【婚約者に病弱な令嬢はいらないと婚約破棄されました。その後、自宅屋敷に来た薬師の方に溺愛されました】 【完】
リヴァーが娘を見据えて、改めて言う。
「オリヴィエ。お前も聞いただろう。だから不可能なのだよ、お前がファルマさんと愛を誓うなどと。物理的にな」
「……っ……!」
オリヴィエにも彼女の使用人達にも、さらにいっそうの動揺の波が広がっていく。計画が破綻したことは、いま彼らにも悟ることが出来ていた。
しかしオリヴィエは往生際を悪くして、叫び声に似た言葉を上げる。
「そ、そんなの嘘よ! ワタクシは信じないわ!」
「オリヴィエ、嘘とか信じないとかではなく……」
「そ、そうよいま思い出したわ! 一年前じゃなくてつい最近だったわ! 確か一週間くらい前、ワタクシが無能な警察に連れていかれる前くらいに……」
イーザが立ち上がりながら口を挟んだ。
「それも無理だな。その頃は、ファルマはデイジーの薬の素材となる薬草を取りに行っていた。彼のことは見送ったし必要なものも用意したが、通信魔法具はイーザ家とだけ連絡を取るものだった。他の通信具はなかったしな」
「そんなのッ、彼の通信魔法で……ッ!」
「さっきからの口調を聞いていて、知らないようだからお教えするが……ファルマは通信魔法が使えないんだ」
「……ッ⁉」
ファルマが補足するように答える。
「はい。私は通信魔法が使えません。また転移魔法も使えません。私が使えるのは薬師としての魔法と、一部の攻撃や補助の魔法くらいです」
いままでファルマが使ってきたのは、薬草などの成分を解析する魔法やワイバーンを攻撃した魔法、ファフニールの卵を守った魔法などである。
転移魔法が使えないことは、以前デイジーも聞いていた。通信魔法に関しては、
「……そういえば、ファルマさんから聞いたことありませんでしたね……通信魔法の連絡先……」
「申し訳ありません。もし使えていれば、いままでに不都合をお掛けにせずに済んだのですが」
誘拐事件のときも、婚約発表パーティーではぐれたときも、薬草を取りに行ったときも、そして病院で再会しようとしたときも。
もしも通信魔法が使えていれば、もっと簡単にデイジーはファルマと連絡を取り合い、それぞれの問題を解決したり励まし合ったりできただろう。
やれやれとリヴァーが溜め息を吐いた。
「オリヴィエ、お前がファルマさんと通信魔法で連絡し合うのも不可能なんだ。もう諦めて潔く捕まるんだ」
「て、手紙が……ッ!」
「どこのポストに出した? 郵便局を調べてもらおう」
「ゆ、郵便局じゃなくて、使用人に直接届けてもらって……ッ!」
「誰だ? 確かめよう」
「や、やっぱり伝書鳩の足に付けてたかも……ッ!」
「うちに伝書鳩はいないし、飛んでるのを見たこともないぞ」
「……ッ……!」
あとが続かない娘に、父親が疲れたように言った。
「嘘が尽きたか」
「う、嘘じゃ……ッ……」
そのとき、ファルマが冷静な様子で口を挟んだ。その人差し指と親指には一つの錠剤が持たれている。
「ならばはっきりさせましょう。これは以前、貴女に飲ませた自白剤と同じものです。貴女が真実を言っているのなら、これを飲んでも同じことが言えるはずです。大丈夫、今度は五分程度の量ですから」
「ヴ……ッ」
躊躇して一歩下がる彼女に、
「なるほど、先に私が飲まないと不公平ですよね。分かりました、飲みましょう」
そう言って、デイジーが止める間もなくファルマはごくりとそれを飲んだ。彼が彼女に向いて、いままで何度も言ってきたことをまた口にする。
「デイジーさん、私は貴女を愛しています。愛を誓い、一生を捧げるのは貴女だけだと、ここに約束致しましょう。決して破ることのない誓いと約束を」
「……べつに、ファルマさんが飲まなくても良かったのでは……?」
「そういえばそうですね。……ご迷惑でしたか?」
デイジーは首を横に振った。
「いいえ。とても嬉しいです。そのお薬、まだありますか?」
「はい、ありますが……」
ファルマが収納魔法の空間からもう一つの錠剤を取り出すと、デイジーはそれを手に取って、彼に止められる前にごくりと飲んだ。
「デイジーさん?」
彼女も彼に向いて言う。
「ファルマさん。私も貴方を愛しています。貴方と同じく、私の愛と人生を貴方に捧げることをここに誓います」
「デイジーさん……」
二人が見つめ合い、抱き合う。客達は思わず拍手をして沸き立った。
二人から娘に視線を移して、リヴァーが試すように言う。
「オリヴィエ。お前もあれを飲めるか? 一生の愛を誓えるか?」
「わ、ワタクシは……ッ……」
「即答して行動出来ないこと、それ自体がお前の答えだ」
「……ッ……」
自白剤を飲めば、自分の計画を自白してしまう。飲まなければ、それ自体が自白と同義になる。どちらにしても、オリヴィエの敗北はこの瞬間に決まってしまった。
引導を渡すように父親が娘に言った。
「さあ、もう諦めろ。お前が行くべきは……」
「……ゥ……ク……こ、こんなのワタクシは絶対に認めないわ! やっておしまいなさいアンタ達!」
オリヴィエがデイジーとファルマのほうに人差し指を向けて、手込めにした使用人達に命令した。どうせ捕まるくらいならと、手に手に武器や魔法陣を出しながら、彼らが一斉に式場へと踏み込んでいこうとする。
「きゃーっ⁉」
「うわーっ⁉」
悲鳴を上げて逃げ出そうとする客達にファルマが言った。
「皆さんご安心してください! たったいま最後のご来賓がご到着したようです!」
『っ⁉』
その瞬間、オリヴィエおよび手込めの使用人達の頭上に巨大な影が落ちる。一瞬後、頭上を見上げた彼らの身体に巨体の足が踏み下ろされて、彼ら全員を下敷きにして動けなくした。
客達も、気絶せずに済んだ手込めの使用人の何人かも、驚愕しすぎて絶句していた。デイジーが目を見開いてつぶやく。
「あれは、ドラゴン……⁉」
「デイジーさん、ご安心を。以前、私が帰還した後でお話した、薬草採取の際に出会ったドラゴンのファフニールさんです」
「あれが……っ」
それは確かに以前のファフニールに他ならなかった。上空には伴侶と、卵から孵化した子供のファフニールも翼を広げて浮かんでいた。
この結婚式を挙げるに際して、彼らファフニールの元にも伝令の人員を送っていたのだった。その伝令者には飛行魔法が使える者を選び、崖の上まで飛んで結婚式のことを伝えてもらったのである。
その飛行魔法が使える者は、ファルマが薬草を取りに行ったときは用事があって街から離れていたので、そのときの彼には同行できなかったのであるが。
ファフニールがファルマのほうを見て言った。
『きなくさい雰囲気だったから踏みつけたが、これで良かったか?』
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。偶然とはいえ、グッドタイミングでした」
『ふん。我が子はまだ飛ぶのに慣れていないからな。遅れたことはすまない』
「いえいえ、責めているわけではありません。本当に感謝しているだけです。ただ、殺してはいませんよね?」
『相変わらず甘い奴だ。安心しろ、流石の我とて、お主の晴れ舞台を血で汚す蛮行はせん』
「ありがとうございます」
『ふん』
あまりにも強大なファフニールの一撃を受けて、オリヴィエを含む彼らの大多数が白目を剥いて気絶してしまっていた。その後、彼らは全員警察に捕まり連行されていった。
そして、式が再開されて、牧師の前でデイジーとファルマが向かい合う。
ファルマがデイジーに尋ねる。
「デイジーさん。目的は果たしましたが、まだ式を続けるのですね?」
デイジーがうなずいた。
「もちろん。これは私達の結婚式ですから」
「…………」
二人が見つめ合う。牧師が何か言うより前に、二人は愛の言葉を交わし合った。
「デイジーさん、私は貴女を一生愛することを誓います」
「ファルマさん、私も貴方を一生愛することを誓います」
そして二人は誓いのキスを交わし、万雷の拍手が沸き起こった。
○
――その後……デイジーの心臓病は無事に完治し、二人は末永く幸せな人生を過ごしたのだった――。
【婚約者に病弱な令嬢はいらないと婚約破棄されました。その後、自宅屋敷に来た薬師の方に溺愛されました】
【完】




