第百八話 飾らない言葉
取材当日の朝。
美咲は少しだけ早起きをした。
鏡の前で身だしなみを整えながら、
深く息を吸う。
「大丈夫。」
誰に言うでもなく、
小さくつぶやいた。
リビングへ行くと、
恒一がコーヒーを淹れていた。
「今日は取材の日だね。」
「うん。」
「緊張してる?」
「少しだけ。」
美咲は苦笑いを浮かべる。
「でも、配信とは違う緊張かな。」
恒一はカップを差し出した。
「飾ろうとしなければ大丈夫。」
「いつもの美咲を知りたいから、取材に来るんだろう。」
その言葉に、
自然と肩の力が抜けた。
取材場所は、
事務所近くの小さなスタジオだった。
担当編集者が笑顔で迎える。
「本日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
最初は撮影。
カメラの前に立つだけで、
少し照れくさい。
「もう少し自然な笑顔で。」
カメラマンが優しく声を掛ける。
「自然って難しいですね。」
思わず笑うと、
シャッター音が続けて響いた。
「今の笑顔、すごくいいです。」
「え?」
「そのままでお願いします。」
美咲は照れながら笑った。
撮影が終わると、
いよいよインタビューが始まる。
編集者がノートを開く。
「高梨さんは、配信を続ける理由を一言で表すと何でしょう?」
用意していた答えが、
頭をよぎる。
けれど、
その瞬間。
昨夜のコメント欄が浮かんだ。
『また明日頑張ります。』
あの言葉。
そして、
陽菜がくれた折り紙のウサギ。
恒一の
『飾ろうとしなければ大丈夫。』
すべてが一本につながる。
美咲はゆっくりと答えた。
「私は……。」
「誰かを励ますためだけに配信しているわけではありません。」
編集者が静かに頷く。
「私自身も、リスナーさんに励まわれています。」
「だから、一緒に前を向ける場所を作れたらいいなって思っています。」
部屋が静かになる。
編集者は微笑みながら、
ペンを置いた。
「その言葉、高梨さんらしいですね。」
美咲は少し照れながら笑う。
「ありがとうございます。」
取材を終え、
駅へ向かう帰り道。
スマートフォンに、
佐藤からメッセージが届く。
『取材、お疲れさまでした。』
『編集部の方から、とても良いインタビューだったと連絡がありました。』
美咲は空を見上げる。
高く澄んだ青空。
「ちゃんと話せたかな。」
少しだけ不安は残る。
でも、
今日は背伸びをしなかった。
格好いい言葉も、
難しい言葉も使わなかった。
ただ、
自分の思ったことを話した。
夜。
手帳を開く。
今日のページの最後に、
一文を書き添える。
『誰かに届く言葉は、飾らない言葉なのかもしれない。』
ペンを閉じる。
机の上には、
折り紙のウサギが静かに置かれている。
美咲は小さく微笑み、
部屋の灯りを消した。
今日話した言葉は、
雑誌に載るためだけではない。
これからも、
自分自身が忘れないための言葉でもあった――。




