第九十九話 帰る場所
イベントが終わってから、
三日が過ぎた。
日常は、
少しずつ元のリズムへ戻っていた。
朝は仕事へ向かい、
夜は配信をする。
休日には家族と過ごす。
変わらない毎日。
けれど、
美咲の心には新しい景色が残っていた。
会社の昼休み。
愛美がスマートフォンを見せながら笑う。
「イベントの記事、見たよ」
「写真も載ってたね」
美咲は照れくさそうに笑う。
「なんだかまだ実感がなくて」
「でも、本当に楽しそうだった」
その言葉が嬉しかった。
夜。
配信開始。
「こんばんは!」
コメント欄には、
イベントへ来場した人たちの声も流れてくる。
【この前はありがとうございました!】
【また来年も会いたいです!】
【配信も楽しみにしています!】
美咲は一つひとつ読みながら、
笑顔で答える。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「皆さんのおかげで、本当に楽しい一日になりました」
その夜の配信は、
いつも以上に穏やかだった。
配信終了後。
机の上には、
イベントでもらった来場者アンケートのコピーが置かれている。
事務所から共有されたものだった。
そこには、
たくさんの感想が並んでいる。
『笑顔が素敵でした。』
『また歌を聴きたいです。』
『初めて参加しましたが、安心して楽しめました。』
最後の一文で、
美咲の手が止まる。
『安心して楽しめました。』
その言葉が、
胸に深く残った。
イベントは、
楽しさだけでは成り立たない。
安全に、
安心して過ごせる環境があってこそ、
笑顔が生まれる。
それを、
この数か月で身をもって学んだ。
帰宅した恒一が、
ソファへ座る。
「今日の配信も楽しそうだったな」
「うん」
「やっぱり、配信って好き」
その答えに、
恒一は静かに微笑んだ。
「それが一番大事だ」
美咲も頷く。
ランキングでもない。
数字でもない。
好きだから続けたい。
その気持ちが、
今の自分を支えている。
夜更け。
手帳を開く。
今日もゆっくりと書き始める。
『イベント後も温かい言葉をいただいた。
日常へ戻ってきた。』
そして、
最後に一行。
『帰る場所があるから、新しい場所へ挑戦できる。』
ページを閉じる。
美咲にとって、
帰る場所は一つではなかった。
家族が待つ家。
安心して働ける職場。
信頼できる事務所。
そして、
「おかえり」と迎えてくれる配信のコメント欄。
どこへ挑戦しても、
また戻って来られる場所がある。
その安心感が、
美咲の背中をそっと押していた。
窓の外では、
夏の夜風が静かに街を吹き抜けていく。
新しい物語は、
まだ始まったばかりだった――。




