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昼食時。デイジーの部屋にて。
デイジーはメイド長から白い封筒を受け取っていた。昼食を食べていたファルマも手を止めてそちらを見ている。
「リヴァーさんから私に?」
「はい。既に奥様が中を確認しましたが、オリヴィエ=リヴァー様がご婚約致しましたとのことで、その招待状が同封されていました」
「……婚約……」
「奥様と旦那様はその日予定が入っている為、そのパーティーにはご出席出来ないそうでございます」
「……そう……」
リヴァー家の婚約はめでたいことのはずであるが、デイジーは自分の婚約破棄された体験と照らし合わせてしまっていた。
とにかく彼女は封筒のなかを確認する。さっと手紙を読んで、再びメイド長を見る。
「お相手の方は明記されていませんね……」
「奥様も仰っておりました。おそらく当日に発表するのだと」
「サプライズのつもりなのかしら? お相手は実はこの方でした!って。だとすると私の知っている誰かかしら?」
「私からは何とも。ご出席なされますか?」
少しだけ考える時間。
ややあってデイジーは答えた。
「もし体調が良くて、行けそうだったら行くわ。せっかくのご招待だもの、出席出来るならしないと失礼でしょう? 先方にもそうお伝えしといて」
「かしこまりました。しかしあまりご無理はなさらないでください」
「分かってるわよ。あくまで行けそうだったらだから。まあ二日後だし、最近は薬のおかげで体調は安定してるから、大丈夫だと思うけど」
ちらりとデイジーはファルマのほうを見た。彼は真面目な顔でうなずいた。
「確かにデイジーさんの体調は落ち着いているので、二日後なら大丈夫だと思われます。私も同行致しますので、何かあってもすぐに応急処置致しましょう」
「え? ファルマさんも来るの?」
デイジーとメディが不意を突かれた顔をする。メイド長は彼を見て、目を眇めた。
ファルマはもう一度うなずいた。
「もちろんです。先日の事件のようなことがまた起こらないとも限りませんし、デイジーさんの具合が急変した際に手当て出来る者が必要ですし。招待状はデイジーさんだけしか来てはいけないとお書かれになっているのですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
招待状は多数の者に一斉に送っているのだろう、デイジー個人の状況に即した文面ではない。同伴者を禁止していないが、かといって許可するとも書かれていなかった。
意見を伺うようにデイジーはメイド長を見る。彼女の心境を察して、メイド長がうなずいた。
「先方に確認しておきましょう。今日の夕食時までくらいにはお伝え致します」
「ありがとう。お願いね」
「お礼には及びません。では私はこれで失礼します」
一礼して、メイド長が部屋を出ていく。
彼女の背中を見送ってから、ファルマがデイジーに聞いた。
「ご婚約されたのはオリヴィエ=リヴァーさんでしたか? どういうお方なのですか?」
「私も社交パーティーで二、三回会ったことがある程度ですよ。私が病気になる前だから、最後にお会いしたのはもう二、三年くらい前かしら?」
貴族の社交パーティーはデイジーにはあまり馴染めなく、広い部屋の隅のほうのテーブルで一人静かにいることが多かった。
自分から誰かに話しかけることもあまりなく、相手のほうから話しかけてきた際に当たり障りなく受け答えするくらいだった。
「いずれも私がテーブルに一人でいた時に、オリヴィエさんのほうから話しかけてきたの。たぶん、私が一人で寂しそうとでも思ったのかもしれません」
オリヴィエはとにかく口数が多く、しゃべる内容も自分や家族のことばかりだった。学園の成績で上位を取った、魔法を用いた趣味の狩りで素晴らしい獲物を狩った、外国の華やかな観光名所に旅行に行った……などなど。
「……とても明るくて、人生を楽しんで謳歌しているような方でしたね……。暗くて物静かな私とは対照的で、いつも周りに誰かいるような方でした」
「「…………」」
デイジーは言葉を選んでそう言った。というのも、オリヴィエの話はともすれば自慢げなことが多かったからである。
そのため話を聞いていたデイジーは、表面上は苦笑に近い愛想をしながら、内心では早く話が終わってほしいと思っていたのである。
「私が病気になってからは会うことはなくなりましたね……。私は病気で寝込むことが多かったですし、わざわざお会いしてするようなお話もなく、そこまで親しい間柄でもありませんでしたから」
「……お見舞いもなかったわけですね……?」
「仕方ありません。その時の私は知りませんでしたけど、どうやら私の病気は見舞いするだけでうつる感染症だという噂が流布されていたようですから」
婚約破棄してきたデイジーの婚約者も、その噂を信じきっていた。元よりその婚約者はデイジーを愛していなく、あくまで彼女の家柄と資産が目当てだったのであるが。
知らず知らずのうちにファルマはつぶやいていた。
「……ひどい……誰がそんな噂を……ちゃんと調べればすぐに分かることなのに」
「誰が流したのかはいまも分かりませんが、治療が難しい病気だということは本当ですから。そのことを勘違いして、病気への怖さでそのような噂が流れてしまったのだと思います。責めることは出来ません。私がその立場なら、同じように信じてしまっていたかもしれませんし」
「…………。デイジーさんはお優しいですね」
「そう言っていただけるとありがたいです」
デイジーは寂しそうにはにかんだ笑みをした。それを見て、ファルマは胸が苦しくなってしまう。
……もしその時、自分がおそばにいてあげられたなら……。
そう思ってしまう。そうできなかった自分を後悔する。
気を取り直すようにデイジーが言った。
「それはもう過ぎたことです。私にはこの屋敷のみんながいますから。いまはこの昼食を楽しく食べましょう」
「…………、そうですね」
二人は昼食を再開する。とりとめもない、けれど穏やかで楽しい時間が流れていった。
○
夕食時。デイジーの部屋を訪れたメイド長が告げていた。
「リヴァー家の婚約パーティーについて、先方に確認をお取りしました。デイジーお嬢様は来られたら来るということで構わないそうです」
「そう。ファルマさんのほうは?」
「問題ないそうです。むしろリヴァー家の婚約をより多くの人に知ってほしいから、是非ともお越しいただきたいとのことでした」
「そう」
デイジーがファルマに言う。
「良かったですね、ファルマさん。では当日はよろしくお願いしますね」
「はい。何があってもデイジーさんを守れるように、万全の準備をしておきます」
「はあ……婚約発表のパーティーですから、そんな滅多なことは起こらないと思いますけど」
「万が一にもです。大切なデイジーさんの為、私はこの身を貴女に捧げましょう」
「な……っ⁉」
胸を張るようにしてそこに手を当てるファルマに、デイジーは思わず慌てた声を出してしまう。
そんな二人を見て、メディはまたかと小さな溜め息をつき、メイド長はファルマに鋭い目を向けた。
メイド長がとげとげしい声でファルマに言う。
「ファルマさん」
「はい、何でしょうか?」
「分かっていると思いますが、デイジーお嬢様はイーザ家の大事な一人娘でございます。一薬師の貴方とは身分が大きく違うことをお忘れなく」
デイジーが声を出した。
「メイド長⁉ 何を言って……」
「お嬢様のことを考えてのことでございます。確かにファルマさんにはお嬢様の新しいお薬を調合していただき、先日は誘拐犯から助けていただきました。そのことは十分感謝していますが、それはそれとして、です」
メイド長は再びファルマを見て、釘を刺す。
「お嬢様の病気が治った暁には、新たな婚約者がお嬢様には選ばれるでしょう。由緒正しきイーザ伯爵家に相応しい、立派な方を。ファルマさんはそのことを十分に理解して、今後の言動と行動をお考えになってください」
「…………。分かりました」
「よろしい」
デイジーがメイド長に言う。
「メイド長、そんな言い方って……」
「お嬢様もですよ」
「え……?」
デイジーは一瞬なんのことか分からなかった。
「いくら新薬を調合してくれて、誘拐犯から助けていただいたとはいえ、それはそれです。簡単に身も心も許してはなりませんよ」
「なっ⁉」
「確かにファルマさんは容姿端麗、頭脳明晰、護衛もこなせるほど強いですが、だからといって簡単になびいてはいけません。貴女はイーザ家の跡取り娘なのですから」
「な、な、な⁉ 何を言ってるの⁉」
デイジーは真っ赤なりんごのように赤面してしまう。メイド長は気にしたふうもなく言う。
「いいですか、お嬢様。貴女の伴侶となる方は、もっと時間をかけて内面までちゃんと素晴らしいと分かった方を……」
「もうその話はいいから! 用は済んだでしょ! 早くお母様達のところへ戻って!」
メイド長はやれやれと首を横に振る。
「やれやれ、まったく……。では私は戻ります。お嬢様、くれぐれもお気を付けてくださいね」
「いいから早く!」
「ではこれで失礼致します」
びしっとデイジーがドアを指差して、メイド長が部屋を出ていく。
はあはあと息が荒くなっているデイジーに、ファルマが言った。
「デイジーさん、呼吸が荒いですよ。まさかまた発作が……」
「これは違いますから! 大丈夫です!」
「そうですか?」
「そうなんです!」
ファルマを納得させるためにも、デイジーは胸元に手を置いてすーはーと息を整える。
そんな彼女にファルマが安心させるように言う。
「ご心配しないでください、デイジーさん」
「……? 何のことですか?」
「素晴らしい方が貴女の伴侶となるのは、貴女の幸せの為になくてはならないことだと思います。たとえ貴女が婚約し、結婚したとしても、私はずっと貴女のおそばで貴女をお守りすることを誓いますから」
「……っ!」
思わずデイジーは叫んでしまった。
「ファルマさんは全っ然分かってないです!」
その後の夕食の続きの間、デイジーはずっとむすっとして、ファルマとしゃべろうとはしなかった。
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