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メイドに謝罪と言い訳をしたあと、デイジーは昼食を食べ始める。
彼女の食事を、ファルマは真面目な顔で観察していた。
「あの、ファルマさん?」
「何ですか? 好き嫌いせずに全部食べなきゃ駄目ですよ?」
「いえ食べますけど……ずっと見られていると食べにくいんですけど?」
「お気になさらずに。これも最適な薬の調合の為ですから。私のことは透明人間だと思ってください」
「はあ……」
そうは言われても気にはなってしまう。まるで監視されているようで落ち着かなかった。
無論、ファルマに見つめられることで先ほど彼に言われたことが頭をよぎってしまうというのもあったが。
ただ見つめられているのもそわそわしてしまうので、デイジーは敢えて自分から話しかけてみることにした。
「あの、ファルマさん?」
「今度は何ですか? 私にあーんしてほしいのですか。喜んで致しましょう」
立ち上がって近寄りかける彼をデイジーは制した。
「違いますっ。そうじゃなくて、ファルマさんはお昼ご飯を食べないんですか?」
「朝に食べました。菓子パンを一個、寝起きに」
「…………、お昼は?」
「それだけで十分です。しいて言えば足りなくなったら水と塩と砂糖を舐めるくらいで大丈夫です」
「…………」
デイジーは口をあんぐりとしてしまった。そばに控えていたメイドもぽかんとしていた。
……もしかして植物か何かなんじゃないのこの人?
一瞬そう思いつつ、デイジーは文句を言う。
「何ですかそれ⁉ 私にはご飯をちゃんと食べなきゃ駄目って言っていたくせに、自分は全然食べていないじゃないですか⁉」
「食べる時間がもったいないですからね。寝る時間も。貴女の病気を一刻一秒でも早く治したいですから」
「……っ」
デイジーはかーっと顔を赤くしてしまう。ファルマの言葉が恥ずかしかったというのもあるし、彼が己を無下にしてまで薬を作ろうとしていることにわずかな憤りを感じたからでもある。
デイジーは持っていたフォークを置いて、メイドに言った。
「メディ、この人に昼食を用意してっ。早くっ」
「は、はい、ただいま!」
メイドがドアへと駆け出して廊下に出ていき、その背中をファルマは目を丸くしながら見送っていた。
「おやおや、私のことなら構わなくていいですのに。透明人間だと思って……」
デイジーが言う。
「そうはいきません。紛いなりにも命を助けてもらったんです。その恩人を栄養失調で餓死させるわけにはいきません!」
「さっきのことを言っているのですか? それならお気になさらずに……」
「さっきの発作がなくてもです。私の目の届くところで死なれたら困ります!」
「やれやれ。相変わらずお人好しですね。貴女は貴族で、私は所詮ただの平民なのに」
「そんなの関係ありません。貴族だろうが平民だろうが、人の命です。ましてや貴方は私の薬師ですから。私を治す為に貴方が死んでしまっては寝覚めが悪すぎます」
「…………、やれやれ、まったく」
根負けしたようにファルマが肩をすくめる。
メイドが昼食の載った台車を押して部屋に戻ってきた。デイジーに命じられるまでもなく、ファルマの前に昼食の準備をしていく。
「私達使用人と同じ昼食内容ですが……」
「十分です。厨房の人には昨日断ってしまっていましたので、むしろ二度手間になるようなことをさせてしまいましたね」
「はあ……」
ファルマの言葉に戸惑いつつも、メイドはプロらしくテキパキと昼食を並べていく。
昼食の準備が完了して、ファルマが両手を合わせた。
「これは美味しそうですね。いただきます。うん、美味しい」
真面目な顔で食べる彼を視界に入れつつ、デイジーはメイドに言う。
「悪いけど、明日からしばらくはファルマさんのご飯も用意してちょうだい。じゃないと、またご飯を食べないかもだから」
「ですね。かしこまりました」
ファルマはもぐもぐと食べながら。
「あ、私のことならお構いなく」
「構わなかったらまた食べないでしょうっ!」
「食べますよ、必要最低限は」
「いつか栄養失調で死にますよ!」
「大丈夫。その前にサプリを飲みます。一粒で栄養たっぷり」
「はあ……」
デイジーは額に手を当てて溜め息をついてしまう。頭が痛くなるようだった。
「とにかく私も食べますから、ファルマさんも一緒に食べますよ! いいですね⁉」
「おお、デイジーさんが一緒なら話は別です。食べます食べます。胃がはち切れるまで食べましょうとも!」
「それは食べすぎです!」
「これは失敬。嬉しすぎてそれくらい出来ると思ってしまいました。止めていただき感謝致します」
「お礼はいりません。大袈裟な人ですね……」
「そうですか?」
「いいから食べてください」
「そうですね」
おしゃべりをやめて、ファルマは食事を再開する。デイジーとしゃべっているときも、彼女と一緒に食事をしている間も、彼は始終楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
○
昼食を終えて。
メイドが後片付けをしている最中、ファルマは立ち上がって伸びをした。
そんな彼にデイジーが聞く。
「このあとはまた薬の調合や調べものですか?」
「うーん、そうしたいのはやまやまなのですがね……」
ファルマは奥歯にものが挟まったような口調である。
「ですが?」
「なかなかこれが行き詰まっていまして。材料はイーザ様にご用意していただいているのですが、それをどのように調合すればより良くなるのか考えていまして」
「はあ……」
薬師や薬の調合に関してはデイジーは完全な素人である。ファルマから話を聞いてもよく分からなかった。
ファルマは窓外の庭を眺めながら言う。
「だから、腹ごなしも兼ねて少し散歩しようかなと。歩けば何かしら良い案が浮かぶかもしれませんから」
「そうですか」
ぴこんと、そこでファルマはなにかを閃いたようだった。
「そうだ、デイジーさんも一緒に散歩はどうですか? 私が手を取ってエスコート致しますよ?」
「エスコートは結構です! でも……そうですね、久しぶりに散歩してみようかな? ベッドにいたらまた寝ちゃいそうだし」
「おお、デイジーさんの寝顔を見るのも悪くないですな。是非ともお昼寝タイムに致しま」
「散歩に行きましょう! いますぐに!」
「おおっ?」
ベッドから飛び出るように急いでデイジーは出た。ファルマに寝顔を見られたら恥ずかしくてたまったものではなかったからだ。
「メディ、庭の散歩をしてくるわ」
「かしこまりました。こちらの片付けが終わり次第、私も合流致します」
「気にしなくていいわよ。メディが来る前に部屋に戻るかもしれないし。じゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
デイジーがドアを開けて出ていき、ファルマがあとに続く。彼らの後ろでメイドは礼儀正しく頭を下げてお見送りしていた。
広い屋敷の長い廊下を通り、デイジーとファルマはようやくのことでこれまた広い庭園へと出る。デイジーの自室からここに来るだけでも数分かかっていた。
庭園のなかを歩き始めながら、感心したようにファルマがつぶやく。
「広いお屋敷ですねえ。迷子になってしまいそうです」
「あながち冗談になりませんよ。私から離れないでくださいね」
「はい、デイジーさん」
ぴたりとファルマがデイジーに寄り添った……だけではなく、後ろから彼女を抱きしめるようにして腕を回している。
「……あの、ファルマさん?」
「何ですか、デイジーさん?」
「近すぎます。もう少し離れてください。っていうか何故抱きしめ⁉」
「離れないでと仰られたので」
「そうだけどそうじゃありません! 迷わないように近くにいてくださいという意味で!」
「なら間違っていませんね。ぎゅーです」
「間違ってないけど間違っているんです! ああもうっ、とにかくもう少し離れて! 抱きしめ禁止!」
「えー?」
「えー?じゃなくて!」
「仕方ありませんね。了解です」
渋々といったふうにファルマが腕を離して、恋人のような密着ではなく、あくまで他人行儀の距離感で隣に並ぶ。
デイジーはほっと安堵した。……が、すぐに周囲に首を巡らせた。
「どうかしましたか?」
「いまの誰かに見られてないかと思って。特にお父様とお母様に見られでもしたら……」
いったいどうなることやら。デイジーにはまったく予想がつかない、というより考えたくないことだった。
「私は別に構いませんよ。デイジーさんとそのような噂になっても一向に、むしろ喜ばしいことです」
「私が困るんです! 殿方にあ、あんな抱きしめられていたなんて……!」
「デイジーさん」
不意にファルマが彼女の手を握った。真面目な顔で聞く。
「私のこと、嫌いですか?」
「え……⁉」
デイジーはドキっとしてしまう。
ファルマは容姿端麗であり、薬師として頭脳明晰で素材を自力で採取出来る強さも併せ持っている。どこか世間ずれしていたり抜けているところはあるみたいだが、性格も悪くはないらしい。
そしてなによりも、デイジーにとっては理由は分からないが、彼は彼女のことを好いているようだった。
「嫌い、ではありません……少なくともいまは嫌いじゃないです……」
目を逸らしてデイジーは答える。
彼が自分のことを好いているらしいというのは分かったが、その理由が分からないからこそ戸惑ってしまうのである。
「では他に心に決めたお方がいらっしゃるのですか? 先日婚約破棄なされたフィリップ=ノス様のことが、まだお忘れになれないのですか?」
「……っ! 違います!」
ばっとデイジーはファルマに向いた。
「あの方は確かに婚約者でした。しかしそれは私達の両親が決めたことで、いうなれば政略結婚に近いものでした。だから私は、お父様とお母様の期待に応えられるように……あの方が私をどう思っていたのかは分かりませんでしたが、私はあの方を好きになろうと……でも、あの人にとっては私はいらない存在で、ただの政略結婚の相手でしかなくて……」
自分でも知らず知らずのうちに、デイジーの瞳からは涙の雫がこぼれていた。
口ではああ言っていたが、相手の婚約者も自分と同じ気持ちだと思っていた。思い込もうとしていた。似た者同士だから、上手くやっていけると信じようとした。
しかし違っていた。相手は自分のことを政略結婚の対象としか見ていなく、病気でその結婚すら危ぶまれると、己の被害を最小限に抑える為に切り捨てた。
デイジーは信じようとしていた相手に裏切られた気持ちになったのだ。政略結婚すら出来ない自分には存在価値がないのだと泣き寝入りしてしまったのだ。
止めどのない涙を流して言葉に詰まるデイジーを、ファルマがそっと抱きしめる。優しい、安心する声でささやく。
「悲しかったのですね。申し訳ありません、貴女がそのような悲嘆と絶望に苦しめられている時に、おそばにいてあげることが出来なくて」
「謝らないで……謝らないでください。ファルマさんは何も悪くありません。だって昨日会ったばかりで、いままで私のことは知ってすらいなかったんだから。貴方が何も出来なくても仕方がなくて、謝る必要なんか全然ないんですから……」
「…………、デイジーさん、私は……」
ファルマがなにかを言いかけたとき、不意に向こうのほうから二人に声をかけてくる者がいた。
「お嬢様ー、ファルマさーん、お待たせしましたー」
メイドのメディである。昼食の後片付けが終わってやってきたのだった。
どんと、デイジーが慌ててファルマの身体を押して離した。
「め、メディ! 早かったわね!」
「あれ、お嬢様、泣いていらっしゃるんですか?」
「あ、これは目にごみが入っちゃって! ファルマさんも心配して近寄ってくれていたの! ね、ファルマさん!」
二人がファルマを見ると、彼はそばの花壇に頭から突っ込んでいた。
「ファルマさん⁉」
「お嬢様が突き飛ばしたから……大丈夫ですか、ファルマさん?」
デイジーが慌ててファルマに近寄って、彼の身体を花壇から引っ張り出す。花びらや葉っぱや土を付けながら、彼は笑っていた。
「私ならご心配は無用です。ちょうどこの花をもっと近くで見たかったところでしたし」
「それにしてもお嬢様に突き飛ばされただけでそうなるなんて、ファルマさんて旦那様が仰っていたほど強くはなさそうですねえ……」
「あっはっはっ、イーザ様は大袈裟に仰る性格みたいですからねぇ」
「あー、あるかもしれませんねえ、そういうところ」
メイドは納得したようだった。
ファルマはしきりに笑っていた。
デイジーは安堵半分、呆れ半分の気持ちだった。
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