第九話 はじめての勝利
春の大型事務所イベントまで、あと一か月。
私は以前より配信が楽しくなっていた。
もちろん課題は山ほどある。
話術。
リアクション。
SNS運用。
バトル。
どれも発展途上だ。
それでも変わったことがある。
数字ばかり見なくなった。
少なくとも前よりは。
「こんばんは、みさママです」
いつものように配信を始める。
【こんばんは】
【待ってた】
【今日は何の話?】
最近は開始直後から人が来てくれる。
ありがたい。
本当にありがたい。
「今日ね、会社で後輩に言われたんですよ」
コメント欄が反応する。
【何て?】
【また失敗?】
【気になる】
私は笑った。
続きを聞きたがってくれる。
それが少し嬉しい。
話が盛り上がった頃。
コメントが流れた。
【バトル行く?】
私は画面を見る。
以前なら緊張していた。
今も緊張はする。
でも逃げたくはない。
「行きますか」
【おお】
【がんばれ】
【初勝利見たい】
コメント欄が盛り上がる。
私はバトルボタンを押した。
マッチング。
相手は男性ライバーだった。
二十代後半くらい。
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
バトル開始。
残り五分。
以前の私なら、
ここで固まっていた。
でも今日は違う。
「みんな、今日は負けたくないです」
コメント欄が反応する。
【いけ】
【勝とう】
【応援する】
私はコメントを拾う。
話を続ける。
相手にも話を振る。
すると。
「あれ?」
ふと気付く。
楽しい。
以前みたいに怖くない。
リスナーと一緒に遊んでいる感覚だった。
残り三分。
点差表示。
互角。
私は思わず目を見開いた。
互角?
今までなら開始一分で大差が付いていた。
コメント欄もざわつく。
【いける】
【接戦】
【頑張れ】
心臓が速くなる。
残り二分。
相手がリード。
残り一分。
さらにリード。
やっぱりダメか。
そう思った瞬間。
画面が光る。
『タカさんがギフトを贈りました』
続いて。
『ユキさんがギフトを贈りました』
『アオイさんがギフトを贈りました』
コメント欄が一気に動く。
【いけぇぇぇ】
【あと少し】
【勝とう】
私は言葉を失った。
まただ。
みんなが応援してくれている。
勝たせようとしてくれている。
残り三十秒。
点差が縮まる。
残り二十秒。
さらに縮まる。
残り十秒。
逆転。
「えっ?」
思わず声が漏れた。
コメント欄が大騒ぎになる。
【逆転!】
【いける!】
【守れ!】
カウントダウン。
3。
2。
1。
0。
終了。
結果発表。
私は画面を見つめた。
数秒。
そして。
『WIN』
頭が真っ白になった。
勝った。
本当に?
勝った?
コメント欄が爆発する。
【おめでとう!】
【初勝利!】
【やったー!】
【泣きそう】
私は口を押さえた。
なぜだろう。
目の奥が熱い。
一勝。
ただの一勝。
新人ライバーから見れば小さな出来事だ。
でも私には大きかった。
イベントで負けた。
バトルで連敗した。
何度も悔しい思いをした。
だから。
この一勝が嬉しかった。
「ありがとうございます」
自然と頭が下がる。
「本当に」
コメント欄が温かい。
【みさママ頑張った】
【成長した】
【最初の頃と別人】
その言葉を見た瞬間。
私は思った。
ああ。
勝ったのは今日のバトルじゃない。
イベント惨敗の日から、
諦めなかった自分なんだ。
配信終了後。
私は戦績画面を開いた。
十九敗。
一勝。
数字だけ見ればひどい。
それでも。
私は笑った。
初勝利の通知より先に、
一件のメッセージが届いていた。
送り主は――
白石玲奈。
【初勝利おめでとう】
その一言が、
次の物語の始まりになることを、
このときの私はまだ知らなかった。




