第百九話 一通の手紙
取材から数日後。
昼休み。
美咲のスマートフォンに、
佐藤からメッセージが届いた。
『雑誌が本日発売になりました。』
『編集部から見本誌が届いていますので、お時間のある時に事務所へお立ち寄りください。』
仕事帰り。
美咲は事務所へ向かった。
受付で受け取った雑誌には、
少し照れくさそうに笑う自分が載っていた。
ページをめくる。
『一緒に前を向ける場所を作りたい。』
見出しには、
あの日、自分が自然に口にした言葉が使われていた。
「……。」
何度も読み返す。
難しいことは何も話していない。
ただ、
自分の思ったことを話しただけだった。
「素敵な記事になりましたね。」
佐藤が隣で微笑む。
「編集部の皆さんも、高梨さんらしい言葉だったと喜んでいましたよ。」
「ありがとうございます。」
少し照れながら頭を下げる。
帰宅後。
いつものように配信を始める。
開始早々、
コメント欄が少し賑やかだった。
『雑誌読みました!』
『インタビュー良かったです!』
『自然な言葉で安心しました。』
美咲は笑顔で答える。
「ありがとうございます。」
「少し恥ずかしいですね。」
すると、
一本のコメントが流れた。
『あの記事を読んで、初めてコメントします。』
美咲はゆっくり読み進める。
『仕事で失敗が続いて、自分なんて駄目だと思っていました。』
『でも、「一緒に前を向ける場所」という言葉を読んで、少しだけ肩の力が抜けました。』
『ありがとうございました。』
画面を見つめたまま、
美咲は少し言葉を失った。
数秒の沈黙。
そして、
ゆっくりと口を開く。
「こちらこそ、ありがとうございます。」
「そう言っていただけて、本当に嬉しいです。」
「私も毎日、迷いながら前を向いています。」
「だから、一緒に歩いていけたら嬉しいです。」
コメント欄には、
温かい拍手の絵文字が流れていく。
その夜。
配信を終え、
机の前に座る。
折り紙のウサギは、
今日も変わらずそこにいた。
手帳を開き、
静かにペンを走らせる。
『言葉は、すぐには届かないこともある。』
少し考え、
続けて書く。
『でも、届いた一人の心が、今日という日を変えることもある。』
ページを閉じる。
窓の外では、
秋の気配を乗せた風が静かに吹いていた。
美咲は今日もまた、
たくさんの人へ話したわけではない。
ただ、
たった一人に届いた言葉があった。
それだけで、
今日という一日は、
十分に意味のある一日だった――。
少しだけ流れを変えて、第109話では「取材の反響」を描きました。ただし、大成功ではなく、「言葉が誰かに届く」という静かな余韻を大切にしました。




