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フィリップが気絶したのを確認してから、ファルマはファフニールと卵の元へと戻っていった。
結界を解き、傷付いたファフニールの身体に触れる。
「ちょっと身体に上らせてもらいます。でないと手が届かないので」
『……何をするつもりだ?』
「応急処置です。私の塗り薬を貴方の傷に塗ります。治るかどうかは貴方の体力次第になるでしょうが」
『……回復の魔法を使えばいいだろう』
「あいにく、私にはそちらの才能はなかったみたいなので。私が使える魔法は一部のものだけです」
『……あれほどの強さを持ちながら、魔法は凡才とはな』
「いやはや、申し訳ないです」
『謝ることではあるまい』
「それはそうかもですけどね」
ぬりぬりとファルマが塗り薬をファフニールの傷に塗っていく。
その間に、遠くに離れていた馬が戻ってきていた。危機が去ったのを見て、主の元にやってきたらしい。
『馬が来たぞ。お前のか?』
「そうですね。……もう一頭いますが。どうやら彼の馬も戻ってきたらしいです」
気絶しているフィリップのそばにも馬がやってきていて、興味深そうに彼の顔をぺろぺろとなめていた。しかし薬が効いているせいで、フィリップは一向に目を覚ます気配はない。
「彼が斬撃を飛ばしたのを見て、びっくりして逃げ出したのでしょう。あるいは、巻き添えをくって帰りの足を失わないようにする為に、彼が遠くに逃げさせていたか」
どちらなのか、実際のところは分からない。しかしおそらく前者だろうなと、ファルマは漠然と思った。
馬を気遣えるような人物ならば、他人を見下す発言はしないだろうから。
「いずれにしろ、彼を乗せて帰る馬がいて良かった。私の馬だけでは負担が大きいでしょうから」
『殺せば手っ取り早いだろうに』
「…………それが最も簡単であることは確かですけれどね。簡単であるが故に、最後の手段にしておくのですよ」
『人間というものは面倒な生き物だな』
「…………」
いまならば、ファフニール以外には目撃者はいない。ファフニールも外部に漏らすことはしないだろう。
また、ファルマの持つ薬剤ならば、証拠を残すことなく暗殺もできる。死体から薬効成分を検出されないように、薬の種類や量などを調整して。
殺人は簡単にできる。だからこそ、それに頼るのではなく、可能な限り殺人せずに事態を解決したいのだ。
やがてファフニールの傷口に薬を塗り終えて、ファルマはその巨体から飛び降りた。
「しばらくは安静にしていてください。傷が開いたら大変ですから。あ、でも食べ物とかは……」
『その心配なら必要ない』
ファフニールが首を上げて空を見る。つられてファルマも見上げたとき、さっきファフニールが降下してきた岩壁の上部から、一つの巨大な影が舞い降りてくるのが見えた。
「あれは……」
『我が伴侶だ』
それはもう一体のファフニールだった。ファルマのそばにいる竜よりも少し身体が小さいため、おそらくはメスなのかもしれない。
その伴侶が傷付いたファフニールと、そばのファルマを見る。ファルマに対して瞳を鋭くさせて翼を広げる伴侶に、ファフニールが言った。
『こいつは我が子を助けてくれた者だ。我のこの傷の手当てもしてくれた。警戒する必要はない』
伴侶がファフニールをじっと見つめる。少しの間そうしていたあと、伴侶は警戒心を解いた様子で翼を折り畳んだ。
ファルマがファフニールに言った。
「この方も人語が分かるようですね」
『我らの言葉で説得しても良かったのだがな。お主にも何を話しているのか分かった方が良いだろう』
「……それはそうですね。ありがとうございます」
『礼を言うのはこちらの方だ。我が子を助け、我が傷を手当てしてくれたのだからな』
「貴方も私を助けてくれましたよ。先ほど、不意の斬撃から」
『そうだったな。ならばあれは我が子を助けてくれた分としよう。そして我が傷を手当てしてくれた分は……』
ファフニールが伴侶に向いた。
『こいつはこの台地の上に生えているハーブ……いや薬草だったか、それを採取したいらしい。本当は我が行くべきなのだろうが、代わりに連れていってくれ』
『…………』
伴侶はまたしても見つめたあと、渋々といったふうにうなずいた。ファルマに向いて、背中に乗れというように首を動かす。
『承知したようだ。さあ背中に乗っていけ』
「ありがとうございます」
二体に礼を言って、ファルマはその背中に乗る。伴侶が翼を大きく広げて、瞬く間に大空へと飛び上がっていった。
「…………っ!」
あまりのスピードと風圧に、ファルマはしがみついているので精一杯だった。そして十秒かそこらの時間が経ち、伴侶が台地の上に降り立っていく。
「……わぁ……」
目の前に広がる台地の頂上を見渡して、思わずファルマは感嘆の声を漏らしていた。
そこには色取りどりの草花が咲いていた。草花の間からはネズミやウサギに似た小動物が顔を覗かせ、見たことのない小鳥やミツバチに似た昆虫が花々を飛び回っていた。
さらに草花の向こうには深く生い茂る森が見え、そちらとは別の方向には青々とした湖も見えた。
さながらその台地は地上から切り離された楽園のようだった。
『……!』
伴侶が首を動かして小さく一声鳴く。早く薬草を取れと急かしているようだった。
「あ、そうでしたね」
慌ててファルマは伴侶の背中から降りて、伝説にある植物を探し始める。収納魔法の異空間から渡された絵を取り出して、それと足元の草花を見比べていく。
「あ、ありました!」
これでデイジーさんを治せる……!
うれしさで気持ちが弾んだファルマだったが、ふと気掛かりな顔つきで伴侶へと振り返った。
「あの、薬を作るのにどの程度の量が必要か分からないので、ある程度多めに持っていきたいのですが……」
『……!』
好きにしろといわんばかりに鳴き声が返ってきた。特に興味がないのか、あくびすらしている。
「ありがとうございます。では採取していきます」
そうしてファルマは植物を採取して収納魔法にしまい、再び伴侶の背に乗って元の地上へと降りていく。
ファルマの晴れた顔を見て、ファフニールが声をかけてきた。
『見つかったようだな』
「はい。後は無事に帰るだけです」
『あそこの人間も連れていくのだぞ。我が伴侶は怒ると怖いからな』
「…………」
声は出さずにファルマは苦笑を浮かべた。
ファフニールは伴侶に、自身の傷がどのように付いたか、まだ説明していない。もし伴侶が聞いたら、間違いなく激怒すると思っているからだ。
意外と気配りのできるファフニールのそれを無下にしないためにも、ファルマは気絶した男を、その男の馬に乗せて、自分も自分の馬に乗る。
『これで貸し借りはゼロだからな。さらばだ』
「はい、おふたりともさようならです。もし怪我の治りが遅かったり何かあれば、シーマルの街の、イーザ伯爵家までお越しください。私はそこにいますので」
『ふん、心配は無用だ。さっさと行け』
「あはは、では!」
そしてファルマは帰路に就いた。
街に帰りつくまでフィリップ=ノスが気絶から覚めることはなく、ファルマは男をノス家に引き渡して事情を説明してから、デイジーの待つイーザ家へと戻っていった。
フィリップの両親は二度と息子をファルマやイーザ家と関わらせないようにすると約束してくれた。また荒野で気絶する前のフィリップに、ファルマは冷たい言葉で釘を刺して、フィリップは最後に怯えた顔もしていた。
とりあえずのところ、フィリップとの因縁はこれで終わりを告げたといってよいだろう。
そして、ファルマはイーザ家に帰宅し、無事にデイジーと再会を果たす。
「ただいま戻りました、デイジーさん」
「……おかえりなさい、ファルマさん」
ほっと安堵して、デイジーは笑顔で彼を迎えたのだった。
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