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デイジーの母親は庭園の片隅で、日傘のついた丸テーブルで紅茶を飲んでいた。そばにはメイド長が控えていて、母親の命によってお茶菓子や紅茶のおかわりなどを用意していた。
広い庭園に咲き誇る花々や遠くの青空を眺めていた母親が、自らに近付いてくるデイジーの存在に気が付いて声をかける。
「あらデイジー。ごきげんよう。体調は大丈夫なの?」
「ごきげんようでございます。はい、最近は割と体調は良い方でございます」
「そう、良かったわ。つい何日か前までろくに食事やお薬を取らずに部屋に引きこもっていたから、とても心配していたのよ。事件もあったし。あの若い薬師さんが来てくれたおかげかしら?」
「…………っ」
かぁっとデイジーは顔を少し赤くして目を伏せた。母親が微笑む。
「ふふ、図星だったみたいね」
「そんなことよりっ! お母様にお話を聞きに来ました」
「話? 何かしら?」
赤面していた顔を落ち着けるために一度胸元に片手を当てて深呼吸をしてから、デイジーは本題を尋ねる。
「先日の私が誘拐された事件についてです」
「……嫌な事件だったわよね。本当に心配したのよ、貴女が殺されてしまったらどうしようって」
明るい雰囲気に陰を落とすように目を伏せた母親が、隣の椅子を手で示しながら言う。
「貴女が無事に戻ってきて本当に良かったわ。立ち話もなんだし、隣に座って」
「ありがとうございます」
デイジーは母親の隣に座る。メイド長が紅茶を、メディがお茶菓子をそれぞれ彼女の前に用意する。
母親が口を開いた。
「それで、事件の何が聞きたいのかしら?」
「犯人達の動機についてです。どうして犯人達は私を狙ったのか、お母様ならお聞きになっているかと思いまして」
「……動機? それなら、お金目当てに決まってるんじゃないの? ほら、うちって国内でも有数の伯爵家ですし、貴女を誘拐すれば多額の身代金が取れると思ったのでしょう」
「それは確かにそうでしょう。けれど私が聞きたいのはそういうことではなく、何故犯人達は、いつ外出するかも分からない病気の私なんかを狙ったのかということです。もっと言うならば、久しぶりに私が外出した時に誘拐犯達がちょうどやってくるのは、タイミングが良すぎるんじゃないかと思いまして」
「…………」
母親はじっとデイジーを見つめた。にまりと笑みを浮かべる。
「デイジーってば、色々なこと考えてるのねえ」
「いえ、なんとなく疑問に思っただけで……」
「そうね、貴女が外出した時にちょうど誘拐されるなんてタイミングが良すぎてるかもしれないわね。でもこうも考えられない? ただ単にあの誘拐犯達が、貴女が出てくるまで待ち続けただけだって」
「それは……」
「貴女以外の誰かでも良かったかもしれないというのもあるわね。私でも良かったかもしれないし、お父さんでも良かったかもしれない。イーザ家の誰かなら誰でも良かったって」
「……否定は出来ません」
「結果として誘拐事件が起こったから不思議に思うだけで、貴女や私達を誘拐するタイミングがなければ他の貴族を狙うつもりだったかもしれない。得てして事実ってそんなものよ」
「…………」
デイジーは押し黙ってしまう。母親はくすりと笑んだ。
「納得した?」
「…………、犯人達自身は何て言っているんですか?」
せめてものデイジーの質問に母親が答える。
「ごめんなさいね、警察の方からは聞いていないのよ。でも新聞には、お金目的で、病弱で誘拐しやすい貴女を狙っていたって書かれていたわね」
「…………」
「やっぱりって思った?」
「……お母様の言う通りだと思います。誘拐犯達は私が出てくるまでずっと待ち続けていた、ただそれだけのことだった。私は自意識過剰で邪推気味だったようです」
「他者の意見を素直に聞けるというのは、貴女の素晴らしい長所だと思うわよ」
「……部屋に戻ります。読みかけの小説がありますので」
立ち上がるデイジーに母親が言う。
「あてが外れて恥ずかしがらなくてもいいのよ。一緒にティータイムをしない?」
「恥ずかしがっているわけではありません。それにいま飲食しすぎるとお昼に食べられなくなりますから」
「あら。デイジーったらおませね。私とのティータイムよりファルマさんとの昼食を優先させるなんて。次の婚約者は決まったかしら?」
「そんなんじゃありませんからっ!」
顔を赤くしながら言うと、デイジーは興奮した様子で部屋へと戻っていく。メディも慌てて母親に一礼したあと、急いでデイジーのあとを追っていった。
「あらあら。冗談のつもりだったんだけど。デイジーはああ見えてうぶなのね」
片頬に片手を当てて、目を細めながら母親が言った。その彼女にメイド長が尋ねる。
「お嬢様にはお伝えしなくてよろしかったのですか?」
「何のこと?」
「警察が誘拐犯達に取り調べしようとしたところ、彼らの記憶の一部に欠落が見られたということを、です。彼らは知り合い同士ですが、いつ知り合ったのか、誰がこの誘拐計画を持ち出したのか、それに関しては覚えておらず、いつの頃からか誘拐計画を共通認識としていました」
「…………、それを調べるのは警察の仕事よ。娘を無闇に怖がらせることもないでしょう?」
「お嬢様に首を突っ込んでほしくなかったのですね」
「母親として当然の対応だと思うわ。……あ、そういえば」
母親はなにかを思い出したような顔をする。ごそごそとポケットに手を入れた。
「どうなさいましたか?」
「あの子のお話ですっかり忘れていて渡しそびれてしまったわ。オリヴィエ=リヴァーさんから招待状が来ていたことを」
「先ほど届いたものでございますね」
すでに中身を確認していたが、母親はもう一度白い封筒を開けてなかの手紙を読む。
「『私、オリヴィエ=リヴァーはこの度婚約致しますことになりました。つきましては婚約を祝福するパーティーへのご招待状を同封させていただきます』」
「お相手はどなたなのですか?」
「書いてないわ。当日発表するのでしょう。申し訳ないけど、あとで昼食の時にでも娘に渡してきてもらえない?」
「かしこまりました」
「私と夫はその日別のパーティーに行く予定があるから、行けないことも伝えといてね」
「かしこまりました」
メイド長は封筒を受け取って、収納魔法具の異空間にしまった。
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