた。
「ほぼ同じ方向」
「なら、見に行こう」
凛が言った。
壮真も頷く。
「同じ方向ならな」
相馬は少し迷ってから言った。
「取得を最優先にはしません」
誰かが小さく笑った。
「先生ならそう言うと思った」
「ですが」
相馬が続けると、皆が見た。
「取れるなら、取りたいです」
初めてだった。
相馬がはっきりと、MINOR COREを欲しいと言った。
湊も頷いた。
「俺も」
情報が足りない。
そのせいで、何度も危険な目に遭ってきた。
「行きましょう」
一行は進路を少し変え、地下通路を進んだ。
やがて階段が現れ、その先に外の光が見えた。
地上へ出た瞬間、銃声が響いた。
「伏せろ!」
全員が地面へ身を伏せた。
崩れた砦のような場所だった。
石壁や土嚢、壊れた塔が残り、その中央に透明な結晶が浮かんでいる。
MINOR COREだ。
周囲では、すでに王冠軍、革命軍、聖域軍の三軍が戦っていた。
「最悪」
玲奈が呟いた。
王冠軍は二十人ほど。革命軍は十数人。
聖域軍は七、八人と少なく、COREへ向かうよりも、負傷者を守りながら後退することを優先していた。
積極的に中央を目指しているのは、王冠軍と革命軍だった。
「うちの人間がいる」
玲奈が革命軍側を見た。
「知り合い?」
「顔を見たことあるくらい」
また銃声が響き、石壁が削れた。
そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。
「何だ?」
誰かが気づいた。
赤い霧の向こうから、一騎の馬が現れた。
乗っているのは、長い髪の女だった。鎧をまとい、弓を持っている。
頭上に軍章はなかった。
「未所属?」
壮真が呟いた。
距離が縮まり、認証音が響く。
――歴史記憶体を確認。
女は馬上で弓を引いた。
一射で戦闘記憶体の兵士を倒す。続けて二射、三射。
速かった。
――所属、該当なし。
――遺想能力強度LEVEL 3。
――危険度B。
――希少度LEGEND。
湊は表示を見た。
危険度B。
武蔵や信長ほどではないのかと思った、その瞬間だった。
十体以上の戦闘記憶体が、馬上の女へ一斉に向かった。
――歴史記憶体の遺想能力発動を確認。
赤い光が走った。
《巴一騎》
――多数交戦型。
――交戦対象数増加に伴い出力補正。
危険度の表示が、BからAへ変わった。
「上がった」
凛が呟いた。
女は弓を背へ戻し、槍を取った。
馬が加速する。
真正面から戦闘記憶体の群れへ突っ込み、一体、二体、三体と蹴散らしていった。
相手の数が増えるほど、その動きが鋭くなっているように見えた。
――危険度A。
――個体識別を開始。
名前が告げられた。
――巴御前。
「巴御前……」
湊でも知っている名だった。
壮真が目を見開いた。
「本当に歴史の人、そこら中にいるんだな……」
巴御前は、湊たちを見なかった。
王冠軍にも革命軍にも、MINOR COREにさえ目を向けず、戦闘記憶体だけを蹴散らしていく。
そのまま、戦場の奥へ走り去ってしまった。
「……行っちゃった」
壮真が呟いた。
「COREが目的じゃなかったみたい」
凛が言った。
「自由すぎない? 未所属」
湊の頭に、宮本武蔵が浮かんだ。
否定できなかった。
だが、巴御前は一瞬通り過ぎただけだ。次に会うのか、もう二度と会わないのかも分からない。
砦の中央で、再び爆発が起きた。
戦いは続いていた。
透明なMINOR COREは、その中心に浮かんでいる。
相馬が周囲を見た。
「どうします?」
命令ではなかった。
皆へ、問いかけていた。
湊はCOREを見た。
王冠軍と革命軍が争い、戦闘記憶体も入り交じっている。
危険だ。
それでも、欲しかった。
今までとは違い、はっきりとそう思った。
「取る」
自分でも少し驚くほど、早く言葉が出た。
凛と壮真が湊を見た。
相馬は何も言わなかった。
湊は続けた。
「無名軍には情報がなさすぎる」
地図を見せる。
開示率は12%だった。
「このまま《WAR》を探しても、正しい方向すら分からない」
大地が頷き、佐伯真奈も同意した。
「取れるなら欲しい」
凛が言った。
壮真も笑う。
「じゃあ決まり?」
相馬は少し考えた。
「命を最優先に」
「そこは変わらないんですね」
「変えません」
湊は再びMINOR COREを見た。
そのとき、玲奈が言った。
「革命軍も取りに行く」
全員が玲奈を見た。
壮真が苦笑する。
「そりゃそうだよな」
つい先ほどまで、一緒に逃げ、助け合い、名前も知った。
それでも、軍は違う。
MINOR COREは一つしかなかった。
玲奈が湊を見た。
「譲ってくれる?」
「嫌だ」
即答だった。
玲奈が笑う。
「だよね」
「そっちは?」
「嫌」
凛がため息をついた。
「仲良くなった直後にこれ」
「戦争だからね」
玲奈は武器を握った。
だが、殺気はなかった。
「先に取った方」
そう言って、皆を見る。
「今はそれでいい?」
「戦わずに?」
相馬が聞いた。
「できればね」
「同感です」
王冠軍は、その話し合いを待ってくれなかった。
一人の男が、中央のMINOR COREへ走り出した。
「行く!」
玲奈、凛、湊が、同時に動いた。
王冠軍、革命軍、無名軍。
三方向から、透明な結晶を目指す。
距離は四十メートルほどだった。
その間にも戦闘記憶体が動き、銃弾や能力による攻撃が飛び交っていた。
湊は走りながらスマートフォンを開いた。
《REPLAY》。
何を使う。
王冠軍の男が速かった。
COREまで、二十メートル、十五メートルと迫っていく。
「止める!」
玲奈が叫んだ。
革命軍側から光の鎖が伸び、男の足へ絡みついた。
男が転ぶ。
「今!」
凛が走った。
だが、横から別の王冠軍参加者が剣を振り上げた。
「凛!」
湊が叫ぶ。
間に合わない。
大地が飛び込んだ。
古い革手袋をはめた手で、剣を受けようとしている。
「無茶!」
その瞬間、手袋が光った。
――遺想具共鳴を検出。
「……は?」
大地自身が、一番驚いていた。
――共鳴値、規定値を突破。
剣が迫る。
――初期遺想能力を解放します。
大地が反射的に両手を前へ出した。
《ANCHOR》
轟音が響き、足元の石床にひびが走った。
だが、大地の身体は動かなかった。
革手袋で剣を掴む。
王冠軍の男が押しても、大地は一歩も下がらなかった。
「行け!」
凛が、その横を抜けた。
湊と玲奈も続く。
MINOR COREまで、あと五メートル。
三人の中では玲奈が一番速く、その後ろを凛が追っていた。
湊は遅れていた。
「くそ!」
そのとき、横から戦闘記憶体が槍を構え、玲奈へ突き出した。
「右!」
湊が叫んだ。
玲奈が身体をずらす。
槍は紙一重で外れた。
だが、その一瞬で玲奈の足が遅れた。
凛が前へ出る。
手を伸ばし、透明な結晶へ触れた。
光が広がり、全員の頭に認証音が響いた。
――MINOR COREへの接触を確認。
「凛!」
――所属認証。
凛の頭上には、白い円が浮かんでいた。
――第五軍《NAMELESS》。
王冠軍が迫り、玲奈も走った。
だが、間に合わなかった。
――所有権認証。
結晶の光が、白へ変わる。
――MINOR CORE。
――第五軍《NAMELESS》へ所有権を付与。
一瞬、誰も動かなかった。
凛自身も、結晶へ触れたまま目を見開いていた。
「……取った?」
少し離れた場所から、壮真の声がした。
「取ったの!?」
システムは続けた。
――第五軍所有MINOR CORE数。
1
たった一つだった。
それでも、無名軍から歓声が上がった。
大きな声ではなかった。
だが、初めて自分たちで手に入れた。
相馬が笑っていた。
湊のスマートフォンにも、変化が起きていた。
地図の開示率が、12%から動き始める。
15、19、22、24。
そして、27%で止まった。
――領域情報開示率、更新。
それまで空白だった地図に、線が走った。
経路と地形、危険区域、戦闘記憶密度が、次々と示されていく。
さらに、《CRIMSON FRONT》の中央部に、大きな円が現れた。
《WAR》推定存在領域。
まだ正確な位置ではない。
それでも、向かうべき場所が見えた。
「……全然違うじゃん」
壮真が画面を見て言った。
湊も、同じ気持ちだった。
MINOR COREを一つ手に入れただけで、世界の見え方そのものが変わった。
凛が結晶から手を離した。
MINOR COREは消えず、白い光をまとったまま、その場に残っていた。
玲奈が、それを見た。
「負けた」
「ごめん」
凛が言う。
「何で謝るの」
玲奈は少し笑った。
「次は取る」
凛も笑った。
「その前にこっちが取る」
軍は違う。
いずれ敵になるかもしれない。
それでも、今はそれでよかった。
湊は地図へ視線を戻した。
27%という数字の下に、新しい情報が現れた。
――追加情報を開示します。
皆が画面を見る。
――第一主要記憶核《WAR》。
――取得条件に関する断片情報を確認。
文字が浮かんだ。
《戦争を終わらせよ》
沈黙が流れた。
最初に口を開いたのは壮真だった。
「……CORE取る話だよな?」
「うん」
「何で戦争終わらせるの?」
誰も答えられなかった。
《WAR》。
闘争を示す記憶核を手に入れる条件が、戦争を終わらせること。
湊は、赤い地図を見た。
複数の時代と国の戦争が混ざり、戦闘記憶体と五つの軍が争っている。
この領域で、どうやって戦争を終わらせればいい。
少し離れた、崩れた建物の陰で、一人の男が地面を見ていた。
現代風の服を着ていた。
軍章は、影に隠れて見えない。
足元では光の粒が舞い、何かが消えていくところだった。
男が首を傾げた。
「……あれ」
手にした小さな黒いノートを開く。
ページには、縦線が何本も並んでいた。
男はそこへ、新しい線を一本書き足した。
自分で書いた線を、しばらく見つめる。
「誰の分だっけ」
少し考えた。
だが、思い出せなかった。
男は笑った。
「まあいいか」
ノートを閉じる。
誰も、その男を見ていなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




