第八十二話 予定外の来訪
週末。
久しぶりに、
配信のない午後だった。
美咲はリビングで、
陽菜と一緒にクッキーを焼いていた。
「ママ、星の形にする!」
「いいね。それじゃあ、こっちはハートにしようか」
甘い香りが部屋に広がる。
オーブンの前で笑い合う時間は、
最近では貴重だった。
恒一も休日で、
ソファに座って本を読んでいる。
何気ない、
穏やかな午後。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
恒一が立ち上がった。
「俺が出るよ」
モニターを確認する。
画面には、
宅配便の制服を着た男性が映っていた。
「荷物です」
恒一が玄関へ向かう。
だが、
ドアを開ける前に美咲が声をかけた。
「送り主、確認して」
恒一は頷き、
ドア越しに尋ねる。
「送り主を教えていただけますか?」
少し間があった。
『少々お待ちください』
端末を確認する音が聞こえる。
『○○出版社様からです』
美咲は顔を見合わせた。
思い当たる名前だった。
以前、
配信者向けのインタビューを受けた出版社だ。
恒一が荷物を受け取り、
伝票を確認する。
送り主も住所も一致している。
問題はなさそうだった。
「今回は大丈夫そうだね」
美咲は小さく息をつく。
以前なら、
何も考えず受け取っていただろう。
でも今は違う。
確認する。
焦らない。
それが自然になっていた。
荷物の中には、
雑誌の見本誌が数冊。
掲載のお礼状も入っていた。
「載ってる!」
陽菜が目を輝かせる。
写真には、
笑顔でインタビューを受ける美咲が写っていた。
「ママだ!」
家族で笑い合う。
その空気に、
少しだけ緊張がほどけた。
夕方。
美咲は今日の出来事を、
いつものように手帳へ書き留める。
『出版社から見本誌到着。
送り主確認後に受領。
問題なし。』
その文字を見て、
ふと笑う。
記録には、
安心した出来事も残していい。
違和感だけを書く必要はない。
「普通だった」
その事実も、
大切な記録だ。
夜。
佐藤へも簡単に報告を送る。
すぐに返信が届いた。
【ご連絡ありがとうございます】
【確認して受け取られたとのことで安心しました】
【今後も同じ対応でお願いいたします】
美咲は、
「承知しました」と返した。
スマートフォンを置き、
窓の外を見る。
静かな住宅街。
街灯が、
歩道を淡く照らしている。
その光景を眺めながら、
美咲は思った。
警戒することと、
怯えて暮らすことは違う。
必要な確認をして、
日常を続ける。
それが今の自分にできる、
一番現実的な向き合い方だった。
一方、
事務所では。
セキュリティ担当が、
最新の記録へ一行を書き加えていた。
「異常なし(確認済み)」
短い一文。
しかし、
その「異常なし」という記録もまた、
積み重ねる価値のある情報だった――。




