第五十二話 陽菜の発表会
新人王十八日目。
順位七位。
残り六日。
ここまで来た。
本当にここまで来た。
朝。
私は珍しく目覚ましより先に起きた。
理由は分かっている。
今日は陽菜のダンス発表会だった。
ヒップホップダンス教室の一年に一度の発表会。
陽菜は数か月前から楽しみにしていた。
衣装も。
髪型も。
曲も。
毎日のように話していた。
「ママ絶対来てね」
何度も言われた。
もちろん行くつもりだった。
絶対に。
朝食の席。
陽菜は朝から元気だった。
「今日ね、一番前なんだよ!」
「すごいじゃん」
「ちゃんと見てね!」
私は笑顔で頷く。
「もちろん」
その瞬間だけは、
ランキングのことを忘れていた。
昼。
発表会会場。
私は恒一と並んで客席に座る。
舞台の上では子供たちが踊っている。
緊張した顔。
笑顔。
一生懸命な姿。
どの子も輝いて見えた。
そして。
陽菜の出番。
音楽が流れる。
ステージ中央。
陽菜がいた。
堂々としている。
家では甘えん坊なのに。
舞台の上では別人みたいだった。
私は思わず笑う。
格好いい。
本当に。
曲が終わる。
会場に拍手が響く。
陽菜は満面の笑みだった。
私も大きく拍手する。
そして。
その時だった。
スマホが震える。
私は反射的に画面を見る。
ランキング通知。
七位。
↓
八位。
私は目を閉じた。
今じゃない。
そう思いながらも、
気になってしまう。
順位。
ポイント差。
残り日数。
頭の中に数字が浮かぶ。
「ママ!」
声が聞こえた。
陽菜だった。
舞台袖から走ってくる。
「見てた!?」
私は慌ててスマホをしまう。
「見てたよ」
嘘ではない。
ちゃんと見ていた。
でも。
全部見ていただろうか。
一瞬でもスマホを見なかっただろうか。
分からない。
陽菜は満足そうに笑う。
「どうだった?」
私は答える。
「すごく格好良かった」
それは本心だった。
帰り道。
陽菜は車の中で眠ってしまった。
恒一が運転する。
しばらく沈黙。
その後。
恒一が言った。
「今日もランキング見てたな」
私は返事に詰まる。
見ていた。
少しだけ。
でも見ていた。
「ごめん」
恒一は首を振る。
「責めてるわけじゃない」
静かな声だった。
「ただ」
そこで言葉を止める。
「陽菜の発表会は今日しかない」
私は黙った。
反論できなかった。
新人王は来年もあるかもしれない。
でも。
小学三年生の今日の発表会は、
二度とない。
家に帰る。
陽菜をベッドへ運ぶ。
寝顔を見る。
無邪気だった。
スマホが震える。
ランキング更新。
八位。
↓
六位。
大きく上がった。
本来なら飛び跳ねるほど嬉しい。
でも。
今日は違った。
私はスマホを伏せる。
その時。
通知が届いた。
神崎レナからDM。
【今日は休みでしたか?】
私は返信する。
【娘の発表会でした】
すぐ返信が来た。
【それは大事ですね】
短い文章。
だが。
続きが届く。
【ランキングは何度でも見られます】
【子供のその日は一回しかありません】
私は画面を見つめた。
胸の奥が少し痛む。
新人王十八日目終了。
順位六位。
順位は自己最高。
それなのに。
高梨美咲の心は、
少しだけ晴れなかった――。




