第百話 未来へ続く一歩
夏の朝。
窓から吹き込む風が、
カーテンを優しく揺らしていた。
美咲は少し早く目を覚まし、
温かいコーヒーを片手にベランダへ出る。
青空が広がっている。
あの日も、
こんな空だっただろうか。
ふと、
最初の配信を始めた頃を思い出す。
視聴者は数人。
コメントが一つ届くだけで嬉しかった。
機材の使い方も分からず、
何度も失敗した。
それでも、
「誰かと楽しい時間を過ごしたい」
その気持ちだけは変わらなかった。
嬉しいこともあった。
落ち込むこともあった。
思いがけない出来事に、
眠れない夜を過ごしたこともある。
それでも、
歩みを止めなかった。
止められなかったのではない。
支えてくれる人たちが、
歩き続ける勇気をくれたからだ。
「ママ!」
陽菜の声が聞こえる。
「朝ごはんできたよ!」
「今行くね」
リビングへ戻ると、
恒一が笑顔で皿を並べていた。
いつもの朝。
変わらない食卓。
その景色が、
何より愛おしかった。
食後、
美咲は机に向かう。
引き出しを開け、
一冊目の手帳を取り出した。
表紙には、
少しだけ傷がついている。
ページをめくる。
『異常なし。』
『不安だった。』
『今日も楽しかった。』
『笑顔で帰ってこよう。』
一ページごとに、
その日の自分がいる。
いつの間にか、
涙が一滴だけページへ落ちた。
悲しい涙ではない。
ここまで歩いてきた証を、
改めて感じた涙だった。
美咲はそっと手帳を閉じる。
そして、
新しい手帳を開いた。
真っ白な最初のページ。
ゆっくりと、
最初の一行を書く。
『今日から、また新しい一歩。』
ペンを置き、
静かに微笑む。
午後。
配信を始める。
「こんにちは!」
コメント欄には、
いつもの名前が並ぶ。
【こんにちは!】
【今日も来たよ!】
【会えて嬉しい!】
美咲は画面の向こうへ笑顔を向ける。
「いつもありがとうございます」
「これからも、一緒に楽しい時間を作っていきましょう」
その言葉に、
コメント欄が温かい返事で埋まっていく。
配信が終わり、
夕暮れが街を染め始める。
窓の外を眺めながら、
美咲は静かに思う。
未来には、
また嬉しいことがあるだろう。
悩む日も、
壁にぶつかる日もあるかもしれない。
それでも、
もう大丈夫。
一人ではない。
歩んできた時間がある。
支えてくれる人がいる。
そして、
自分自身を信じられる今がある。
美咲は大きく深呼吸をした。
夏の風が、
新しい手帳のページをそっと揺らす。
物語に終わりはあっても、
人生は続いていく。
今日という一歩が、
また新しい未来へつながっていく。
その道を、
美咲は笑顔で歩き始めた――。




