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空は雲一つない快晴だった。式場は天井のない外でおこなわれていて、集まった招待客達は青空の下で談笑しながら新郎新婦が訪れるのを待っていた。
式場にはイーザ家の親戚や友人知人、使用人はもちろんのこと、各種の雑誌や新聞紙の記者なども招待されていて、大勢の人々が列席していた。
それらの人々の片隅にはオリヴィエの両親や関係者、私服姿の警察の姿もあった。彼らにはオリヴィエをおびき寄せるための結婚式だと伝えていたが、それ以外の一般の人々には普通の結婚式とだけ知らせていたのである。
『それでは新郎新婦の入場でございます。どうぞ拍手でお迎えください』
マイク型の拡声の魔法具で司会者が言い、その手が示すほうを人々が振り返る。
式場の入口を示す場所には、色取りどりの造花が飾り付けられたアーチ状の門が設置されていた。そこにまず新郎が姿を現し、客達の万雷の拍手のなか、式場を進んでいく。
壇の前に到着した新郎が、そこにいる牧師に恭しく一礼する。そしてアーチ門のほうを振り返り……続いて現れる新婦の姿を見つめた。
左右に両親が並び、白いウェディングドレスの裾をメイドが持ちながら、新婦が入場してくる。人生の晴れ舞台、そこには筆舌に尽くしがたいほど美しい花嫁がいた。
新婦が新郎の元に到着する。新郎が声をかけた。
「とても綺麗ですよ、デイジーさん」
「ありがとうございます。貴方もとても格好良いですよ、ファルマさん」
「ありがとうございます」
二人が微笑み合う。両親とメイドも微笑み、招待客達も和やかな雰囲気に包まれる。
そして両親とメイドが自分の席に戻っていき、前を向く新郎新婦に牧師が式の言葉を言おうとしたとき。
式場のすぐそばに数台の馬車が駆けつけてきて、ぞろぞろと何人もの人間が降りてきた。
彼らは執事や庭師や料理人などの使用人らしい格好をしていて、なかには小型のナイフや大きなスコップなど物騒なものを持っている者もいた。
それらの使用人達の先頭に、一人の女性が立っていた。貴族が着る豪奢な服に身を包んだその女性は、リヴァー家の令嬢のオリヴィエだった。
式場の人々は驚いた顔で彼女に振り返っていた。デイジーやファルマなども、
(来た……!)
(来ましたね……!)
と緊張した顔つきになっていた。
彼らを睥睨するように見渡して、デイジーとファルマのほうを指差しながら声高らかにオリヴィエが言い放つ。
「お待ちなさい! そこにいる新郎は一年前にワタクシと永遠の愛を誓った殿方ですわ! この式をいますぐ取りやめなさい!」
『……⁉』
事情を知らない招待客達が驚愕の表情を浮かべて、津波のようなどよめきが広がっていく。それを見て、オリヴィエや彼女の使用人達は勝ち誇った顔をしていた。
ファルマとデイジーがつぶやいた。
「……そうきましたか」
「……まずはファルマさんと私の式を台無しにするつもりみたいですね」
「……彼女が貴女を襲う大義名分を、皆さんに示したとも言えますね」
あそこにいる花嫁は自分の愛する人を奪った泥棒猫だ、だから怒りのあまり自分が彼女を襲うのは許されることである……そのはずみで運悪く死なせてしまっても、情状酌量の余地はあるはずだ。
……と、それがオリヴィエの導き出した策略らしい。あくまで自分は不運な被害者を装い、責任を二人になすりつけるために。
客達がデイジーとファルマのほうを見やる。落ち着き払っている二人がいったいどのようなことを言うのかと、固唾を飲んで見守っている。
……この返答次第で、皆さんの心証は大きく揺らいでしまうでしょう……。
しかしだからこそ、自分は堂々と自分の気持ちを言葉にするだけだ……ファルマが口を開いて言葉を紡ごうとした、その直前でオリヴィエの父親のリヴァー氏が立ち上がった。肩や拳などをぷるぷると震わせながら、リヴァーが重く低い声で娘に言う。
「オリヴィエ、お前は何を言っているんだ? お前には愛を誓い、キスまで済ませたというノス伯爵家の令息がいるじゃないか?」
「あらそうでしたっけ、お父様? あんな情けない男のことなんか知りませんわ」
彼女はすでに婚約者のことを見限っていた。リヴァーは愕然としてしまう。
「お前……紛いなりにも愛を誓い合った者を……」
「知らないと言っているでしょう? とうとう耳が遠くなってしまったのかしら? もうお年だものね」
「……っ。実の父親に向かってそのような口の利き方をするとは……っ」
「あら、殴ります? こんな大衆の面前で、実の娘を怒りに任せて殴ります? お父様もブタ箱行きになりますわね? 滑稽極まりないわね、ワタクシと同じ屈辱を味わいなさいな、オーッホッホッホッ!」
「……っ!」
わなわなと震えるリヴァーの手を、隣に座る彼の夫人が抑えた。
「あなた、落ち着いて……」
「……分かっている。娘の思う壺になってたまるものか」
そのためには、新郎のファルマにかけられた嫌疑を晴らさなければならない。
リヴァーは娘を見据えた。
「オリヴィエ、お前は一年前にファルマさんと永遠の愛を誓ったと言ったが、それは不可能だ」
「なぁに、あの人には他に愛する人がいるからとか言うつもり。そんなの……」
「お前は知らないだろうが、ファルマさんは一年前には遠く離れた外国にいたんだ。イーザ殿からそう伝えられた」
「……⁉」
そのとき初めてオリヴィエの顔に動揺が走った。自分の知らない情報だったからだ。
動揺を悟られないように彼女が強がるように言う。
「は、ハンッ、それが何だって言うのよ。外国にいても手紙でも通信魔法具でも、やり取りくらい……」
「だから不可能なのだよ。一年前、彼は患っていた持病の悪化により、一時期、意識不明で生死の境をさまよっていたのだから」
『……⁉』
もたらされた事実に、オリヴィエだけでなくデイジーや客達もが驚愕の表情になった。思わずファルマを見るデイジーに、彼は申しわけなさそうに答える。
「申し訳ありません、デイジーさんを心配させないように、いままで黙ってしまっていました」
「……持病を治して薬師になったって……」
以前、ファルマはデイジーにそう言っていた。彼はその詳しい部分を説明する。
「……はい、それは本当です。一年前、私は薬師を目指す学生であり、薬学の研究施設に通っていました。そしてとうとう私は自分の持病に効く成分を発見した直後、倒れて病院に運ばれていったのです」
「……そんな……」
「私はしばらくの間、意識不明のまま生死の境をさまよいました。そして病院の必死の看護と、先生や研究者の皆さんの尽力によって薬の開発が成功し、一命を取りとめたのです。その後、私は薬の服用を続けたおかげで持病を治し、こうして薬師になって貴女のおそばにいることが出来るようになりました」
「…………」
「ただし貴女のおそばに向かう前に薬師としての実力を高めて、イーザさんに信用していただく為の実績を作ろうとしました。しばらく研究施設に携わりながら冒険者ギルドに登録して、薬草などの採取や分析や新薬の開発などをおこなっていたのです」
ばつが悪そうな、あるいは照れくさそうにしながら、ファルマが説明した。
以上が、ファルマがイーザ家を訪れるまでの詳しい経緯だった。デイジーを心配させないようにと、いままで黙っていたのである。
いま彼が話したことは式場の皆の耳に届いていた。一年前に外国にいて、しばらく意識不明の状態だった……そんな状態で誰かと愛を誓えるわけがないと、式場の客達は皆が皆、なるほどと納得していた。




