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その後……。予定通り、デイジー達は昼前に馬車に乗り、病院へと向かっていった。
しかし一台の馬車に六人は乗れないので、二台に分けて乗っていた。先頭を走る一台目にはデイジー、および彼女の発作が起きたときのために医者と看護師とファルマが乗り、後続の二台目にはデイジーの母親とメディが乗っていた。
ちなみに出発の前にファルマは遠慮してデイジーの母親に、
「私よりも、デイジーさんのお母様が彼女と一緒に乗るべきでは」
と言ったのだが、母親は首を横に振って断ったのである。
「娘に万が一のことが起きた時、私では何の役にも立ちません。それよりは貴方が同席した方が、娘の為になるでしょう」
「ですが……」
「まだ何か言うつもりならば、敢えてイーザ家当主夫人として命じます。ファルマ=シークエンス、貴方が娘と共に乗りなさい」
「……かしこまりました」
ファルマはいまだに納得していない様子ではあったが、当主夫人としての命令であれば逆らうことはできなかった。
そうしてファルマはデイジーとともに同じ馬車に乗ったのである。
病院に着くまでの間、後続馬車のなかではこのような会話がなされていた。
「やれやれまったく、世話の掛かる人達ですこと」
「……奥様、やはり敢えてあのお二人を同席させたのですね」
「メディ、貴女も既に気付いているのでしょう? 娘と彼は相思相愛の仲なのだと。しかし彼は娘にはっきりと言っていますが、娘にはいまだにわずかな迷いがあるということを」
「…………」
「娘の迷いは、私には何となく分かります。自分は病気だから、伯爵家の一人娘だから、相手は平民出だから、他にも色々。それらのしがらみが娘の決意と覚悟を鈍らせているのでしょう」
「……ファルマさんもまた、お嬢様にプロポーズを迫ったりはしませんからね。あくまで好意を表明しているだけで、それ以上のことは望んでいない」
「無償の愛と言えば聞こえは良いでしょう。実際、彼は娘を第一に考え、自分がプロポーズをすることは迷惑を掛けてしまうと思っている。そしてだからこそ、二人の距離はいまより縮まらない、明らかに相思相愛だと見て分かるのにもかかわらず」
「……お二人の距離を縮める何かがなければいけない……そうお考えなのですね」
「一緒の馬車に乗ったくらいで縮まるとは思えませんが、何もしないよりはマシですから。まったく、天使でもないのにキューピッドになった気分ですよ」
「本当にどこかの天使が愛の矢でも射抜いてくれればいいのに」
「まったくです」
夫人とメディは同時に溜め息をついた。
同じころ……。先頭馬車の様子はというと。
「…………」
「…………」
デイジーは顔をうつむけて自分の膝ばかりを見つめていて、彼女の隣に座るファルマは流れていく車窓を眺めていた。
そしてそんな二人を、対面側に座る医者と看護師が物珍しげに見ていた。二人には聞こえないように、看護師が医者に小声で耳打ちする。
「この二人、やっぱり、そうですよねぇ」
医者も小声で答える。
「誰が見ても、そう見えるんだけどねぇ。気付いてないのは彼ばかりねぇ。あ、イーザさんもそうかもだけど」
「自分の好きには気付くくせに、他人の想いには鈍感なんですねぇ」
「相手を思っているからこそでしょうね。仮に相手が自分を好きになってくれたとしても、様々な要因で自分は幸せにしてあげることは出来ない……逆に不幸にさせてしまうくらいなら、幸せに出来る他人に任せてしまった方が良い……そう思っているんでしょうねぇ」
「他人思いだからこそ、自分の身を引いてしまうってことですね」
「二人をくっつける何かしら大きな出来事があれば、あるいは、だけど」
「いっそ私達でやりますか? 恋のキューピッド」
医者は首を横に振った。
「それはやめましょう。私達は身体を治すのは得意でも、心のケアは専門外。恋愛のサポートなんてど素人も同然。下手に余計なことしてもっとこじれたらそれこそ目も当てられないし」
「彼氏いない歴イコール年齢ですからね、先生。あいたっ!」
医者に頭を殴られて看護師が声を上げる。
痛がる彼女の声に、デイジーとファルマがそちらを見た。ファルマが心配そうに尋ねる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でもありません。私達のことはお気になさらずに。デイジーさんと何かお話なさったらどうですか?」
「…………」
ファルマはデイジーをちらりと見る。しかしデイジーは彼を見た瞬間、とっさにまた顔をうつむけてしまった。
一瞬でも彼と視線が合ってしまったことに照れてしまったのだ。いわゆる好き避けといわれるものであったが……ファルマはそれには気付かない。
彼は再び車窓を眺め始めた。医者と看護師は溜め息を吐いた。
デイジーは。
(私の馬鹿……ファルマさんとお話する機会だったのに……。でも、だって……)
彼女はちらりと彼の横顔を盗み見る。いつもと変わらない真面目な顔だった。
(ファルマさんは、優しい人だから……私だけじゃなくて、他の人達にも……)
がらがらがらがら。馬車の走る音と振動だけが車内を満たしていた。
○
病院に到着したあと、ファルマは試薬の資料を病院側に提出してから医者にこう言われた。
「ありがとうございます。検査は私達がやりますので、ファルマさんはお休みになっていてください」
「いえ、私も検査に協力します。デイジーさんの検査なのですから」
当然、彼はそう答える。
病院側で人数は足りているので、彼一人くらいいなくても検査はできる。また検査後に、まとめられたそのデータが発行されるので、検査結果を知るだけならそれで十分である。
しかし大事なデイジーの検査なので、ファルマはとにかく自分も参加して、リアルタイムで情報を得たかったのである……が。
「ファルマさん、あまり寝ていませんよね? デイジーさんが大事なのは分かりますが、自分の身体も大切にしてください。向こうの部屋が空いていますので、そちらで仮眠を取ってください」
「しかし……」
ファルマは確かに三時間しか寝ていない。目の下にくまもある。ついでにいうならば食事もろくにしていない。
医者との会話を聞いていたメイドのメディが口を挟んで、医者の味方をした。
「ファルマさん。先生の言う通りです。付き添いなら私と奥様がおこないますので、貴方は少し休んでください」
「ですが、私はデイジーさんの薬師で……」
「目の下のくま、ひっどいですよ。医者の不養生ならぬ薬師の不養生になりかねませんよ」
デイジーの母親も加勢してきた。
「ファルマさん、私からも命じます。貴方は休みなさい。もし何かあれば、その時は叩き起こして来させますから」
「…………」
最後の助力を求めるようにファルマはデイジーのほうを見たが、彼女はなにも答えず、困った顔をしたあと視線を外してしまう。
それはデイジー自身、ファルマに休んでほしいという意志表示でもあり……また彼に見つめられるのが、彼と視線を合わせているのが恥ずかしいという感情の表れでもあった。
その彼女の反応を、ファルマは一種の拒否だと受け取った。しょんぼりとしながらイーザ夫人やメディや医者に答える。
「…………、……分かりました。検査が終わるまで休息致します。部屋までのご案内をよろしくお願いします」
「こちらです。ついてきてください」
看護師に案内されて、ファルマはその部屋まで向かっていく。
メディと夫人が小さな息をつきながらつぶやいていた。
「もう、検査中に倒れられたら困るのはこっちなんだから」
「彼は少し働きすぎですからね。特にこの数日はろくに寝ていないようですし」
医者がデイジーに言う。
「デイジーさんはこちらです。大丈夫、検査が終わればまた会えますから」
「あ、私は、べつに……」
「さあこちらへ」
「…………」
医者のあとについて、デイジーは検査室まで向かっていく。その途中、ちらりとファルマのほうを見やる。
廊下の向こうにしょんぼりとする彼の背中が見えた。不意に、その背中が振り返る。
ファルマもまたデイジーのことが気になって振り返ったのだが……その瞬間、ばっと彼女はまた前を向いてしまった。
(……っ)
目を合わせること、および自分が見ていたことを悟られるのが恥ずかしくて、照れくさくて……彼女は思わず反射的にそうしてしまった。
ファルマはまたしょんぼりと肩を落として、看護師のあとをついていく。
(なんで……私は……)
デイジーも自分のその感情に戸惑いを覚えながら、医者のあとをついていった。
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