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【完結】 【婚約者に病弱な令嬢はいらないと婚約破棄されました。その後、自宅屋敷に来た薬師の方に溺愛されました】  作者: はくら (旧名:ナロー)
【第二章】 【婚約発表パーティー】

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5


「うそ……どうして……なんで……?」



 口元に手を当てながら、震える声でデイジーがつぶやく。


 そんな彼女の声や様子にはお構いなく、会場内の壇上に立つオリヴィエとフィリップは幸せそうに腕を組んでいた。



「既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、彼、フィリップはノス伯爵家の次期後継者となっている立派な方です。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、魔法優秀、その他あらゆる点において稀代の天才と称えられている素晴らしい殿方ですわ。そんな方の婚約者に選ばれることは、ワタクシ、オリヴィエ=リヴァーの生涯の誉れでございます」


「おいおいオリヴィエ、褒めすぎだって。照れるじゃないか」


「だって本当のことですもの。皆様にもきちんとお伝えして、是非とも盛大に祝福してほしいですから」


「やれやれ、仕方のない女性だな。けれどそんな君を僕は愛しているよ」


「ワタクシもですわ、フィリップ」



 仲睦まじい二人の言葉に、デイジー達以外の全員が祝福の歓声を上げて、会場が割れんばかりの拍手を打ち鳴らした。


 しかし耳をつんざくような音のなかにあっても、やはりデイジーの顔からは驚愕と困惑の色は拭えていない。


 ……なんで? どうして? なんで二人が、オリヴィエさんが彼と婚約しているの? いったい、いつから……?


 まさか、私に婚約破棄を言い渡した時には、既に……?



「大丈夫ですか? デイジーさん?」


「…………へ……?」



 不意の声にデイジーがそちらを向くと、そばにファルマが立って彼女の顔を覗きこんでいた。



「ファルマさん……?」


「顔色が優れないようですが。もしやご気分が悪いのですか? 心臓の発作が……?」


「あ……いえ、そういうわけではありません。大丈夫です」


「そうですか?」



 なおも心配そうな顔をしている彼に、デイジーは話題を逸らすように尋ねる。



「いつの間にそばに? 暗くて足元がよく見えないのに……」


「暗視魔法です。薬の素材採取で深夜のフィールドや暗いダンジョン内を探索することがありますので」


「そんな魔法が……」


「それに私はデイジーさんをお守りする役目がありますから。室内が暗くなった際に、すぐさま貴女のおそばに戻って参りました」


「そう、だったんですか……」



 元婚約者が壇上に立ったことや、彼らの発表内容に気を取られてしまっていたので、デイジーはそばにファルマが戻っていたことに気付いていなかった。


 ファルマが壇上の二人に目を向ける。オリヴィエとフィリップはなおも幸せそうにしていて、会場の来客達からの質問に笑顔で答えていた。



「……彼女の婚約者は、彼だったのですね……」



 いま気付いたというようにファルマは一瞬気難しい顔をしたが、すぐにいつもの雰囲気をまとってデイジーに向いた。



「あ、そうそう、先ほど言われた通り料理をお持ちしましたよ。全部美味しそうですので、デイジーさんもきっとお気に入りになるでしょう」



 そう言って、ファルマが手に持った皿を差し出してくる。それとなく彼女を元気づけるように。皿にはいくつかの料理とフォークがあった。


 しかし……デイジーは料理に手をつけることも、フォークを持つことすらもせずに、壇上の二人から目を背けるようにして口を開く。



「すみません、ちょっとお花を摘みに行ってきます」



 ドアのほうへと向かおうとする彼女にメディが言う。



「それならば私もお供致しましょう」


「いえ、一人で大丈夫よ、メディ。貴女達はここで待っていて」


「しかし……」


「すぐに戻ってくるから、心配しないで」



 そう言ってデイジーはそそくさとドアから廊下へと出ていく。



(とにかくいったん一人になって落ち着かないと……)



 祝福の雰囲気に満ちたあの場には、いまはいたくなかった。


○


 ファルマとメディには花を摘んでくるとは言ったものの、デイジーは別にトイレには行かずに長い廊下を歩いて会場から離れていた。



(ここまで来れば……)



 壁に手をつく。廊下には照明魔法具が灯されていてそれなりに明るかったが、周囲に人の気配はなく、静かで冷たい雰囲気が漂っていた。



(静かね……会場の賑やかさが嘘みたい……)



 どっと気疲れが来てしまったように、デイジーは壁に肩を預けて息をつく。もしあの場に居続けていたら、めまいを起こしていたかもしれない。



「どうして彼がオリヴィエさんと……?」



 ついつぶやいてしまう。誰かに向けた言葉ではなく、自分への問いのようだった。



(いえ……答えなら、ある程度予想出来る、か……)



 フィリップはプライドの高い人間だった。完璧な自分には完璧な伴侶を求めるような男だった。


 だから病弱な令嬢であるデイジーを切り捨てて、家柄も本人の素養も申し分のないオリヴィエに乗り換えたのだろう。



(私と婚約破棄してからオリヴィエさんと知り合ったのか、それとも最初から彼女と婚約するつもりで私と婚約破棄したのか……それは分からないけれど……)



 デイジーはもたれかかるように頭を壁につけた。



(いえ、どちらが先かなんてのは些細なことね……どちらにしても結果は同じなんだから……)



 自分は捨てられて、彼女が選ばれた。その結果に違いはない。


 デイジーには特に怒りも悲しみも湧いてはこなかった。彼女の心にたゆたっていたのは、虚無の感情だった。


 ……彼はそういう人なのだから……。


 デイジーが気怠い虚無感に身を任せていると、背後の廊下……いま出てきた会場へとつながる廊下の向こうから、誰かの足音が聞こえてきた。


 足音は二人分だった。とっさにデイジーはすくそばの十字路の曲がり角に向かい、近くの柱の陰に身を隠す。


 つい隠れてしまったのは、いまの自分の姿を誰かに見られたくなかったからである。特にファルマには見てほしくなかった。


 自分でもなぜそう思ったのかは分からない。ファルマでも他の誰かでも、そんなに変わらないはずなのに。


 足音は近付いてくる。二人分の足音だったので、もしかしたらファルマとメディが探しに来たのかとも思ったが……聞こえてきた声は違っていた。



「ワタクシと貴方のこと、皆、盛大に祝福してくれたわね。最高の気分だったわ」


「僕も最高の気分さ。君みたいな最高の女性と婚約出来たんだからね」


「ウフフ」



 オリヴィエとフィリップの声だった。


 二人は十字路のそばで立ち止まり、窓から差し込む月光の下で抱擁を交わした。



「今日のパーティーにはデイジー=イーザも呼んでおいたわ。貴方の元婚約者ね。ワタクシと貴方の幸せを見せつける為だったけど、気まずかったかしら?」


「まさか。誰があんな、いつ死ぬかも分からない女に気まずい思いなんて抱くものか。むしろ清々したよ」


「ウフフ、それなら良かったわ」



 ……っ。


 デイジーはとっさに口元に手を当てて、思わず漏れてしまいそうになる声を抑えた。


 ……まさか、そんな、私に見せつける為にわざと……っ。



「君からあいつの病気が感染するものかもしれないと聞いていて、本当に良かったと思っているよ。あいつが病気になった時から会いには行ってなかったけど、もし会っていたら僕も病気をうつされていたかもしれないからな」


「ウフフ、貴方を心配してのことだったけど、役立ったみたいで良かったわ。ワタクシ、本当に心配していたのよ」


「ありがとう、僕を心配してくれて。君はやっぱり最高だよ」


「ウフフ、デイジー=イーザの病気については他の方にも注意していましたけどね。貴方と皆さんを感染症の脅威から守れて良かったわ」


「君は気配りが出来る素晴らしい女性だね」



 ……⁉


 デイジーは耳を疑った。


 ……あの噂はオリヴィエさんが……っ⁉



「ねえ、ワタクシのこと本当に愛してる?」


「本当だとも」


「だったら証拠を見せてほしいわ。ね」


「仕方がないな。ほら、目を瞑って……」



 二人が甘い声でささやきあい、そして顔を寄せて目を閉じようとしたとき……会場に続く廊下の先から誰かの足音が響いてきた。早歩きであり、どんどん二人のほうへと近付いてくる。


 オリヴィエとフィリップはとっさに身体を離した。



「誰か来たみたいね」


「向こうへ行こう。続きはそれから」


「ウフフ」



 二人は足音から逃げるように廊下を進んでいく。柱の陰に隠れていたデイジーのそばを通りすぎていったが、彼女には気付かなかった。


 デイジーは二人を追いかけなかった。追いかける気力が起こらなかった。予想外にもたらされた事実にショックを受けていたのだった。


 やがて廊下の向こうから足音の主が姿を現す。それはファルマだった。



(ファルマさん……⁉)



 彼は十字路まで来て立ち止まると、左右に首を回しながらつぶやいた。



「デイジーさん、どこに行ったのでしょうか? 長いので心配になってお手洗いの近くにいたメイドさんに聞いてみたら、お手洗いには来ていないとのことでしたし……」



 パーティー会場の近くにあるトイレは、劇場や大型店舗にあるような男女に分かれた広めのトイレだった。パーティーの開催中は男子トイレに執事が、女子トイレにメイドが待機して、トイレを利用する来客達の要望……用を済ませたらあれが食べたいから用意しておいてほしい、などの要望を受け付けていた。


 ファルマが聞いたそのトイレ付近のメイドはデイジーの姿を見ていなかった。代わりに通りがかった別の使用人に尋ねてみたところ、こちらの方向に歩いていくのを目撃したとの答えが返ってきたのだ。



「ここは十字路……デイジーさんはいったいどこに……?」



 デイジーの姿がそこに見えないかと、ファルマは前方と左右それぞれの廊下の先を見やる。しかし彼女の姿は見えず、彼が落胆と焦りの気持ちを抱いたとき……デイジーは柱の陰から飛び出して彼に抱きついた。



「ファルマさん……!」


「……⁉ デイジーさん⁉ 良かった、そこにいたのですね」


「…………追跡魔法は使わなかったんですね……?」


「あ、すいません、うっかりしていました。いなくなった貴女のことが心配で。しかし何故、そんなところに隠れるように……?」


「…………」



 デイジーは答えない。代わりに、ぎゅっと彼を抱きしめる。決して離れてしまわないように。



「デイジーさん……」



 喜びやうれしさよりも、ファルマの心には戸惑いや疑問が芽生えていた。しかしそれらはいったん置いて、不安そうに身を震わせている彼女の身体をそっと抱きしめ返す。



「私がいます、デイジーさん。何があったのかは分かりませんが、もう怖がらなくて大丈夫ですよ」


「…………」



 時間にしておよそ一、二分だっただろう、二人はその場所で身を寄せ合っていた。


 やがてぽつりぽつりと、デイジーはファルマの胸に顔を埋めたまま話し始めた。



「さっきここにオリヴィエさんとフィリップさんが来ました。それで、二人の話を聞いてしまったんです」


「…………」



 ファルマはなにも言わず、彼女の話を邪魔することなく聞いている。



「私の病気が感染症だという噂を流したのはオリヴィエさんでした。どうしてそんなことをしたのかは分かりません。でもきっと仕方がないことなのですよね……きっと彼女も病気と聞いて怖くなって、もしかしたら自分もそうなるかもという恐怖で、そんな噂を……」


「…………」



 デイジーの腰に回されていた彼の腕に力が込められたことに、彼女は気付いた。



「ファルマさん……?」



 デイジーは彼の顔を見上げる。


 彼は眉間にしわを寄せていた。しかしそれも一瞬のことであり、すぐにいつもの柔和な顔に戻ってデイジーに言う。



「オリヴィエさんの理由なら、確かめる方法がありますよ」


「え……?」


「ちょうどタイミング良く持ち合わせがあったのです」


「……?」



 ファルマの言っていることが、そのときのデイジーにはよく分からなかった。


○



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