第30話 森のメイド5
俺はフィローラを迎えに行くため、日没を迎えた森に入った。
フィローラが暴走している可能性があるため、森の中を走る。
「はあ、はあ。どういうことだ? 三十人くらいはいるぞ」
俺は森の中で、大勢の人間の気配を感じた。
だが、その気配は少しずつ数を減らしていく。
状況が把握できない。
まずはフィローラを探すことが先決だ。
痕跡を辿ると、キャンプ地が見えた。
しかし、ここには人の気配がない。
夜の狩りに出たのだろうか。
俺は呼吸を整え、瞳を閉じ、集中して周囲の気配を探った。
「気配が……、命が消えていく……」
人の数が減っていくこの状況は、どう考えても異常だ。
フィローラを探さなければ。
「ん? 女性の声?」
女性の怒鳴り声が聞こえた。
フィローラの声に近い。
俺は声の方向へ走った。
「いた! フィローラだ!」
地面に尻をつけ、後退りする男に向かって、弓を構えていた。
どう見ても殺すつもりだ。
懸念した通り、フィローラは暴走していた。
「くそっ!」
無慈悲にも矢が放たれてしまった。
俺は咄嗟に、フィローラと男の間に飛び込む。
「間に合ええええ!」
そして、右手を伸ばし、なんとかフィローラの矢を掴んだ。
「ま、間に合ったー」
「え? 課長? 嘘でしょう?」
「フィローラ、迎えに来たよ」
「私が視えなかった?」
俺は右手に持つ矢をへし折り、地面に放り投げた。
「課長、どうしてこんな場所へ?」
「いや、ちょっと君が心配でね。それにしても、相変わらず凄い弓だね」
右掌に視線を向けると、摩擦で焦げついていた。
「私の矢を掴んだんですか?」
「手を伸ばしたら偶然掴めたよ。間に合って良かった」
「偶然で矢が掴めるんですか?」
「気を悪くしたらごめんよ。俺も必死だったから、よく分からないんだ。はは」
フィローラが弓を放った瞬間、俺は全力で飛びかかり、右手を伸ばし矢を掴んだ。
偶然とは言うものの、もちろん見えている。
男に視線を向けると口から泡を吹き、失禁して気絶していた。
右足には矢が突き刺さっている。
「さて、状況を聞かせてもらえるかな」
俺はフィローラに近づき、その手からそっと弓を取った。
――
「なるほど、人狩りだったのか」
「はい。首謀者はホレス・アントムです」
「それでホレスの金回りが良くなっていたのか」
「どういうことですか?」
「第三街区の屋敷を見ただろう?」
「はい。下級貴族とは思えない豪邸でしたし、郊外の別荘も立派なものでした」
「つまり、この人狩りで金を稼いでいるということさ」
「富裕層に顧客がいるということですね。これは商人のイーサタ・ベルシです」
フィローラが倒れている男を指差した。
「ねえ、フィローラ。気配からあと四人の人狩りがいるようだけど?」
「分かるんですか?」
「まあね」
「残りは下級貴族グレゴリー・ナークとその執事。そして主催のホレスと執事です」
「分かった。あとは俺に任せて。君はここで待ってるんだ」
周囲を確認すると、イーサタの執事が首を折られていた。
フィローラがやったのだろう。
この状況から、不問にすることは可能だ。
もちろん、内部的な始末書は必要だが……。
「一緒に行きます」
「もう殺さない?」
「もちろんです。ふふ」
「本当に? 約束できる?」
「はい。この場は誓います。それに、私がいると便利ですよ?」
笑顔を見せるフィローラ。
「この場はって……。まあいいか、時間がない。今も命が消えている」
「……急ぎましょう」
このイーサタは放置しても死なないだろう。
後ほど人材派遣局に連絡する。
俺たちは森を移動した。
「課長、あちらです!」
「ありがとう」
俺は気配を探っているが、フィローラは確実に見えている。
眼鏡に魔力を注ぐという、信じられない能力だ。
「いました。グレゴリーと執事です」
「了解!」
俺は無音で接近し、二人の首筋に手刀を叩き込んだ。
気を失い、その場に倒れる。
「課長、速いですね」
「はは、偶然さ」
「偶然って……」
「あとは主催のホレスか。急ごう。もう半分くらい死んでいる」
「分かりました」
しばらく森を移動すると、少し先で蛍光色の物体が地面に倒れ込んだ。
「くそっ、間に合わなかったか!」
「課長、ホレスです!」
俺はフィローラが指差す方向へ走った。
弓を構えた男が二人立っている。
ホレスと執事だ。
「もうやめるんだ!」
俺はホレスの前で、両手を広げて立ち塞がった。
「な、なんだ貴様は! 誰だ!」
「人材派遣局だ!」
「人材派遣局だと? なるほど、そのメイドが呼んだのか。見た目がいいから、次も使ってやろうと思ったのだがな」
「お前に次なんてない。ここで拘束する」
ホレスの表情が一変。
驚いたかと思いきや、突然大声で笑い始めた。
「ふはははは! 役人風情が何を言っている! 貴様らごときに貴族である私を捌けるわけがない!」
「な、なんだと!?」
「私の顧客には、国家の上層部もいるのだよ。残念だったな。裁かれるのは君たちだ。いや、面倒だ。この場で狩ってしまおう」
ホレスが右手を上げると、執事が躊躇なく俺に矢を放った。
だが、俺は身体の正面でその矢を掴む。
そして、執事へ飛び込み、みぞおちを殴りつけた。
「ぐほっ!」
その場に倒れ込む執事。
気絶しているだけだが、肋骨は何本か折れているだろう。
「お前を止める」
「き、貴様! 私を誰だと思ってる!」
「ただの快楽殺人者だ」
俺はホレスに近づく。
「くそっ! 死ね! 死ね!」
ホレスは叫びながら何度も矢を放つが、俺は全て掴み取る。
俺に矢は効かない。
「な、化け物か!」
「どっちがだ。快楽のために、人を殺すお前のほうが化け物だろう?」
「ま、待て……」
「お前のような殺人者は、この世に存在してはいけない」
「待つんだ! か、金をやる! 金をやるから!」
ホレスが弓を放り投げた。
そして、両手を上げ無抵抗のポーズを取っている。
「こ、降伏する!」
「今さら? もう遅い」
「き、貴様は無抵抗の人間を殺すのか!?」
「それはお前だろう? 今日だって何人殺した?」
「ま、待て! 私に手を出すと……」
「死ね」
俺は構わずホレスの顔に、ゆっくりと右腕を伸ばした。
「課長! ダメです!」
背後からフィローラの叫び声が響く。
俺は我に返る。
「あ……」
「ねえ、課長? 私に殺すなと言って、何をしようとしました?」
「え? い、いや、ホレスを止めようとしただけだよ」
「ふーん。死ねって言いませんでしたか?」
「言ってない。言ってないよ」
俺が触る前に、ホレスはその場に崩れ落ちた。
泡を吹いて気を失っている。
「ねえ、課長。その腕は何ですか? 信じられない物が視えましたけど?」
「え? 何のこと? 普通に触ろうとしただけさ」
「ふーん。じゃあそういうことにしておきますね」
もしかしたら、フィローラの魔力を帯びた眼鏡には視えたのかもしれない。
俺の能力が……。
俺は周囲の気配を確認するために、森を見渡した。
「もう人の気配は感じない……。全員殺されてしまったようだ……」
「そうですね。私に視えるものは、もう死体だけです……」
「フィローラ。悪いんだけど、死体の場所を教えてくれるかい? 全員集めて、祈りを捧げたい」
「分かりました」
フィローラに指示してもらい、俺は狩られてしまった二十人を並べた。
そして、時間をかけて祈りを捧げる。
本当は埋葬してあげたいが、今は埋葬できない。
営業課が身元確認するはずだ。
「皆さん、助けられずにごめんなさい」
「課長、泣いてるんですか?」
俺はもう一度祈り、袖で顔を拭った。
「さあ、帰ろう」
「……はい」
フィローラと二人で森の外へ出ると、月は頭上に来ていた。
「課長、お腹が空いてませんか? 密かに焼いておいた食材があるんです。食べますか?」
フィローラが、麻袋から焦げた朱百足を取り出した。
悪戯な表情を浮かべているフィローラ。
俺を元気づけようとしてくれているのだろう。
きっと俺が騒いで拒否することを予想しているはずだ。
しかし……。
「いただいてもいいかな?」
「え? 食べるんですか?」
「もちろんさ。朱百足は旨いよね」
「へえ、本当に食べるんだ」
フィローラが笑っている。
「私も食べようっと」
隣で朱百足をかじるフィローラ。
「まさか、課長が虫を食べるとは思いませんでした。ふふ」
「食べられるものは何でも食べるさ」
「へえ、たくましいですねえ」
「フィローラは平気なのかい?」
「私は森育ちなので。ふふ」
俺たちは虫を食べながら、月が照らす街道を歩いた。




