第九十六話 夏のステージ
イベント当日の朝。
空は澄み渡り、
強い日差しが街を照らしていた。
美咲は少し早めに目を覚ます。
深呼吸を一つ。
緊張はしている。
それでも、
昨夜はしっかり眠ることができた。
リビングへ行くと、
恒一が朝食を用意していた。
「おはよう」
「おはよう」
陽菜も眠そうな目をこすりながら席に着く。
「ママ、きょうだね!」
「うん、そうだよ」
朝食を終え、
身支度を整える。
バッグの中を最後に確認する。
出演パス。
資料。
飲み物。
スマートフォン。
手帳。
そして、
陽菜が描いてくれた絵。
折れないよう、
透明なケースに入れて持っていく。
玄関で靴を履く。
恒一が優しく声をかけた。
「楽しんでおいで」
「うん」
陽菜も元気よく手を振る。
「がんばって!」
「ありがとう」
その言葉を胸に、
美咲は家を出た。
会場へ到着すると、
スタッフが笑顔で迎えてくれる。
受付を済ませ、
控室へ案内された。
部屋には、
説明会で会った出演者たちの姿があった。
「おはようございます!」
七海が手を振る。
「おはようございます」
自然と笑顔がこぼれる。
初対面だった空気は、
もうほとんど残っていない。
開演まであと一時間。
リハーサルが始まる。
マイクチェック。
立ち位置の確認。
照明の調整。
スタッフが丁寧に案内してくれる。
「高梨さん、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
リハーサルは順調に終わった。
控室へ戻る途中、
佐藤が静かに声を掛ける。
「緊張していますか?」
「少しだけ」
美咲は笑う。
「でも、不思議と怖くはありません」
佐藤も微笑んだ。
「それを聞いて安心しました」
開場。
客席には、
少しずつ来場者が集まり始める。
スタッフの案内で、
整然と入場が進んでいく。
モニター越しにその様子を見ながら、
美咲は静かに胸へ手を当てた。
以前なら、
「見られる」ことに身構えていた。
今は違う。
今日は、
会いに来てくれた人たちがいる。
応援してくれる人たちがいる。
その思いが、
緊張よりも大きかった。
「それでは、まもなく開演です」
スタッフの声が控室に響く。
出演者たちが立ち上がる。
美咲もゆっくりと深呼吸をした。
バッグから陽菜の絵を取り出し、
そっと見つめる。
『がんばって』
その文字を見て、
自然と笑顔になった。
「行ってきます」
誰に言うでもなく、
小さくつぶやく。
そして、
ステージへ続く扉が、
静かに開いた――。




