第七十一話 家族を守る約束
ショッピングモールで声を掛けられた日から、
数日が過ぎた。
私は以前と同じように生活している。
仕事へ行く。
家事をする。
夜は配信する。
何も変わらない。
そう思おうとしていた。
日曜日。
夕食後。
陽菜は宿題を終え、
リビングでテレビを見ていた。
恒一が静かに言う。
「少し話そうか」
私は頷いた。
ダイニングテーブル。
コーヒーを飲みながら向かい合う。
「最近のことだけど」
恒一は慎重に言葉を選んでいた。
「美咲は今まで通り配信を続けていい」
私は少し驚く。
反対されると思っていた。
「でも」
「家族を守るための約束を作ろう」
私は静かに頷いた。
紙を一枚出す。
二人で書き始めた。
・帰宅が遅くなる日は必ず連絡する
・配信予定を家族で共有する
・一人で不安を抱え込まない
・陽菜の学校や行動は配信で話さない
・異変を感じたら、すぐ相談する
私は最後の項目を書きながら、
少し笑った。
「会社の会議みたい」
恒一も笑う。
「家庭の安全会議だな」
二人で笑う。
久しぶりに、
少しだけ肩の力が抜けた。
翌日。
私は陽菜を迎えに行く。
校門の前。
保護者たちが並んでいる。
いつもの風景。
陽菜が走ってくる。
「ママー!」
私はしゃがんで抱きしめた。
その時。
少し離れた場所で、
スマートフォンを構えている人影が見えた。
私は反射的に視線を向ける。
若い女性だった。
スマホをこちらへ向けている。
一瞬だけ、
胸が締め付けられる。
しかし。
次の瞬間。
女性は子どもを撮影し始めた。
自分の子だった。
私は小さく息を吐く。
考えすぎ。
そう言い聞かせる。
でも。
以前なら、
こんな風には思わなかった。
帰宅途中。
陽菜が手をつないで言う。
「ママ」
「ん?」
「最近、ぎゅってすること増えたね」
私は足を止める。
そうだった。
無意識だった。
守りたい。
その気持ちが、
自然と行動になっていた。
私は優しく笑う。
「陽菜が大好きだから」
陽菜は嬉しそうに笑った。
夜。
配信開始。
今日は雑談だけ。
穏やかな時間。
コメント欄も平和だった。
例の高額ギフターも来ている。
だが、
今日は何も書き込まない。
ギフトもない。
ただ、
視聴だけ。
私はそれが少しだけ気になった。
配信終了。
管理画面を見る。
視聴履歴。
最後までいた。
何も書かず。
何も送らず。
ただ、
見ていた。
その静けさが、
これまで以上に不気味だった。
眠る前。
私はダイニングテーブルに置かれた紙を見る。
家族の約束
恒一と二人で書いた文字。
私はその紙をクリアファイルへ入れた。
守る。
家族も。
配信も。
その両方を。
そう決めた夜だった。
だが、
翌朝。
事務所から一本の電話が入る。
「高梨さん」
佐藤の声は、
これまでになく硬かった。
『少し確認したいことがあります』
『昨日の配信についてです』
私は思わず背筋を伸ばした。
何かが、
動き始めていた――。




