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朝食を終えて、デイジーはファルマから問診を受けていた。
その最後の質問が終わって、ファルマが問診票をざっと見返す。
「ふむ……」
「お嬢様のお薬は出来そうですか?」
心配そうに聞いたメイドに顔を向けて、ファルマが答える。
「まだ一回目の問診ですからね、これだけで即、特効薬を作るというのは流石に無理です」
「……ですよね……」
「しかし掛かり付けの医師からデイジーさんの病気については聞いていますし、とりあえず現在の病状の緩和が期待出来る薬を作ってみようと思います。それには少しばかり時間が掛かりますが、一週間以内にはご用意出来るでしょう」
ファルマがデイジーに笑いかけた。
「そしたら一緒にお庭でも散歩しませんか? デートでも構いませんよ?」
「結構ですっ!」
きっぱりはっきりデイジーは断った。
けれどもファルマは気分を害した様子もなく、楽しそうに笑っていた。
「それは残念。では問診も終わってデートの誘いも失敗しましたし、私は一旦退席させていただきます。何かご用があれば私の部屋まで」
「ご心配なく。用はありませんからっ」
「あはは」
ファルマは立ち上がると部屋から出ていった。
朝食の片付けをするメイドに、デイジーは文句を垂れる。
「何なのあの人? 散歩とかデートとかあーんとか。いきなり鼻歌をしたかと思ったら音痴だし」
「真面目な方だとは思いますよ。薬師としての役目を果たそうとしているようですし」
「そもそも何でお父様は薬師なんか雇ったのよ。掛かり付けのお医者さんと看護師さんで十分じゃない」
「それに関してはイーザ様にお聞きしなければ分かりませんが……。少なくとも、お嬢様のことを思ってのことだと思います」
「だったらあんな軟派な人じゃなくて、女性の薬師にしてほしかったんだけど」
「それは……」
「とにかくお父様が来たら文句を言わないと」
少し怒ったようにそう言ったデイジーは、眠そうにあくびをした。
「ふわぁ、それにしてもご飯を食べたら眠くなってきちゃった」
「一日ぶりの食事でしたからね。お腹がせっせと動いているのでしょう」
「胃に血が行ってるってことね。ちょっとだけ二度寝することにするわ。他にすることもないし」
「お嬢様、食後に寝たら牛になりますよ」
「そんな迷信を信じるほど子供じゃないわ。じゃ、おやすみ」
「やれやれ……」
溜め息を吐くメイドに背を向けるようにして、デイジーは再びベッドに横になった。
メイドには気付かれないように、デイジーは少し胸を押さえるようにして目を閉じた。
○
しばらくの時間が経過して。
デイジーはうっすらと目を開けた。
「…………」
室内は静かだった。そっと首を回して確認すると、壁際の椅子にメイドが座って編み物をしていた。
朝食の片付けをしたあと、ずっとそうしていたらしい。
デイジーはゆっくりと上体を起こして、腕を上げて伸びをした。
「うーん、よく寝たー。やっぱり二度寝は気持ちいいわね」
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。二度目だけどね」
編み物を椅子に置いて立ち上がるメイドに、デイジーは聞いた。
「いま何時?」
「十一時少し前です」
「もうそんな時間? さっき朝食食べたばかりなのに?」
「お嬢様はお休みになっていましたから」
「それもそっか。それじゃ昼食は抜きでも大丈夫よね?」
「またファルマ様が来るかもしれませんよ?」
「追い出しなさい」
「そうも参りません」
「まったく。めんどくさいわね」
デイジーはベッドそばのサイドテーブルに置いていた本を手に取ると、ページを開いて読み始めた。
読書に集中する彼女の邪魔にならないように、メイドは再び椅子に座ると静かに編み物の続きを再開する。
ちくたく、ちくたく。
時計の針の音と、ときおり庭のほうから聞こえる使用人の話し声以外はしない時間が過ぎていく。
やがて十二時になり、屋敷の大広間にある振り子時計のボーンボーンという音が聞こえてきた。
「……お昼みたいね」
「ご昼食を取りに行って参ります。しばしお待ちください」
「いらないわ」
「そうもいきません」
「…………」
閉口するデイジーが見つめるなか、メイドは部屋を出て厨房へと向かっていった。
一人残されたデイジーは、そっとベッドから出るとドアへと向かった。静かにドアを開けて、廊下をさっと見回す。
「誰もいないみたいね」
昼どきということもあり、日常の間隙を突くように廊下はひっそりとしていた。デイジーは誰にも見られないように注意深く廊下に出て、辺りを警戒しながら進んでいく。
「食欲ないって言ってるのに……」
小声でつぶやく。昼食を食べないようにするために、メイドやファルマに見咎められないうちに屋敷の別の場所に行こうと思ったのだ。
まるでスパイのように自宅の広い廊下を進んでいると、前方から二人の使用人が歩いてくるのが見えた。とっさにデイジーは近くの部屋に入って、ドア裏に身を隠す。
使用人達の声が聞こえてきた。
「昨日やってきた薬師って、実際どうなんだ?」
「優秀らしい。……が、俺はまだ話したことがないから人となりは分からん。良い奴かもしれんし、悪い奴かもしれん」
「もしかしたらお嬢様や旦那様に取り入ろうと画策してたりな」
「ははは、まさか」
「…………」
「…………」
使用人達は黙りこんでしまった。自分達で言ったことに、内心でまさかと疑惑の種が蒔かれたのである。
(まさか、ファルマさんが……?)
彼らの話を盗み聞きして、デイジーの心にも一抹の疑惑が芽生えてしまう。
デイジーはファルマとは昨日や今朝は話をしたものの、だからといって彼のすべてを知ったわけではない。
むしろ知らないことのほうが多い。使用人達と同様に、彼に対して疑惑を抱くのは無理もないことだった。
使用人達がドアの外を通りすぎていく。やりすごせたことにデイジーがほっと息をついたとき、彼女の背後でカタリと小さな音がした。
びくりっ! デイジーは飛び上がりかけたのを堪えて、おそるおそる背後に振り返る。
(何……?)
いま気付いたが、そこはいくつもの棚が並んだ部屋だった。棚には書物の他にも、ハーブや干し肉のようなものなどが入ったガラス瓶がいくつも並べられていた。
(まるで倉庫みたい……こんな部屋、うちにあったっけ?)
デイジーの視界の先には陽光の差し込む窓と、その前に置かれた机があった。机の上はいろいろなもので散らかっていた。
(何かの実験室みたい……)
机の上には様々な書類やフラスコ、小さなすりこぎや臼などがあった。臼には緑色の跡が残っていて、フラスコのなかにはエメラルド色の液体が入っている。
(本当にこんな部屋、うちにあったっけ?)
いままでずっとこの屋敷に住んできたが、この部屋を見るのは初めてだった。この屋敷はかなり広く、デイジーにも把握しきれていない場所は少なからずあることはあるのだが……。
しかしこのような実験室みたいな部屋がこの屋敷にあるとは思っていなかったのである。
そのとき、また音がした。今度はドサリとなにかが落ちた音だった。
びくりとしながらもデイジーがそちらに目を向ける。部屋の片隅の床……そこに大量の本に埋もれるようにして誰かが倒れていた。
「え……⁉」
使用人の誰かが倒れているのではと思って、デイジーは慌ててそちらへと向かう。その人物の身体を揺すりながら声をかける。
「大丈夫⁉ 体調悪いの⁉ ってファルマさん⁉」
それはファルマだった。デイジーに揺すられたことで、うーんと声をこぼしながら彼が目をうっすらと開ける。
「おや、デイジーさん? 何故ここに?」
頭に手を当てながら上体を起こす彼に、デイジーが戸惑いながら答える。
「それはこっちのセリフです。何でこんなところに倒れていたんですか?」
「ここは私にあてがわれた部屋ですからね。さっきまで調べものをしていたのですが……どうやら寝落ちしてしまっていたようです」
「寝落ちって……いまはまだお昼ですよ?」
ファルマは懐中時計を取り出して時刻を確認する。
「ふむ、一、二時間ほど寝てしまったようです。昨夜は陽が昇るまで夜更かししていましたからね」
「徹夜っていうんですよ、それ」
「一応寝たんですけどね。二時間くらい。ついうっかりまた寝てしまったようで、お恥ずかしいところを見られてしまいました」
「…………」
デイジーはまさかと思った。
「まさか、そのあと私に朝の問診をしたんですか? あんまり寝ていないのに?」
「貴女の病気を治すことが最優先ですから」
「……っ」
デイジーは二の句が継げなくなってしまう。
ファルマが立ち上がり、彼女へと手を差し出した。
「さあ、お立ちになってください」
「…………」
手を取って立ち上がる彼女にファルマが尋ねる。
「しかし何故ここに? いまは昼食の時間では?」
「それは……」
「まさか私に会いに? ははは」
ファルマが冗談めかしてそう言ったとき、不意にデイジーは胸が苦しくなった。比喩的表現のそれではなく、物理的……病的な意味での胸痛である。
「……っ⁉」
「デイジーさん⁉」
彼女は胸を押さえてうずくまってしまう。口から苦痛の声が漏れる。
瞬時に事態を察したファルマが懐から紙片を取り出して、水魔法で出現させた小さな水球にそれを混ぜる。
その水球をデイジーへと差し出しながら。
「薬です。お飲みになって」
「……っ」
「慌てないで。私がついていますから」
デイジーは水球を口に含んで、それを飲み込んでいく。
一分ほどの時間が流れていき……やがてデイジーの症状が和らいで、元の状態に戻っていった。
ファルマがほっと安堵した。
「良かった。とりあえずは治まりましたね」
「ありがとう……ございます……」
「いえいえ。私がそばにいるときで本当に良かった」
「…………」
笑顔になる彼をデイジーは見つめていた。それからそっと目を伏せる。
「あの……」
「何ですか?」
「このこと、お父さんやお母さんやみんなには内緒にしていただけませんか?」
「…………、余計な心配を掛けたくないとお思いなんですね?」
「……はい」
昼食を食べたくないという理由で勝手に部屋を抜け出してしまい、いまごろメイド達はデイジーを探し回っているだろう。
それだけでも心配をかけてしまっているのに、加えて心臓病の発作が起きてしまったことを知られたら……そう思ったのだ。
彼女の気持ちを察したように、ファルマは柔和な顔でうなずいた。
「分かりました。貴女のお望みとあらば、このことは黙りましょう。しかし条件があります」
「条件?」
「はい。昼食をしっかり食べてください」
「……っ」
それは彼が提示した交換条件だった。
「貴女はしっかり栄養を取らなければいけません。ご飯はちゃんと食べてください。それが条件……私との約束と言ってもいいです」
「……分かりました」
デイジーはこくりとうなずくしかなかった。
ファルマが付け足して言う。
「それとこれは私が勝手に言うこと……独り言なのですが」
「……?」
おもむろにファルマはデイジーに近寄ると、彼女の身体をそっと抱きしめた。
デイジーは驚き、困惑してしまう。
「ふぁ、ファルマさん⁉」
「貴女はいらない存在なんかじゃありません」
「……!」
彼女の耳にそっとささやくようにファルマが言う。
「元婚約者の方に何と言われたのか、詳しいことは私には分かりません。しかしこれだけは言えます。デイジーさん、貴女はいらない存在などでは決してない。貴女の家族もこの屋敷の使用人達も、そして私にとっても、貴女はなくてはならないとても大切なお方です」
「……っ……ファルマさんにとっても……?」
「貴女を愛しています、デイジーさん」
「っ⁉」
デイジーの驚愕と困惑は限界突破した。
「な、な、な、いきなり何を言ってるんですか⁉」
思わず腕に力を込めて、彼を離してしまう。
デイジーは急ぎ足でドアへと向かっていった。
「あ、貴方に言われた通りお昼ご飯を食べます! だからさっきのことは言わないでくださいね!」
「はい、もちろん。愛する貴女との約束ですから」
「~~~~!」
デイジーは自室へと向かい、そのあとをファルマが笑顔でついていくのだった。
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