第百十四話 比べなくていい
翌日の夜。
配信を終えた美咲は、
パソコンの電源を切ろうとした。
その時、
スマートフォンが小さく震える。
画面には、
結衣からのメッセージ。
『今日はありがとうございました。』
『少しだけ気持ちが軽くなりました。』
短い文章だった。
けれど、
その最後に続く一文が目に留まる。
『でも、また数字を見たら不安になる気がします。』
美咲はすぐには返信しなかった。
自分も、
何度も同じ気持ちになったからだ。
軽い励ましだけでは、
きっと届かない。
しばらく考え、
ゆっくりと文字を打ち始めた。
『私も今でも数字は気になります。』
『だから、気にならなくなる日は来ないのかもしれません。』
そこで一度、
指が止まる。
そして、
もう一文。
『でも、数字だけで一日を終わらせないようにはしています。』
送信ボタンを押す。
数分後、
返信が届いた。
『数字だけで終わらせない……?』
美咲は小さく笑う。
『今日はどんなコメントが嬉しかったか。』
『自分が楽しかった瞬間はあったか。』
『昨日より少しでも成長できたことはあるか。』
『そういうことも、一緒に思い出すようにしています。』
既読が付く。
少し時間が空いて、
結衣から返事が届く。
『そんなこと、考えたことありませんでした。』
『私は配信が終わると、最初に再生数を見ていました。』
美咲は思わず苦笑した。
「私も同じだったな……。」
画面に向かって、
小さくつぶやく。
その夜。
リビングでは、
恒一が本を読んでいた。
「何かいいことあった?」
美咲はソファに腰掛け、
今日の出来事を話す。
結衣のこと。
数字に悩んでいること。
自分も昔は同じだったこと。
話を聞き終えた恒一は、
静かに笑った。
「美咲も変わったね。」
「え?」
「前なら、一緒に数字を気にしてたと思う。」
その一言に、
美咲は少し驚く。
確かにそうだった。
登録者数。
再生回数。
順位。
毎日そればかり見ていた。
でも今は、
違う。
数字を見ることはあっても、
それだけで自分を決めなくなっていた。
「少しだけ……成長したのかな。」
恒一は優しくうなずく。
「きっとね。」
夜。
手帳を開く。
今日のページの最後に、
一行書き添える。
『人と比べることは、簡単だ。』
少し考え、
もう一行。
『昨日の自分と比べることは、少しだけ難しい。』
ページを閉じる。
机の上には、
折り紙のウサギ。
その隣には、
静かに光るスマートフォン。
画面の向こうには、
数字だけでは見えない人の気持ちがある。
そのことを、
美咲は少しずつ理解できるようになっていた。
そしてその気づきは、
今度は誰かの背中をそっと支える力へと、
変わり始めていた――。




