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ファルマに案内された部屋は、いわゆる個室型の病室だった。
真っ白なベッドは一つのしわもなく整えられていて、部屋の一隅には水道とトイレも完備されている。多人数の患者が入室する大部屋とは違い、静かでゆったりとした時間が流れていた。
「では、こちらでお休みください。検査が終わったらお呼びしますので」
「……ありがとう……ございます……」
「では、私はこれで。何かあれば近くの者に言うか、そちらのナースコールをお願いします」
ベッドのそばには押しボタン式の装置が置いてあった。指で押したときの圧力や歯車などの部品による旧式のものではなく、魔法具型の新式のナースコールだった。
魔法具といっても、患者が使うときに魔力を供給するタイプではなく、あらかじめ魔力を充填しておくタイプである。それによって魔力を使えない患者や状況でも、ナースコールを起動させて医者や看護師を呼ぶことができるのだった。
「…………はぁ……」
看護師がドアを閉めていったあと、ファルマは一人ベッドに腰をかけて溜め息を吐いた。
「……デイジーさん、大丈夫でしょうか……」
今日は検査のために来たのであり、病院内には数多くの医者や看護師……医療のプロがいる。
なにか突発的なことがあってもすぐに対応できるし、そのときはファルマも呼ばれて応援に駆けつけることができる。
しかしとはいえ、心配なものは心配なのである。
「……心配しすぎ、なのでしょうね……」
ぽてり。ファルマはベッドに横になった。視界のなかの白い天井が自分を見下ろしていた。
「……デイジーさんにも疎ましく思われているのかもしれません……最近は目を合わせてくれませんし……」
小さくつぶやく。閉じた目の裏に、最近の彼女の姿や以前の彼女の光景が思い出されていく。
デイジー自身は好き避けでそうしてしまっていたことであるが……ファルマの視点から見れば、普通に避けられているのだと勘違いしていた。
「……無理もありません、ですね……」
二人きりのとき、のみならず他にも人がいるときにも、彼女を好きだと、愛していると公言しているのだ。
戸惑いを覚えて警戒されるのは至極当然だとファルマは思った。もし自分もいきなり誰かにそう言われたならば、同じように戸惑い、なにかしらの思惑があるのだろうと警戒するだろうから。
「……デイジーさんに出会って、自分の気持ちが抑えられなかったからですが……少し積極的すぎましたね……これからは、なるべく自重、して……」
横になって目を閉じたからだろう、猛烈な眠気が襲ってきていた。
いままではデイジーのそばにいて、彼女のために気を張って振り払っていた眠気だったが……やはり睡眠不足や蓄積していた疲労感は確実にあったのだ。
休んでもよい、彼女のことを任せても大丈夫、なにより彼女自身がいまは求めていないのだから……そのような思いが脳裏に芽生えていたためか、ファルマの意識は急速に夢も見ない暗闇に落ちていった。
○
(ん……)
ファルマは目を覚ます。ちくたくと壁の時計の針が進む音が耳に聞こえてくる。
(寝てしまっていたようですね……やはり奥様やメディさんが言うように、疲れていたのでしょう……)
寝起きのせいで頭が少しぼんやりとしている。窓の外では小鳥の鳴く声や、木々の葉を揺らすそよ風の音が響いている。
どれくらい寝ていたのかと、身を起こして壁の時計を見上げると、およそ三時間ほどが経過していた。
(三時間も寝ていたようです……誰も起こしに来ないということは、まだデイジーさんの検査は終わっていないということでしょう……)
医者の話では早ければ二時間から四時間ほどで終わるとのことだった。いまは三時間経過しているので、もう少しすれば終了の報告が来るかもしれないが……。
(少し、様子を見てきましょうか……やはり気になりますし……奥様やメディさんには文句を言われるかもしれませんが……)
そのときはそのときとして。さっきはなんだかんだ説得されてしまったが、やっぱり気になるものは気になるのだった。
もし自分の知らないところでなにかが起きてしまっていて、その連絡が遅れてしまっていたら……そんなかすかな不安を感じたということもあった。
べつに杞憂に終わればそれで構わない。だがしかし、もしも……その可能性を考えてしまうのだった。
ファルマは立ち上がり、ドアを開けて廊下に出る。廊下には相変わらず医者や看護師や患者や見舞い客などが行き交っていて、別段これといった騒ぎは起きていなかった。
(緊急事態は起きていない、と……)
異常が起きていないということは、彼女の身にも異変は起きていないかもしれない……。病院内でのそれと彼女のことには特につながりはないはずだったが、それでもファルマは少しだけほっとした気分になった。
ドアを閉めて、デイジーが向かったであろう検査室のほうへと身体を向けて歩き出そうとしたとき。
「あぁーっ、こんにちはぁー、お久しぶりですねぇー」
不意に声がかかった。聞き覚えのある女性の声だった。
ファルマがそちらに顔を向けると、そこには見知った顔があった。笑顔を浮かべながら彼女が彼へと歩み寄ってくる。
「ワタクシのこと覚えております? パーティーのときのこと」
「……リヴァーさん……っ⁉」
「ウフフ……」
ファルマの前で妖艶な笑みを湛えているのは、いまは自宅屋敷に謹慎中のはずのオリヴィエ=リヴァーだった。
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