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数日前のやり取りを思い出したのだろう、看護師がファルマをからかうように言う。
「そうそう、あの時は凄かったですね。もしもデイジーさんがお亡くなりになったら、自分も後を追うだなんて。まるで小説みたいな、ほとんど愛の告白でしたよね」
「それは……」
ファルマが声をこぼす。
看護師の言葉にデイジーは顔を赤らめてうつむいてしまう。母親とメディは互いに顔を見交わせて、医者は達観したように目をつぶっていた。
室内の反応に、看護師だけがきょとんとした。
「え……? あれ……?」
事ここに至ってははっきり言ったほうがよいと思ったのだろう、ファルマが真面目な顔で全員に言う。
「はい。看護師さんの仰る通り、私はデイジーさんを愛しています。病気を治すことも含めて、彼女の為ならこの身を捧げるつもりです」
「えぇーっ⁉」
看護師が思わず驚天動地の声を上げた。
あまりの恥ずかしさにデイジーは布団で顔を隠してしまう。母親とメディは溜め息を吐き、医者は依然として目をつぶっていた。
看護師がそんな室内のみんなを見回していた。
「え⁉ え⁉ もしかして気付いてなかったのって私だけでした⁉」
「むしろどうしてあの台詞を聞いて気付かないの? ずっと一緒にデイジーさんの様子を診てきたけど、鈍すぎじゃない貴女?」
「いやだってまさかみんながいる前で本当に愛の告白なんてしないと思って⁉」
目を開けて見る医者の言葉に看護師が言い訳をする。そんな彼女は放っておいて、医者がファルマに向いた。
「とうとう言ってしまいましたね、ファルマさん、私達がいる前で」
「はい。隠すことでも後ろめたいことでもありませんから。私が彼女を愛しているのは真実です」
「はあ……やれやれ……」
肺の空気を全部出したかと思われるほど深すぎる溜め息を吐いたあと、医者がイーザ夫人のほうを見た。
「だそうですよ。どうするんですか、奥様?」
「…………」
夫人はすぐにはなにも言わなかった。ただじっとファルマのほうを見つめていた。
ファルマもまた真面目な顔で夫人のほうを見つめ返していた。デイジーは布団から顔を覗かせるようにして母親がなにを言うかを待ち、メディと看護師も固唾を飲んで見守っていた。
やがて夫人が口を開いて、お堅い言葉を紡ぐ。
「……残念ですが、どうもこうもありません。娘の専属の薬師とはいえ、所詮は平民出の一般人。かの者が娘を愛していると言ったとて、何かが変わるわけではありません」
残念そうな表情も雰囲気も一切醸し出すことはなく、ファルマは真剣な表情で応じる。
「もちろんです。私はただ、私がデイジーさんを愛し、お慕い申していることを口にしただけ。彼女と婚約も結婚も出来るとは思ってはいません。ただ彼女のそばにいられれば、彼女の幸せな顔を見られれば、それで私は満足です」
『……っ……⁉』
夫人と医者以外の三人が面食らったという顔をする。医者は無言で彼のことを見つめ、そして夫人は額に手を当てながら溜め息を吐いていた。
「はあ……そう来ましたか……いえ、ファルマさんの性格ならばそう言うこともあるかもしれないと予想しておくべきでしたね……」
「お母様、私は……」
「私の話はまだ続きがあります。いまから話すので心して聞いてください」
なにか言いかけた娘の言葉を遮るようにして、夫人が続きを口にし始める。
「しかしそれはあくまで私の意見に過ぎません。いまの娘は以前の婚約が破棄されてしまい、新しい相手も決まっていないどころか、病気の回復の兆しが見えたとしてもいまだ油断はしてはいけない状況。ですがもしもその病気が治った際には、新たな婚約者を選定する必要が出てくるでしょう。その選定には私の夫や私が関わってくるはずです」
「確かに奥様の仰る通りでございます。是非ともデイジーさんを幸せにしていただける素晴らしいお方が選ばれることを望みます」
夫人は淡々と続ける。ただし語頭は強調するように大きく発音した。その理由はファルマには分からなかった。
「ただし! 先の婚約破棄の前例があった以上、私や夫の判断だけではまた同じ過ちが繰り返されてしまう可能性は否定しきれません。よってその選定にはより時間を掛けて、娘の意志と意見も尊重したいと、私は思っています」
「お母さん……!」『奥様……!』
女性陣は夫人の言いたいことを即座に察していたが、当事者のファルマ自身はというと。
「……?」
頭に大きな疑問符を浮かべていた。本気でどういう意味なのか分かっていないらしい。
ピキリ。夫人とメイドと看護師が苛立った雰囲気を発散させた。
「ここまで言って分かりませんか⁉」
「ファルマさん頭働いてますか!? 昨日何時間寝ましたか⁉ お嬢様とのお約束通りご飯はちゃんと食べましたか⁉」
「なんで薬や病気のことなら看護師の私以上にすぐに分かるのにこれは分かんないの⁉ 根っからの真面目馬鹿なの⁉」
「はあ……一応三時間ほど睡眠を……惣菜パンも三つほど食べましたが……」
『それだ!』
夫人とメイドと看護師がファルマに人差し指を向ける。ファルマはびっくりしてたじたじとなっていた。
「それとは……?」
『あーもうだからっ!』
三人が興奮した声を上げたとき、ドアにノックの音が響いた。
「私だ。入るぞ」
デイジー達が返事をするより前に、彼女の父親であるイーザ伯爵がドアを開けてなかに入る。
夫人が無愛想な顔を向けた。
「何ですか? いま取り込んでいるんです?」
「見舞いに来なかったことを怒っているのか? すまなかったな」
「謝るならあの子にしてください」
「すまなかった、デイジー」
デイジーは特に気にしていないように応じる……というよりも、自分の顔が赤らんでいることを悟られないために、顔の下半分を布団で隠していた。
「い、いえ、お父様も私の為に動いていらしたことは分かっていますので……」
「そう言ってもらえると助かる。とにかく元気になったようで良かった」
「あ、あの、それでどんなご用件なのでしょうか?」
「おお、そうだったな」
思い出したように父親が言う。
「昨日先生から頼まれていた病院の手配が済んだんだ。今日の昼頃には検査をすることが出来る」
医者が頭を下げた。
「ありがとうございます。つい先ほど、その検査の話をデイジーさんと皆さんにしたところです」
「そうでしたか。お役に立てたようで良かった」
医者はデイジーのほうにも目を向けながら。
「デイジーさんの体調も良好ですし、彼女さえ良ければ今日のお昼に検査に行けるでしょう。移動時間や検査時間などを含めて、早ければ二時間から四時間ほどで終わると思います」
全員の視線がデイジーに集まる。彼女はいまだに赤みが残る顔を悟られないように気を付けながら答えた。
「だ、誰かと一緒なら……」
「それはもちろんだ。また万が一発作が起きたら大変だからな。私はやることがあるので同行出来ないが、メディは行けるだろう」
夫人が応じる。
「私もついていきます。この人が来れない代わりに」
「当て付けのように言うな。私だって行けるなら行きたいさ」
「分かっていますよ。当て付けのように聞こえたのなら、貴方がすまないと思っているからでしょう」
「むう……」
有力な伯爵家の当主であり、権威と財力を持つイーザも妻には勝てないらしい。
医者が看護師をちらりと見ながら口を挟んだ。
「私と看護師の彼女も当然同行致します。病院での検査に協力する必要がありますし」
「先生と看護師さんは医療従事者なのですから、まあそうですな。それで……」
イーザも含めて、その場の全員がファルマを見た。即座に彼はうなずいた。
「私も同行致します。デイジーさんの試薬は私が作ったものですから、私がその情報を伝えないと始まりません。デイジーさんの病気の現状を把握しておく必要もあります」
「まさにその通りだな。ファルマだけは絶対に同行しなければ意味がない」
イーザの言葉に、医者と看護師もうなずいていた。いままではデイジーの体調と病気の動向を診るのに必死だったので後回しにしていたが、ファルマが作った試薬のことを把握しなければ検査そのものが始まらないのである。
後回しにできていたのは、それだけファルマのことを信用していたからでもある。
「では私以外のこの場の全員が同行するということで。それで良いな、デイジー?」
「はい」
顔の下半分を布団に埋もれさせた彼女が、こくりとうなずく。そのすぐあとにファルマが口を開いた。
「では私は試薬の資料をまとめておきます。病院には馬車で向かうのですよね?」
「そうなるな。ここには転移魔法を使える者もいないし、いたとしてもなるべくデイジーに負担が掛からないようにしたいからな」
「では昼前にはまたここに戻ってきます。もし何かあれば私の部屋までお越しください」
「うむ、分かった。遅れるなよ」
「もちろんです」
ファルマはイーザからデイジーに一度視線を移して。
「デイジーさん、また後で」
彼女が挨拶を返す前に、彼は部屋から出ていった。
その後ろ姿を見送ってから、イーザが感心したようにつぶやく。
「つい数日前に荒野に薬草を取りに行って、帰ってきたらすぐに薬の調合に取り組んで、いまもデイジーの為に動いている。いやはや頭が上がらんな」
しかし夫人は心配そうな声色を含ませながら。
「だからこそ心配にもなります。あまり食事と睡眠を取っていないようですし、デイジーの代わりに彼が倒れてしまっては元も子もありません」
「確かにそうだな。後で注意しておかなければ」
「ええ。デイジーの為にも」
「そうだな、デイジーの為に」
「…………」
「ん? 何だ?」
「いえ、何でもありません」
少し見つめてきた妻にイーザが不思議そうな顔をして、しかし妻はお茶を濁すようにそう言った。
妻はデイジーとファルマの恋愛事情や将来について言ったのだが、イーザは単純にデイジーの病気や薬について言ったのであった。
そのことにイーザ本人は気付いていない様子だったが。
イーザは頭に疑問符を浮かべていた。その場を取り繕うようにメディが口を挟む。
「確かにファルマさんに倒れられては困りますからね。検査から戻ってきたら、無理矢理にでも寝かせましょう。最悪首に手刀でも叩き込んで気絶させましょう」
「はっはっはっ、首が折れるぞ」
「まあ私にはそんな力はありませんが」
「はっはっはっ」
ツボにはまったのか、イーザの笑い声が室内に響く。夫人が呆れた顔をしているなか、
(ファルマさん……)
心配そうな顔で、デイジーがドアのほうを見つめていた。
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