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デイジーの父親とメイドを再び室内に呼んで、ファルマはデイジーが薬を飲んだことを告げた。
父親とメイドは目を丸くして、思わずデイジーのほうを見た。デイジーは不機嫌そうに窓のほうを向いていた。
「まさかこの短時間で娘を説得して薬を飲ませるとは、流石ですね」
「いえ、ちょっと選んでいただいただけですよ」
「「?」」
父親とメイドは疑問符を浮かべた。
気にせずにファルマが説明を始める。
「先程デイジーさんにも話しましたが、彼女の新薬についてはこれから問診や観察をおこなって、最適なものを調合していきたいと思います。それまではいままで通りの薬を継続してお飲みになってください」
「はあ……」
「またその問診や観察をする為に、しばらくの間、私はこの屋敷に出入りすることになります」
「それは承知しています。もし先生がお望みなら、専用の部屋もご用意しましょう」
「ありがとうございます」
ばっとデイジーが父親のほうを向いた。慌てて声を出す。
「お父さん⁉」
「その方が彼もやりやすいだろう。自宅からここに通うまでの時間も節約出来る」
「だからって……!」
「掛かり付けの医者や看護師だって住み込みでいてくれているんだ。いまさら一人くらい増えても変わらない」
「でも……私はこの方と初対面なんですよ……っ。何をされるか……っ」
「何の心配をしているんだ? 私達だっているし、彼が変なことをするわけないだろう?」
父親がファルマを見る。ファルマは真顔で答えた。
「はい。しいて言えば結婚のプロポーズをするくらいでしょう」
「わっはっはっ」「……っ……⁉」
父親は笑っていたが、デイジーは目を見開いていた。メイドは目を丸くしている。
ファルマが言う。
「それはともかく」
……それはともかく……⁉ デイジーは内心で声を上げた。
「デイジーさんの掛かり付けの医者の話では、彼女の病気は治療魔法でも治せないものらしいですね?」
「ああ。その方面に関しては私は疎いんだが、医者は既存の魔法では治すのが難しい病気だと言っていた」
「病気を治す魔法というのは、言い換えれば病原菌やウイルスを攻撃して死滅させる魔法ですからね。おそらく有効な攻撃手段がないか、もしくはデイジーさん自身も傷付けてしまう危険性があるのでしょう」
「……なるほど……」
「いま断っておきますが、私は薬師ですのでその治療魔法に関しては期待しないでください。あくまで新薬を調合することで、治す見込みを作っていこうと思っています」
「分かりました。魔法に関してはその専門家に任せることにしましょう」
「よろしくお願いします。デイジーさんの病気を治す為に、お互い頑張りましょう」
「はい、よろしくお願い致します」
父親とファルマが握手を交わす。
その様子をデイジーは押し黙ったまま見つめていた。
○
翌朝、デイジーの部屋にて。室内ではメイドが朝食の準備をしていた。
ベッドに寝ながらデイジーが言う。
「……食べたくない……」
「お嬢様、昨日もそう仰っていましたよね? 結局お昼も夜もお食べにならなかったようですし」
「食欲が湧かないの」
「最近は二、三日に一回しか食事を取っていないじゃないですか。過度なダイエットは身体にかえって悪いですよ。しっかり食べないと」
「……美味しくかんじないのよ……」
「お嬢様……」
そのときドアがノックされた。ファルマの声。
「おはようございます、ファルマです。朝の問診に伺いました。入ります」
がちゃり。
デイジー達が返答するよりも早く、彼は室内に入っていく。デイジー達はびっくりした。
飛び起きるようにデイジーが上体を起こす。
「ファルマさん⁉」
「お元気そうですね、デイジーさん。いえ病気ですけども」
「何で勝手に……⁉」
「朝の問診です。言ったでしょう?」
「そんなの朝食のあとでも」
「ほう、『朝食』のあと」
ファルマは片眉を動かしてから、メイドが準備していた朝食に目を向ける。
再びデイジーを見て言った。
「イーザさんや夫人、および使用人の方達が仰っていたのですが、デイジーさん、貴女は最近食事をあまり取らないそうですね?」
「そ、それは……」
「昨日は私が訪れる前に遅い昼食を食べていたようですが、それですら二日ぶりの食事だったとか。病は気からという言葉がありますが、食事はちゃんと食べなければ病気に負けてしまいますよ」
「……っ。ことわざの使い方間違ってませんか……っ」
デイジーのせめてもの反撃に、しかしファルマはまったく意に介さない。
「メイドさん、デイジーさんは朝食を食べると仰っていましたか? 私が来たときに彼女は身体を起こしたみたいですが」
「え、あ、その、今日は食欲がないと仰られて……」
「やはり」
ファルマが再びデイジーを見る。
「デイジーさん、朝食のあとと仰っていましたが、その朝食はいつ食べるつもりだったんですか?」
「……っ、それは……」
「よろしい、ならば食欲増進のお薬をお出ししましょう。もしくは私が貴女に食べさせてあげましょう。あーんと口を開けさせて」
「「⁉」」
懐から紙片を取り出しながら言うファルマに、デイジーとメイドが目を見開いて驚いた。
デイジーが叫ぶように言う。
「や、やめてください! セクハラで訴えますよ!」
「結構。病気より先に栄養不足でお亡くなりになってしまうかもしれないのに、貴女の主張は果たして通るでしょうか?」
「っ……、正論で殴らないでください……っ」
「感情論で死なれるよりマシです。そもそもあーんがお嫌なら自分でちゃんと食べてください」
「分かりましたっ、食べますっ、食べますから!」
「メイドさん、聞きましたね?」
びっくりしつつもメイドがうなずく。
ファルマがデイジーに言う。
「では朝食を始めてください。デイジーさんが食べている間、私は問診の準備をしておきます」
「あ、貴方も朝食を食べた方がいいんじゃないですか⁉」
「それは問診のあとで。大丈夫、貴女にああ言った手前、私もちゃんと朝食を食べますよ」
「あ、当たり前です!」
「もしもデイジーさんが食べさせてくれるのなら最高なんですがね」
「断固遠慮します!」
「それは残念」
ファルマは手近にあった椅子に座って収納魔法の異空間からペンや問診票を取り出していく。
デイジーが朝食を食べている間、彼はときおり鼻歌をしながら窓外の広い庭を眺めていた。
「何ですか、その歌?」
「おや、ご存じないですか? いまをときめく歌姫の歌ですよ。聞いたことはないですか?」
「そうじゃなくて……音がずれてます」
「む」
ファルマが眉を寄せた。
「これは失礼を。自重致します」
「歌ならこれくらいは歌ってもらわないと」
デイジーは口元に右手を寄せて隠すようにすると、少しの間だけだが歌を口にした。
ファルマが言っていた歌姫の、数ヶ月ほど前に歌われていた曲だった。
切りのいいところまで歌ってから、デイジーが歌うのをやめる。ファルマがぱちぱちと拍手をした。
「お見事。まさかここに人知れない歌姫がいたとは」
「お世辞はやめてください」
「そんなことは。しかし、何故口を隠すのですか? 可愛らしいのに」
「かわ……っ⁉ ごほんっ! 食事の最中ですので、食べかすや唾が飛んだら汚いでしょう? まさか殿方にそんな姿を見せるわけにはいきませんから」
「なら歌わなければよろしいのに」
「あ、貴方があまりにも下手だったからですっ。お手本を見せてあげなければと思ったからですっ」
そして出来ればこれで怒って帰っていただければっ。
しかしファルマは納得したように、あるいは反省したように。
「なるほど、もっともです。精進致します」
「…………」
「おや、どうしました?」
「何でもありません!」
デイジーの当ては外れた。
○




