第百七話 届ける言葉
朝の通勤電車。
美咲は窓の外を流れる景色を眺めていた。
来週には雑誌の取材がある。
佐藤から送られてきた質問項目を、
昨夜から何度も読み返していた。
『配信を続ける理由は何ですか?』
『今、一番大切にしていることは何ですか?』
どちらも、
すぐに答えられそうで答えられない質問だった。
会社に着いても、
その言葉が頭から離れない。
昼休み。
美咲は会社の屋上へ出た。
少し強めの風が、
髪を優しく揺らす。
スマートフォンを取り出し、
質問項目をもう一度開く。
「配信を続ける理由……。」
以前なら、
迷わず答えていただろう。
『楽しいから。』
それだけだった。
でも今は違う。
楽しいだけでは続けられない日もあった。
怖かった日も。
悔しかった日も。
泣いた日も。
それでも、
配信をやめなかった。
「なんでだろう……。」
その答えは、
まだ言葉にならない。
夜。
配信では、
雑談をしながらリスナーと話していた。
コメントが流れる。
『今日、仕事で失敗しました。』
『落ち込んでます。』
美咲は少しだけ考え、
ゆっくりと話し始めた。
「私も失敗すること、ありますよ。」
「落ち込む日もあります。」
「でも、一日だけで自分を決めなくてもいいと思うんです。」
「明日また笑えたら、それで十分じゃないかなって。」
コメント欄がゆっくり流れる。
『ありがとう。』
『少し気持ちが楽になりました。』
『また明日頑張ります。』
美咲は画面の向こうへ微笑んだ。
「私も、一緒に頑張ります。」
配信終了後。
パソコンを閉じると、
机の上の折り紙のウサギが目に入る。
陽菜のお守り。
その隣には、
開いたままの質問項目。
『配信を続ける理由は何ですか?』
美咲は静かにペンを取り、
手帳を開いた。
今日の最後に、
一文を書き記す。
『私は、誰かを元気づけるために配信しているのかもしれない。』
書き終えたあと、
少しだけ首を横に振る。
「違うかな。」
そして、
もう一度書き直した。
『誰かと一緒に前を向くために、私は配信している。』
その一文を見つめ、
ゆっくりとうなずく。
ようやく、
自分の中にあった答えが、
少しだけ形になった気がした。
来週の取材では、
きっと同じ言葉を話すだろう。
飾った言葉ではなく、
自分自身の言葉として。
夜風が窓から吹き込み、
手帳のページを静かに揺らした。
そのページには、
これまで歩いてきた時間と、
これから歩いていく未来が、
確かに刻まれていた――。




