第七十六話 相談という選択
白い封筒が見つかってから三日。
新しい荷物は届いていない。
DMも来ていない。
それでも、
事務所の対応は一段階変わった。
午後。
私は仕事を早めに切り上げ、
事務所へ向かった。
応接室には、
佐藤と法務担当が待っていた。
「高梨さん」
佐藤が静かに切り出す。
「今回は、念のため警察へ相談記録を残すことを提案します」
私は少し驚いた。
「被害届……ですか?」
法務担当が首を横に振る。
「いいえ」
「現時点で事件と断定するものではありません」
「ですが、これまでの経緯を相談という形で共有しておくことには意味があります」
私は考える。
大げさではないだろうか。
そう思う気持ちもあった。
すると佐藤が続けた。
「何も起きないことが一番です」
「だからこそ、何か起きてからでは遅い場合もあります」
私は静かに頷いた。
帰宅後。
恒一へ話す。
「相談だけなら、俺も賛成だ」
「大事にならない?」
恒一は少し笑った。
「安全確認をすることは、大げさじゃないよ」
その言葉で、
迷いは少し薄れた。
数日後。
私は事務所スタッフと一緒に、
最寄りの警察署を訪れた。
生活安全を担当する警察官が、
丁寧に話を聞いてくれた。
DM。
青い傘。
白い封筒。
配信での出来事。
私は一つずつ説明する。
警察官はメモを取りながら頷いた。
「現時点では、状況を継続して記録することが大切です」
「また、同様のことがあれば、遠慮なくご相談ください」
私は少し安心した。
相談してよかった。
帰り道。
事務所の佐藤が言う。
「今日相談したこと自体は、配信では話さなくて大丈夫です」
私は頷く。
リスナーを不安にさせる必要はない。
夜。
配信開始。
いつもの雑談。
歌。
笑い声。
コメント欄には、
温かい言葉が流れる。
【今日もありがとう】
【元気そうで安心】
私は自然と笑顔になった。
その時。
例の高額ギフター。
【これからも見守っています】
私は一瞬だけ画面を見つめる。
「ありがとうございます」
それだけ返した。
“見守っています”
応援として受け取れば、
優しい言葉だ。
でも今の私には、
少しだけ重く聞こえた。
配信終了後。
私はそのコメントも記録した。
以前なら、
気にしなかった一文。
今は違う。
言葉は、
前後の積み重ねで意味が変わる。
私は保存ボタンを押した。
その頃。
事務所では、
佐藤が今日の相談内容を整理していた。
法務担当が静かに言う。
「高梨さん、落ち着いて対応されていますね」
佐藤は微笑む。
「だからこそ、こちらもしっかり支えないと」
デスクの上には、
一冊のファイル。
表紙には、
こう書かれていた。
高梨美咲 対応記録
ページは少しずつ増えていた。
まだ終わりではない。
その記録は、
静かに積み重なり続けていた――。




