第34話 メイド課の休日2
レオリアが大爪熊に近づいた。
「待て。その獲物は我々のものだ」
南白鴨を狙う大爪熊に声をかけるレオリア。
とはいえ、これで離れてくれるわけがない。
むしろ人間に警戒して、大爪熊は戦闘態勢に入った。
「グゴゥゥゥゥ」
低い唸り声を上げる大爪熊。
「シェリーナ、そっちは任せた」
「はい!」
突然、一頭の大爪熊が走り出す。
一気に距離を縮め、レオリアに襲いかかった。
大爪熊の瞬間的な足の速さは、馬に匹敵すると言われている。
大爪を振り上げる大爪熊。
レオリアの頭部よりも大きな掌が、その美しい顔を吹き飛ばさんと、容赦なく振り下ろされた。
常人ならこれで頭部をなくしているところだが、レオリアは冷静に大爪熊の掌に向かって、超高速の上段横蹴りを放つ。
「グゴオオオオ!」
跳ね返された大爪熊の右腕が、肩関節から力なくぶら下がる。
レオリアの蹴りは、掌から肩関節までの骨を全て砕いた。
レオリアはその場で大きくジャンプし、長い左足を天に届かせるかのように振り上げる。
そして、落下と同時に大爪熊の頭部へ、踵落としを放った。
「グフォッ……」
短い断末魔を上げた大爪熊。
巨体がゆっくりと前のめりに傾き、地響きを立てて地面に倒れた。
――
シェリーナはスレッジハンマーを握りながら、走って大爪熊に接近した。
大爪熊は二本足で立ち上がり、両腕を大きく広げ威嚇する。
「グゴオオオオ!」
だが、シェリーナはお構いなしとばかりに、大爪熊に向かって大きくジャンプ。
スレッジハンマーを両手で握り、空中で振り上げる。
「その南白鴨は私たちの獲物ですよ!」
南白鴨を飛び越えて、大爪熊の頭部に向かって猛烈な一撃を放つ。
「っしょ!」
「グフォッ!」
衝撃波が大爪熊の全身を突き抜けた。
直後に破裂音が鳴り響く。
あまりにも大きな破裂音で、周囲の野鳥が羽ばたいていく。
その衝撃は、地面に大きなクレーターを作り出すほどだ。
シェリーナは、双鎚を使用すれば衝撃音を相殺して無音にすることができる。
しかし一本だと、その猛烈な威力に比例した衝撃音が発生してしまう。
「野鳥が逃げちゃいました……。ごめんなさい……」
シェリーナは振り返り、フィローラに頭を下げて謝罪した。
背後では、全身の骨を砕かれた大爪熊が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「本当にもう。二人とも凄いんだから。南白鴨五羽と大爪熊二頭なんて、普通は狩れませんよ? ふふ」
大爪熊を仕留めた二人に笑顔を向けるフィローラ。
「フィローラ、この巨体は持ち帰れないぞ?」
レオリアが疑問を投げかける。
いくらこの三人でも、巨体を誇る大爪熊を二頭も運ぶことはできない。
「必要な肉だけ解体しますね」
フィローラが腰のナイフを取り出し、慣れた手つきで大爪熊の解体を始めた。
皮を剥ぎ、肉を削ぐ。
それを用意していた麻袋に、次々と入れていく。
その手際の良さは、シェリーナとレオリアが感嘆の声を上げるほどだ。
「余った部位はどうする」
「森の栄養になるんですよ。小型の肉食動物や、虫、地中の微生物が処理します」
「なるほど。自然は凄いな」
感心したレオリアが頷く。
「ところで、課長とエリザベータさんは大丈夫でしょうか? エリザベータさんは課長が嫌いみたいなんですけど……」
早々に狩りを終えたシェリーナは、二組に分かれていたことを思い出した。
もう一組はオリハルトとエリザベータだ。
シェリーナは内心、心配していた。
「そんなことないわよ?」
「うむ」
フィローラが否定すると、レオリアが同意して頷いた。
「え? だって、課長はいつも困ってますけど……」
「むしろ、エリザベータちゃんは、課長が気になって仕方ないのよ。ふふ」
「うむ。だが、エリザベータですら、課長の素性は追えていない」
三人が顔を見合わせた。
「確かにそうですよね。課長は謎すぎます。攻撃中の私の双鎚を素手で掴みましたし」
「私の矢も掴んだわよう?」
「私の蹴りも防いだ。骨は折ったがな」
レオリアの発言に、苦笑いを浮かべるシェリーナとフィローラ。
三人とも経緯はどうであれ、結果的にオリハルトに助けられた。
異動当初は頼りないと思っていたが、今では上司として認めている。
「さあ、課長に美味しい料理を食べてもらうわよう。ふふ」
三人はキャンプ地へ戻った。
◇◇◇
キャンプ地では、リリアとアリッサが準備を進めていた。
アリッサは折りたたみ式のテーブルを広げ、仕込みを開始。
用意した野菜を切り、鍋に水を入れ、スープを作る。
今日のメインは肉だから、サッパリとした野菜スープは喜ばれるはずだ。
リリアはコンロに薪を入れ、手をかざして魔法で火をつけた。
薪は一瞬で燃え上がり、キャンプ地に白煙が上がる。
「リリアちゃんの魔法は、相変わらず凄いですね」
「そう? こんなの普通だよ」
「ふふ。普通の人は魔法を使えませんもの」
リリアは大鍋を両手に持ち、コンロの網に乗せた。
火加減を見て薪を追加する。
そして、テーブルで仕込みをしているアリッサを見つめた。
「ねえアリーちゃん。課長って……」
「課長がどうかしましたか?」
「何者なんだろうって思って……」
「実は私も知らないんです。以前から人材派遣局に在籍していたようですが、経歴不明なんです。局長は何も仰らないですし」
「アリーちゃんが知らないって……」
「エリザベータさんも分からないくらいですからね」
二人は作業の手を止めた。
「課長は私を止めるために、燃え盛る人間に飛びついて火を消そうとしたんだよ。普通そんなことする?」
「シェリーナちゃんも、レオリアちゃんも、フィローラちゃんの時も、自らを犠牲にして大怪我を負ったと聞きました」
「そうだね。全部私が治癒したもん」
「私は魔力がないので分かりませんが、彼女たちの攻撃を止めることなんてできるんでしょうか?」
「それなんだよね。普通は死ぬよ」
深刻な表情を浮かべるリリア。
対照的にアリッサが笑顔を見せた。
「課長の素性がどうであれ、彼はしっかりと仕事をしますし、アフターフォローも完璧です。顧客からの評価も高いんですよ」
「そうだね。パフェ奢ってくれるし」
「あら、いいですね。私も食べたいです。ふふ」
「じゃあ今度フルーツ堂へ行こうよ! 課長の奢りで!」
「はい。課長を誘って行きましょう」
二人はオリハルトの追及をやめて、調理を続けた。
◇◇◇




