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そうして二日後の夜。
デイジー達は招待されたリヴァー家の前にやってきていた。
お供しているファルマが彼女に尋ねる。
「デイジーさん、夜の分のお薬はお飲みになりましたか?」
「もちろん飲んでるわよ。パーティー中に発作で倒れたりしたら大変だし迷惑かけちゃうからね」
デイジーの返答にファルマは満足そうにうなずく。ファルマ自身は婚約パーティーには興味がなく、デイジーのことを最優先に考えていた。
ファルマがここに来たのも、あくまでデイジーのことが心配だからお供しているだけなのである。
ファルマと同じくお供として来ていたメイドのメディが、リヴァー家の大きな屋敷を見ながら言った。
「窓の方に照明がついておりますね。既に他の方達はご出席なされているようです」
「みたいね。知っている人はいるかしら?」
そう言いながら、デイジーは鉄格子の門へと歩き出していき、ファルマとメディがあとに続く。
婚約パーティーを開催しているからだろう、門前には警護を兼ねたリヴァー家の使用人がいた。
「イーザ伯爵家のデイジー=イーザです。こちらは私のメイドのメディと、万が一の場合の薬師のファルマさんです」
「デイジー=イーザ様ですね。少々お待ちください」
使用人が手元に半透明の魔法のウィンドウを開く。そこにはデイジーの顔の画像が映し出されている。
目の前のデイジーと画像を見比べて、身元の確認を終えた使用人が恭しく頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、デイジー様。どうぞこちらをお通りください」
鉄格子の門が開き、デイジー達が通っていく。彼女達が乗ってきた馬車も同じく通り、その馬車は別の使用人に案内されて馬車置き場まで向かっていく。
門の内側にいた使用人が頭を下げながら言う。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。ご案内致します」
「ありがと」
その使用人に屋敷の入口まで先導されながら、デイジーがつぶやいた。
「それにしても大きなお屋敷ね。迷っちゃいそう」
先導する使用人が応じる。
「デイジー様のお屋敷ほどではございません。しかし慣れていない方が迷われることがあるのも確かですので、はぐれないようにお願い致します」
「分かりました。ありがとうございます」
「客賓をおもてなしするのが私達の役目です。お礼には及びません」
そのような会話をしている間に、デイジー達は屋敷の入口に到着する。入口にも使用人が待機していて、案内した使用人の合図で入口の玄関を開けていく。
デイジー達が玄関のなかに一歩入る。そこは大きなホールとなっていて、大勢の使用人達が左右に並んで頭を下げていた。
『いらっしゃいませ、デイジー様』
門前の使用人から通信魔法による連絡を受けていたのだろう、紹介するまでもなく使用人達はデイジー達のことを知っているようだった。
まるで割れた海を渡るように、デイジー達は使用人の並ぶなかを進んでいく。
玄関ホールの天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっていて、その明かりが照らす下に二階へと通じる左右に分かれた階段が伸びている。
その階段の先……左右の階段の終着点に一人の妙齢の女性の姿があった。
「ようこそ、ワタクシの屋敷へ。お久しぶりね、デイジーさん」
「お久しぶりです、オリヴィエさん。覚えていただけていたようで、ありがとうございます」
デイジー達が挨拶のカーテシーをする。オリヴィエは開いた扇を口元に当てながら答えた。
「国内有数のイーザ伯爵家の貴女を忘れるわけなどありませんわ」
ハイヒールを履いている彼女はつかつかと階段を降りながら言葉を続ける。
「今宵はワタクシの婚約パーティーにご出席なさっていただいて、誠に感謝しますわ。さ、どうぞこちらへ。皆様も談笑しております」
「もしかして、私達が最後でしたか?」
だとしたら申し訳ないなと、オリヴィエのあとをついていきながらデイジーは思った。
しかしオリヴィエは気にした様子もなく。
「いえ、まだご到着が遅れていらっしゃる方がおりますの。彼らが到着するまでもう少々お待ちを」
「そうでしたか。ちなみに、オリヴィエさんのご婚約者の方は?」
「それは後ほど、全員がお集まりになってから紹介致しますわ。とても素敵な殿方で、きっとデイジーさんはびっくりして羨ましがると思いますよ」
「あはは……」
デイジーは苦笑してしまう。
(オリヴィエさんは私が婚約破棄されたことを知らないから……)
だから、悪気があって言っているわけではない……デイジーはそう思った。
やがてパーティー会場が見えてくる。会場内はとても広く、デイジー達のように招待された客賓とその同伴者が数十人、もしかしたら百人近く出席していた。
「ではここでお待ちください。ワタクシは他の方のお出迎えをしなければなりませんので。料理や飲み物は好きにいただいて構いませんわ」
そう言って、オリヴィエは元来た廊下を戻っていく。
彼女の背中を見送ってから、ファルマがデイジーに言った。
「デイジーさん、お腹は空いていませんか? 喉も渇いているでしょう。私が取ってきますよ」
「いえ、いまはあまり……」
「そうですか?」
「…………」
会場内の視線がデイジー達をそれとなく見ていることに、彼女は気付いていた。ファルマはまだ気付いていないのか、デイジーのことを見ている。
デイジーは思い直して、彼に答えた。
「やっぱり少し食べたいと思います。何か手頃なものを持ってきてください」
「お任せください。美味しそうなものを厳選してきます」
彼女の役に立てるのがうれしいのか、ファルマは勇み足で料理の並ぶテーブルへと向かう。
その後ろ姿を見ながら、他の者には聞こえないようにメディがデイジーに小声で言った。
「敢えてファルマさんを離したのですね、お嬢様?」
「……私のそばに長くいれば、それだけ誤解を受けやすくなるからね。メディももう少し離れていた方がいいわよ」
「申し訳ございませんが、その指示には従えません。私はお嬢様のメイドですので」
「……ありがとね」
デイジーの心臓病は現状特効薬はないが、感染症というわけではない。近くにいるからといって病気がうつるわけではないのである……が、しかし。
デイジーの元婚約者や誘拐犯達が言っていたように、彼女の病気がうつるのではないかといううわさは多くの者に広まっていた。だからこそ、この会場内にいる者達はデイジーには近寄ろうとはせずに、遠巻きに見てきたりひそひそと話していたりしていた。
「治ったのかしら、病気?」
「そんな話は聞いてないけれど」
「でもオリヴィエさんが話していたし、あのメイドも近くにいるし……」
「オリヴィエさんが一緒にいたのは短い時間だから。あのメイドのことは分からないけど」
そのような会話がデイジーの耳に届いてくるが、彼女は気にしないでファルマのほうを見ていた。いや、気にしないように努力していた。
デイジーとメディに誰も近寄らないのと同様に、彼女達と同行していたファルマにも近寄ろうとする者はいなかった。彼が料理を取りに行くと、そそくさとその場を離れるのである。
しかしファルマはまったく気にする素振りも、むしろ気付いた様子すらもなく、うれしそうに料理を選んで取っていく。
……皆さん取りやすいように配慮してくれているのですね……、などと、もしかしたらそんなふうにすら勘違いしているのかもしれなかった。
そのとき会場内の明かりが不意に消えて、辺りが暗闇に包まれる。
「え……?」
「魔法具が壊れたの……?」
二、三の戸惑いの声が上がるが、数秒後、会場の奥のほうにあった壇上に明かりが灯される。
そこに一人の女性……オリヴィエが立っていた。
「皆様、先ほど招待状を送っていた方から急用で欠席するとの連絡を受けました。なのでいまここにいる方々で出席者は全員となりますので……いよいよ満を持して、ワタクシの婚約者を発表したいと思います。どうぞいらしてくださいな」
オリヴィエが壇上の奥に声をかける。デイジーも含めて会場内の者達が固唾を飲んで見守るなか……。
カツ……カツ……。
と壇上の奥から足音が聞こえてきた。
そしてその足音が次第に近付いてきて、明かりのなかに姿を現す。
(…………っ⁉)
その瞬間、デイジーは我が目を疑った。そばにいるメディも目を見開いて驚いている。
オリヴィエのそばに並んで、その婚約者がにこりと笑んだ。
「皆さん、こんばんは。僕がオリヴィエさんの婚約者のフィリップ=ノスです。お知り合いの方もいると思いますが、以後お見知りおきを」
ノス伯爵家の跡取り息子、フィリップ=ノス。
デイジーの元婚約者であり、病弱な令嬢などいらないと婚約破棄を言い渡した男だった。
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