第百十一話 小さな約束
休日の朝。
窓から差し込む柔らかな陽射しに、
美咲はゆっくりと目を覚ました。
今日は珍しく、
仕事の予定も配信の予定も入れていない。
「たまには、こんな日もいいよね。」
リビングへ行くと、
陽菜が色鉛筆を広げて絵を描いていた。
「ママ、おはよう!」
「おはよう。」
美咲が隣に座ると、
陽菜は描きかけの絵を見せてくれた。
そこには、
三人が手をつないで歩いている姿。
「これ、誰?」
「ママと、パパと、わたし!」
「今度、公園に行く絵なの!」
美咲は思わず笑顔になる。
「まだ行ってないのに?」
「うん!」
「だって、きっと楽しいもん!」
子どもらしい言葉に、
美咲は胸が温かくなった。
その様子を見ていた恒一が、
キッチンから声を掛ける。
「じゃあ、午後から行こうか。」
「本当?」
陽菜は飛び跳ねるように喜んだ。
「やったー!」
午後。
近くの公園では、
家族連れの笑い声があふれていた。
陽菜は一目散にブランコへ走っていく。
「ママー! 見てて!」
勢いよく漕ぐたびに、
嬉しそうな笑い声が響く。
美咲はベンチに座り、
その姿を見守っていた。
「最近、こういう時間が増えたね。」
隣に座った恒一が静かに言う。
「うん。」
「前は、心に余裕がなかったのかもしれない。」
「全部頑張らなきゃって思ってた。」
恒一は穏やかにうなずく。
「でも今は?」
美咲は陽菜を見つめながら答えた。
「頑張ることと、大切にすることは違うって、少し分かった気がする。」
その言葉に、
恒一は何も言わず微笑んだ。
帰り道。
陽菜は両親の手を握り、
楽しそうに歩いている。
「また来ようね!」
「もちろん。」
「約束?」
「約束。」
小さく指切りをする。
その約束は、
特別なものではない。
けれど、
だからこそ大切だった。
夜。
陽菜が眠ったあと、
美咲は手帳を開いた。
今日の出来事を書き終え、
最後に一文を添える。
『幸せは、大きな出来事だけでは生まれない。』
少し考え、
もう一行。
『またね、と約束できる今日が、何より幸せなのかもしれない。』
手帳を閉じる。
静かな部屋に、
時計の針の音だけが響いている。
明日になれば、
また忙しい毎日が始まる。
それでも、
今日交わした小さな約束がある。
その約束は、
美咲にとって明日へ進む力になっていた――。




