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オリヴィエの件のあと、二、三週間ほどの日々が過ぎてから――。
――それは突然やってきた。
否、いずれはこうなるときが来ることはデイジーにもファルマにも、他の者達全員にも分かっていた。
ただそれが来ただけだった。
その日の早朝、デイジーは胸の苦しみと同時に目が覚めた。
「う……く……⁉」
……これは……発作……⁉
ベッドの縁まで這っていき、必死にそばのサイドテーブルに手を伸ばす。その上に置かれている薬を掴もうとする。
しかし手は薬に届く前に空を掴み、バランスを失って彼女はサイドテーブルを倒しながらベッドから落ちてしまう。
ガッシャーン! 鳴り響いたけたたましい音に気付いて、部屋前の廊下の椅子に座っていたメディが慌てて室内に入ってきた。
「お嬢様⁉」
デイジーが心臓病を患ったあと、彼女が就寝中も、緊急事態に備えて使用人達は交代でドア前の椅子に待機していたのだ。
本当は室内で待機したほうが良いと両親や医者や使用人達は言っていたのだが、監視されているみたいで遠慮したいとデイジー自身が断っていた。
サイドテーブルが倒れた拍子に、そこにあった薬は床に散らばっていた。
床に転がって苦しむ彼女の姿を見て、メディはすぐさまポケットから予備の薬を出した。薬の紙片を開いて、それをデイジーの口元に差し出す。
「お嬢様、これを!」
「……ん……く……」
水に混ぜている時間はなかった。彼女は粉薬をそのまま飲んで……やがて症状が和らいでいく。
息を荒げ、大量の脂汗を流しながら、デイジーはうっすらと目を開けた。いまだにもやのかかっているような視界がメディの姿を視認する。
「ありがと……メディ……」
「良かった、お嬢様……いますぐお医者様を呼んできます!」
メディは一瞬ベッドのほうを見る。デイジーをベッドの上に戻したかったが、彼女を担げるほどの力はメディにはない。
「いましばらく床に横たえさせてしまうことをお許しください」
主人に謝罪を述べてから、メディは急いで医者やデイジーの両親や他の使用人達を呼びに走っていった。
○
しばらくして。
デイジーの部屋で彼女の診察を終えた女性の医者が、ドアを開けて廊下で待っていた者達に言う。
「診察を終えました。お話があるので、デイジーさんのご両親と専属のメイドさん、それと薬師のファルマさんは中に入ってください」
呼ばれた四人が室内に入っていく。ドアを閉じる前にデイジーの父親が心配そうにしている使用人達に命じた。
「執事長とメイド長はドアの前で待機、他の者達は各々の仕事に戻れ。心配だろうが、ここは私達に任せて職務を全うするように。先生からの話は後でしっかり伝えるから」
そうしてドアを閉じていく。残された者達からは不安は拭えなかったが、それでも主人の命令に従ってそれぞれの持ち場へと戻っていった。
デイジーの掛かり付けの医者は女性だった。妙齢の娘を診察させるのだから、やはり女性医師のほうがなにかと都合が良いだろうとの配慮からだった。
その医者が室内の者達に口を開く。ベッドの上ではデイジーが目を閉じて落ち着いた呼吸を取り戻していた。
「急な発作でしたが、薬が間に合って何とか治まりました。いまはデイジーさんはお眠りに、いえ、正確には発作の影響で気絶しておられます」
デイジーの父親が声を出す。
「眠っている最中に急な発作ですか。いままではなかったことですな」
「……はい。病院でちゃんと調べないと詳しいことは分かりませんが……おそらく病気が以前よりも進行したのだと思われます」
メディが口元に手を当てた。
「そんな……最近はお薬をちゃんと飲んでいたのに……」
「以前もお話しましたが、この病気には現状、特効薬がありません。デイジーさんにお飲みになっていたのはあくまで対症療法としての薬です。症状の進行を遅らせることは出来ましたが、完治は困難を極めた。ファルマさんが調合した薬でも、それは変わりませんでした」
ファルマが苦しそうにうなずいた。
「……申し訳ありません……以前の市販薬よりは効果がありましたが、それでも病気を完治出来るほどではありませんでした。私には時間を稼ぐことしか出来なかった……っ」
「貴方の責任ではありません。顔を上げてください」
ファルマに言ったあと、医者が話を続ける。
「デイジーさんのその病気は最近になって急速に、深刻な段階まで……正確にはその一歩手前のところまで進行してしまったようです。いまはファルマさんの薬によって小康状態で落ち着いているようですが、それもいつまでもつかは分かりません」
医者がデイジーの両親を見る。
「最悪の場合、今日、デイジーさんはこのまま目覚めることなく急な発作でお亡くなりになる可能性もあります。イーザ様と奥様は、お覚悟をしておいてください」
『……っ』
医者の話を聞いたその場の全員に緊張が走った。デイジーの母親は目眩を感じたように額に片手を当てて、そばのテーブルにもう片方の手をついて寄りかかるようにしてしまう。
デイジーの父親とメディ、ファルマが慌てて母親のそばに寄った。
「お前……⁉」
「奥様⁉」
「奥さん⁉」
旦那とメディに身体を支えられながら、母親が気丈な声を絞り出す。
「私なら大丈夫です……デイジーの抱えている問題に比べたら、これくらい……」
母親の心労は父親達も十分すぎるほど理解できた。彼らもまた同じ心労を抱えているのだから。
苦しみに耐える顔をしながら、イーザが妻を諭すように言う。
「……っ。お前はもう休め。メディ、そこの椅子を持ってきてくれ」
「はい」
メディが近くの椅子を母親の後ろに移動させる。
母親は、
「私が休むわけには……」
「いいから休め。お前まで倒れて、私を独りにするつもりか?」
「…………ごめんなさい……」
夫の気持ちを悟って、彼女は椅子に座って身体を休ませた。
医者が口を開く。
「私はデイジーさんの様子を診て、最善の手を尽くしましょう。看護師の彼女には一度病院に戻ってもらって、少しでも効果の期待出来そうな薬を探して持ってきてもらいます」
彼女が看護師をちらりと見て、看護師が了解したようにうなずく。医者も看護師も、藁にもすがる思いだった。
ファルマはいままで以上の決意を込めた顔で言った。
「私もさらなる薬の調合を進めます。デイジーさんを絶対に死なせるわけにはいきません……!」
そして彼は他の者がなにかを言うよりも早く、自分の部屋へと駆けるように戻っていった。
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