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それからいくらかの時間が経過する。
デイジーの部屋にはベッドに寝込む彼女と、彼女の両親、そして医者とメイドのメディがいた。
看護師は医者に言われた通り馬車に乗って病院に向かっていて、ファルマはずっと自室に閉じこもって薬の研究と調合を試行錯誤していた。
室内の皆が心配と不安の表情を漂わせているなか……やがてデイジーがうっすらと目を開けていった。
目を覚ました彼女に最初に気付いたのは医者だった。
「デイジーさん、気が付きましたか」
「……先生……」
医者が両親とメディに振り返る。デイジーが目覚めたことを伝えるまでもなく、三人は彼女のそばに来て弱々しい顔を覗きこんだ。
「良かった、目が覚めたようだな、デイジー」
「お父さん……」
母親はいまにも泣きそうな顔をしていた。
「良かった、本当に良かったわ。もう目が覚めないんじゃないかと……」
「お母さん……ごめんなさい、心配かけて……」
「謝らなくていいのよ。貴女が悪いんじゃないのだから」
メディも自分のことのように心配した顔をしながら、寝込むデイジーに言った。
「何かほしいものはありますか? 朝食がまだでしたよね、いまお持ちします。他にもあれば……」
「…………」
デイジーは三人の顔を見上げていたが、気弱になった声でか細く尋ねる。
「……ファルマさんは……? どこに行ったの……?」
『…………』
その場の者達がそれとなく視線を見交わせた。全員、なにかしらを察したのかもしれない。
メディがデイジーに答える。
「ファルマさんなら自分の部屋に戻っています。お嬢様を治すお薬を一刻も早く作る為にと。お呼び致しましょうか?」
「…………、いえ……邪魔しちゃ悪いわ……ファルマさんにはファルマさんのやるべきことがあって、それが私の病気を治すことに繋がるのだから……」
『…………』
一同は再びそれとなく視線を見交わせた。
父親が口を開く。
「メディ、廊下で待機している執事長達と一緒に、デイジーの遅い朝食を用意してやれ。私はトイレに行く」
「か、かしこまりました」
父親は妻と医者を見て、
「お前は先生と一緒にデイジーのそばにいてやれ。寂しくないようにな」
「ええ、分かっています」
母親はうなずいたが、デイジーは弱々しい声のまま口を挟んだ。
「お父さん、私はもう子供じゃないんだから、寂しくなんて……」
「子供も大人も関係なく、寂しい時は寂しいものだ。誰でもな」
「…………」
そう答えて、父親は部屋を出ていく。
廊下を進む父親のあとを、メディが慌てて駆け寄って呼びかけた。
「旦那様、お待ちください」
「何だメディ? 早くデイジーの朝食の準備をしろ」
「……お手洗いはそちらではございませんよ」
「…………」
「…………」
メディが確信を持っているように言う。
「ファルマさんのところに行くのですね」
「だったらどうした?」
彼女は頭を下げた。
「お願いです、お嬢様にファルマさんと会わせてあげてください。旦那様も先ほどのお嬢様の言葉を聞いたでしょう、お嬢様はファルマさんと……」
「それは彼が決めることだ」
「……っ」
メディが顔を上げた。泣きそうな顔だった。
「それは……っ、ですが……っ」
彼女の後ろから執事長とメイド長もやってきて、主人に頭を下げる。
「……お前達もか」
「私達からもお願い致します。きっとお嬢様はファルマさんとお会いしたいのでしょう。自分の死期が近いことを悟って、最期に一目だけでもと」
執事長の言葉に続けて、メイド長が言う。
「お嬢様はお自覚になられていないのかもしれませんが、お二人は相思相愛の仲だと思われます。このまま離ればなれでいるよりは、せめて最期の刻はご一緒にいられた方がお二人の為かと思います」
「…………、それは彼が決めることだと言った」
「「…………」」
執事長とメイド長は頭を下げたままだった。しかしメディは主人に言う。
「旦那様は、お嬢様とファルマさんの仲を良く思われていらっしゃらないのでしょう。無理もありません、ファルマさんは所詮はただの平民出の方です。お嬢様とは身分が違いますから。いくら病気で弱っているとはいえ、お二人の仲を認めることは出来ないのでしょう」
「……デイジーとノス家との婚約を、いまだに根に持っているのか?」
「いいえ。しかし、ファルマさんが相手ではイーザ家の為にはならず、ノス家のように政略結婚は難しいとお考えだというのは理解出来ます。ファルマさんはお嬢様にもイーザ家にも相応しくないと」
「…………、ただのメイド風情が言うようになったな。国内有数のイーザ伯爵家の現当主である私を捕まえて、そのような言い草とは」
「…………っ。罰なら、後でお受け致します」
「…………」
イーザは三人に背を向けた。
「私がノス家との婚約を決めたのは、それが娘の為になると思ったからだ。ノス家のあの者ならば、娘を幸せにしてくれると思ったからだ。大事な一人娘の幸せを願わない父親がどこにいるものか。皆には政略結婚だと思われたようだが、そんなのはどうでもよかった、私がそう思われるくらいで娘が幸せになるのなら安いものだ」
「…………っ」
メディがはっとなった。
執事長とメイド長は静かに顔を上げた。
イーザは続ける。
「だがしかし、結果的に私は間違ってしまった。ノス家のあの者があのような輩だとは知らなかったのだ。娘には悪いことをしたと思っている。結局、謝る機会を失ってしまったが」
一拍の間を置いて、メディが言った。
「…………、いまからでも遅くはないと思います。お嬢様はまだ生きておられますから。生きておられる限り、機会は失われておりません」
「…………。何がデイジーの為なのか? 死ぬ最期の刻まで一緒にいることか? それとも……。それを決めるのは、彼だ」
そして男は廊下を再び歩き出す。
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