第百十五話 答えは一つじゃない
数日後。
仕事を終えた美咲は、
駅前の小さなカフェへ向かっていた。
結衣から、
「もう一度お話しできますか」
と連絡をもらっていたのだ。
店に入ると、
結衣はすでに席についていた。
「あっ、高梨さん!」
前回よりも、
少し明るい表情だった。
「待たせちゃったかな?」
「いえ、私が早く来ただけです。」
二人は温かい飲み物を注文し、
窓際の席に座る。
「実は……。」
結衣は少し照れながら話し始めた。
「高梨さんに教えてもらったことを試してみたんです。」
「コメントを、最初から最後まで全部読んでみました。」
「どうだった?」
「嬉しかったです。」
結衣は笑顔になる。
「『今日も楽しかった』って書いてくださる人がいて。」
「私、そのコメントを何回も読み返しました。」
美咲も自然と笑顔になった。
「それは良かった。」
「でも……。」
結衣はカップを見つめる。
「登録者は、あまり増えてないんです。」
その言葉には、
まだ少しだけ不安が残っていた。
美咲は慌てて励まそうとはしなかった。
少し考え、
静かに尋ねる。
「結衣さんは、配信を始めた頃。」
「何が一番楽しかった?」
突然の質問に、
結衣は目を丸くする。
「えっ?」
「うーん……。」
しばらく考えて、
ふっと笑った。
「初めてコメントをもらった日です。」
「すごく嬉しくて。」
「その日は眠れませんでした。」
「登録者は何人だった?」
「たしか……二十人くらいです。」
「その頃と今。」
「どっちが楽しい?」
結衣は答えに詰まった。
数字だけなら、
今の方が多い。
でも、
楽しさは……。
「前のほうが……。」
小さな声で答える。
「そうかもしれません。」
美咲は静かに頷いた。
「数字が増えることは大切。」
「でも、それだけを追いかけると。」
「最初に好きだった気持ちを見失うこともあるの。」
結衣はゆっくりと頷く。
「だから。」
美咲は優しく微笑む。
「焦らなくて大丈夫。」
「答えは一つじゃないから。」
「人気が出る人もいる。」
「ゆっくり続ける人もいる。」
「どちらも間違いじゃないよ。」
結衣の表情から、
少しずつ力が抜けていく。
「高梨さん。」
「今日は相談じゃなくて。」
「お礼を言いたくて来たんです。」
「ありがとうございます。」
美咲は少し照れながら笑った。
「こちらこそ。」
「私も、昔の自分を思い出せたよ。」
夕暮れの駅前。
別れ際、
結衣が振り返る。
「次に会う時は。」
「嬉しかったことを、もっとたくさん話せるように頑張ります。」
「楽しみにしてる。」
美咲は手を振った。
夜。
手帳を開き、
今日の出来事を書き留める。
最後に、
静かにペンを走らせた。
『誰かの答えを探すより。』
少し考え、
続ける。
『その人が、自分の答えを見つけられるように寄り添いたい。』
ページを閉じる。
窓の外には、
街の灯りが静かに輝いていた。
人はそれぞれ、
歩く速さが違う。
だからこそ、
比べる必要はない。
美咲は今日、
誰かに道を示したのではない。
ただ、
その人が自分の足で歩き出す瞬間を、
少しだけ近くで見守ることができたのだった――。




