第六十七話 いつもの場所
青い傘が届いてから一週間。
配信は続いていた。
表面上は、
何も変わらない。
笑って。
話して。
歌って。
バトルをして。
リスナーも楽しそうだった。
でも。
私だけは知っていた。
以前とは違うことを。
夜。
配信開始。
開始から三十分。
雑談をしていると、
タカさんがコメントする。
【最近ちょっと元気ない?】
私は思わず苦笑した。
そんなつもりはなかった。
でも。
長く見てくれている人には、
少しの変化も伝わるらしい。
「そんなことないですよ」
笑顔で返す。
すると。
別の常連も続く。
【無理してない?】
【休んでもいいんだよ】
私は少しだけ胸が熱くなった。
心配を掛けたくない。
だから。
「大丈夫です」
「ちょっと仕事が忙しかっただけです」
半分本当。
半分嘘。
その時。
例の高額ギフターが現れる。
ギフト。
コメント。
【今日は笑顔ですね】
私は礼を言う。
続いて。
【安心しました】
その一言に、
コメント欄が少し静かになる。
タカさんがすぐに書き込む。
【なんで安心?】
一瞬、
空気が止まる。
私は慌てて話題を変えた。
「そういえば皆さん――」
雑談を始める。
コメント欄も流れ始める。
何とか空気は戻った。
配信終了後。
私は管理画面を閉じようとする。
その時。
常連だけのグループチャットに通知が入った。
もちろん私は参加していない。
だが。
愛美からスクリーンショットが送られてきた。
【見て】
そこには。
タカさんたちのやり取りが映っていた。
⸻
【最近あの人ちょっと変じゃない?】
【ギフトはありがたいけど】
【距離感がおかしい気がする】
【美咲さんに迷惑掛けなきゃいいけど】
⸻
私はしばらく画面を見つめた。
私だけじゃなかった。
違和感を覚えていたのは。
愛美からメッセージ。
【常連さんたちも気付いてます】
【でも刺激しないようにしてるみたい】
私はゆっくり息を吐いた。
ありがたい。
本当に。
誰かが勝手に攻撃していたら、
もっと大変になっていた。
深夜。
神崎レナから電話が掛かってきた。
珍しかった。
「もしもし?」
『配信見てました』
レナの声は落ち着いている。
『リスナーさん、優しいですね』
私は笑った。
「本当に」
『だからこそ』
少し間が空く。
『その優しさで解決しようとしないでください』
私は黙る。
『常連さんが注意したら逆効果です』
『運営と事務所に任せること』
私は頷いた。
その通りだった。
善意同士がぶつかれば、
もっと大きな問題になる。
電話を切ったあと、
私は窓の外を見た。
マンションの前。
街灯に照らされた歩道。
人影はない。
何もない。
でも。
カーテンは閉めた。
鍵も確認した。
一度だけではなく、
二度。
そして、
リビングへ戻る。
恒一がテレビを消して言った。
「今日はちゃんと眠れそうか?」
私は少し考えてから笑った。
「うん」
それは本当だった。
怖さは消えていない。
でも。
一人ではない。
家族がいる。
仲間がいる。
事務所も動いてくれている。
その事実が、
少しだけ勇気をくれた。
ただ――。
誰もまだ知らなかった。
この出来事は、
終わりではなく。
もっと大きな出来事の、
始まりに過ぎなかったことを――。




