第31話 森のメイド6
数日後、俺は局長室に呼び出された。
用件は間違いなくフィローラの派遣のことだ。
「失礼いたします」
扉をノックして入室。
局長に挨拶すると、ソファーに案内された。
「オリハルト課長、今回も大変だったようですね」
「恐れ入ります」
「フィローラさんの始末書を確認しました。彼女の能力と性格で、よく一人の始末で済みましたね」
「はい。二人目が出る直前で、なんとか止めることができました」
「そのようですね。しかし、君は力を解放しましたか?」
「い、いや、その……」
局長が書類を取り出した。
フィローラが書いた始末書だ。
「『オリハルト課長の右手に、黒い煙のようなものが視えた』と記載があります」
「た、大変申し訳ございません」
「まさか、フィローラさんが視えるとは思いませんでした。これは誤算です。君の能力は特別なのですから、今後は気をつけてください」
「重々承知しております」
俺は深く頭を下げた。
「さて、今回の事件は、下級とはいえ貴族の事件です。正直長引くと思っていました」
「思っていた?」
「ええ、驚くほど素早く対応が決まりましたよ」
局長室の秘書が、トレーにコーヒーを乗せて入室。
ローテーブルに二つのカップを置き、一礼して退室した。
「人狩りの首謀者ホレスは死罪です。財産は国が没収することになりました。家も断絶です」
「参加者もですか?」
「ええ、下級貴族グレゴリー、商人イーサタも同じです。近日中に執行されます」
「早すぎますね。もしかして、死罪という名の口封じですか?」
「そうなりますね。騎士団や元老院まで顧客がいる可能性が高いです」
局長が神妙な表情で、コーヒーを口にした。
そして、音を立てずにカップをテーブルに置く。
「課長、この件は深入りしないように。いいですね」
「はい。かしこまりました」
「進展があった際は、必ず報告します。それに、君の力が必要になる時が来るでしょう。それまでは大人しくしていてください」
「承知いたしました」
これは国家を揺るがす事件だろう。
俺ごときが触れていい事案ではない。
――
局長室を出ると、廊下にフィローラが立っていた。
メイドらしく背筋は伸びて、その姿勢は美しい。
「フィローラ、どうしたんだい?」
「私のせいで、局長に怒られたのではないですか?」
「そんなことないさ。事件の報告と顛末を聞いたんだ。怒られてなんかないよ。はは」
「しかし、ご迷惑をおかけしました。それに、私のせいで課長はまた怪我をしております。大変申し訳ございませんでした」
フィローラが深く頭を下げた。
「ちょっと! やめてよ! むしろフィローラはお手柄さ。怪我だってリリアが治してくれたし、なんともないよ」
「ありがとうございます」
「ただ、今後は一人で動かないように。何かあったら、必ず俺に相談してね」
「はい。かしこまりました」
フィローラが申し訳なさそうな表情を浮かべている。
俺はいつもの優しいフィローラの笑顔が見たい。
「さ、メイド課に戻ろう」
「はい」
メイド課へ戻り自席に座る。
色々あったが、フィローラが無事で本当に良かった。
「ふうう」
背もたれにもたれかかり、俺は大きく息を吐く。
すると、フィローラが正面に立っていた。
「ん? フィローラ、どうしたの?」
「課長、今度一緒に狩りへ行きませんか?」
「狩り?」
「はい、お詫びにジビエをご馳走します」
「詫びなんていいのに。でも、狩りはいいね。俺は黒猪が好きだよ」
「奇遇ですね。私も黒猪は好きです。ふふ」
フィローラが、優しく微笑みかけてくれた。
やっぱりフィローラの笑顔は本当に癒やされる。
「えー、私も行きたい! 狩りやってみたい!」
俺たちの話を聞いていたリリアが、元気よく手を挙げた。
「構わないけど、リリアは弓を使えるのかい?」
「ま、魔法で……」
「ダメだよ。リリアの魔法は力が強すぎる」
「じゃあ、私は全力で応援する!」
「あはは、それは嬉しいね」
俺の座席から最も遠い席に座るシェリーナが、小さく手を挙げていた。
「あの、私もいいですか?」
「え? シェリーナはその……」
「大丈夫です。消滅させませんから」
「はは、それなら安心だ。じゃあ一緒に行こう」
シェリーナの隣りに座るレオリアが、腕を組みながらこちらに視線を向けていた。
「ふむ、私も行こう」
「レオリアは弓を使えるのかい?」
「いらぬ」
「そ、そうだね。はは」
レオリアの蹴りがあれば、熊でも一撃で倒すだろう。
「ねえ、エリザベータさん、私たちも行きませんか?」
「狩り? 面倒よ」
「でも、私たちが行けばメイド課の全員が揃うんですよ? 今まで全員で出かけたことなんてありません。初めてですよ?」
「もう、仕方ないわね」
「ふふ、楽しみですね」
「アリッサ。あなたが料理するのよ?」
「構いませんよ。それじゃあ、ジビエのコース料理にしましょう」
エリザベータさんとアリッサさんの会話が聞こえたのだが、疑問が浮かぶ。
アリッサさんは料理が上手いと聞いたことがあるので問題ないが、エリザベータさんが狩りなんてやるとは思えない。
「あの? エリザベータさんは狩りができるんですか?」
「はあ」
エリザベータさんが深くて大きな溜め息をつく。
「私にできないことがあると思って?」
「そ、そうですよね。大変失礼しました」
また睨まれてしまった。
本当に怖い……。
「でも、エリちゃん虫が苦手じゃん」
「それはあなたも同じでしょう、リリア」
「うっ……」
リリアとエリザベータさんの会話を聞いたフィローラが、全員を見渡す。
「じゃあ、皆さんの虫嫌いを克服するために、朱百足の姿焼きをお出ししますね」
「ちょっと、やめなさいって。行かないわよ」
エリザベータさんが物凄い剣幕で拒んでいた。
「俺は食べますよ。あれは本当に旨いですからね」
「本当ですか? 課長がそう仰るのなら、私もチャレンジしてみます」
シェリーナが小さく手を挙げていた。
「え? シェーナちゃん食べるの!? じゃあ、私もちょっとだけかじってみようかな。ちょっとだけ」
リリアが少しだけ興味を持っているようだ。
「ふむ。チャレンジは大切だ。私もいただこう」
レオリアは腕を組みながら頷いていた。
「あらー、じゃあたくさん獲りますね」
手を叩き嬉しそうに笑顔を浮かべるフィローラ。
「そういえば、朱百足は海老に似た味と聞いたことがあります。海老と思えば、私も食べられるかもしれません」
アリッサさんが現実的な意見を述べている。
「ちょっと、アリッサまで。やめなさいよ」
そして、エリザベータさんはいつものように怒っていた。
俺がメイド課に来た時よりも、賑やかな雰囲気になっているような気がする。
もしかしたら俺のことを、少しだけ認めてくれているのかもしれない。
異動したばかりの時は、張り詰めた空気感で俺は緊張していた。
いや、今も緊張しているが、以前よりは心地良いと感じている。
「みんなで狩りか。楽しみだな。はは」
これほど穏やかな気持ちで仕事をするのは初めてだ。
大騒ぎするメイドたちを、俺はただただ眺めていた。




