第七十七話 すれ違う視線
警察へ相談してから一週間。
日常は、
驚くほど静かだった。
仕事も順調。
配信も安定。
陽菜も元気。
何も起きない。
それが一番だ。
そう思えるようになってきた。
金曜日。
会社帰り。
駅前のカフェへ立ち寄る。
週末の配信で使う企画を考えながら、
ノートを開く。
新しい歌。
雑談テーマ。
イベント案。
そんなことを書き込んでいると、
ふと視線を感じた。
店内を見回す。
窓際の席。
勉強している学生。
パソコンを開く会社員。
談笑する親子。
特に変わった様子はない。
気のせいかな。
私は作業へ戻った。
三十分後。
会計を済ませ、
店を出る。
駅へ向かう途中。
ガラス張りのビルに、
後ろを歩く人影が映った。
私は歩く速度を少し落とす。
後ろの人も、
少し遅くなる。
偶然。
そう思いたい。
私は横断歩道を渡らず、
コンビニへ入った。
飲み物を一本手に取り、
店内を一周する。
外を見る。
人影は見えない。
ほっと息を吐く。
「考えすぎかな……」
自分に言い聞かせる。
その日の夜。
配信開始。
今日は企画配信。
笑い声が絶えない。
コメント欄も盛り上がる。
【今日の企画最高!】
【またやって!】
私は自然と笑っていた。
その時。
例の高額ギフター。
【駅前のカフェ、落ち着きますよね】
私は息をのんだ。
今日、
カフェへ行ったことは話していない。
コメント欄は、
特に気にしていない。
【どこのカフェ?】
【おすすめ?】
話題は流れていく。
私は一拍置いて答えた。
「カフェは好きですけど、今日は配信のお話をしましょう」
笑顔は崩さない。
それ以上、
話を広げない。
高額ギフターから、
追加のコメントはなかった。
配信終了。
私はすぐに、
今日のコメントを保存する。
時刻。
内容。
スクリーンショット。
全部。
その後、
佐藤へ送信した。
返信はすぐに来た。
【ありがとうございます】
【今日は特に、外出先について配信で触れていない点も確認しました】
私は画面を見つめる。
つまり。
コメントの根拠は、
配信ではない。
翌朝。
事務所。
佐藤とセキュリティ担当が、
前日の記録を確認していた。
「駅前のカフェ……」
セキュリティ担当が、
地図を開く。
「高梨さんの勤務先から徒歩圏内には、複数あります」
佐藤は腕を組んだ。
「断定はできません」
「ですが、この発言は今までで一番気になります」
部屋が静かになる。
偶然か。
推測か。
それとも、
実際に見ていたのか。
答えはまだない。
しかし、
その境界は少しずつ曖昧になり始めていた――。




