第七十三話 二つの名前
翌日の夜。
私はいつも通り配信の準備をしていた。
ライトを点ける。
マイクを確認する。
コメント欄を開く。
深呼吸。
「こんばんは」
配信が始まる。
常連たちが集まり、
いつもの空気が流れる。
【こんばんは!】
【今日も来ました】
【無理しないでね】
私は自然と笑顔になる。
こういう時間が好きだった。
開始から二十分。
例の高額ギフターが入室する。
コメント。
【こんばんは】
それだけ。
私は軽く挨拶を返す。
その直後だった。
初めて見るアカウントが現れた。
【今日も綺麗ですね】
私は一瞬だけ画面を見る。
初見さんかな。
そう思って、
普通にお礼を言う。
しかし。
数分後。
高額ギフター。
【今日は歌が聴きたいです】
ほぼ同じタイミングで、
新しいアカウント。
【私も歌を聴きたいです】
偶然。
そう思おうとした。
でも。
なぜか胸がざわつく。
私は歌を歌った。
配信は何事もなく終わる。
終了後。
事務所へ、
いつものように記録を送る。
新しいアカウントについても書き添えた。
数十分後。
佐藤から返信。
【ありがとうございます】
【こちらでも確認します】
翌日。
昼休み。
佐藤から電話が入る。
『昨日の件ですが』
私は静かに聞く。
『新しいアカウントですが、例のアカウントと特徴が似ています』
「特徴……ですか?」
『コメントの間隔』
『ギフトを送るタイミング』
『配信への滞在時間』
『非常によく似ています』
私は息をのむ。
「同じ人なんでしょうか」
少し沈黙。
『断定はできません』
『ですが、可能性は考えています』
私は窓の外を見る。
もしそうなら。
ルールを作っても。
DMを止めても。
別の形で近付いてきたことになる。
帰宅後。
恒一へ話した。
「アカウントを変えたってこと?」
私は肩をすくめる。
「まだ分からない」
「でも、そういう可能性もあるみたい」
恒一は静かに考えていた。
「会社でもあるよ」
「一つのIDが使えなくなると、別のIDを作る人」
私は少し驚く。
ネットでは、
珍しいことではないのかもしれない。
夜。
配信開始。
私は昨日と同じように話す。
笑う。
歌う。
コメント欄も平和だった。
そして。
二つのアカウントが現れる。
高額ギフター。
【こんばんは】
もう一つ。
【こんばんは】
まるで示し合わせたように、
数秒違いで並ぶ。
私は表情を変えない。
「こんばんは」
二人に同じように返す。
それ以上は考えない。
考えても、
今は答えが出ない。
配信終了。
スクリーンショットを保存する。
日付。
時間。
コメント。
全て。
その頃。
事務所では、
セキュリティ担当がモニターを見つめていた。
二つのアカウント。
ログイン履歴。
コメント時刻。
カーソルが止まる。
「これは……」
佐藤が近付く。
画面には、
二つのアカウントが一度も同時にコメントしていないという分析結果が表示されていた。
片方がコメントを書く。
少し間が空く。
もう片方が書く。
決して重ならない。
偶然とも言える。
だが。
経験上、
それは一つの可能性を示していた。
「引き続き記録を続けましょう」
佐藤は静かに言った。
確信には、
まだ早かった――。




