第29話 森のメイド4
「くそ、遅くなってしまった」
フィローラが心配になってメイド課を飛び出したのだが、途中で執事課の課長に捕まってしまった。
あの人は話が長い。
さらに清掃課の課長まで加わったことで、結局ランチまで一緒に食べることになってしまった。
俺は急いで現場の別荘地へ向かった。
――
別荘に到着すると、庭を清掃している従者の姿があった。
「人材派遣局メイド課の者です。本日派遣したメイドを迎えにあがりました」
「人材派遣局? ああ、メイド課の方ですね。わざわざご苦労さまです。予定ではもう戻られると思います」
「そうですか。では、森へ迎えに行ってきます。ありがとうございました」
呼び止めようとした従者だったが、俺は構わず森へ向かった。
今回は大人数で森に入っているはずだ。
いたるところに痕跡は残っている。
追跡は容易だ。
◇◇◇
日没を迎え、森が闇に覆われていく。
フィローラは帰還せずに、森の中で待機していた。
まるで狩りをするかのように気配を消し、キャンプ地から離れた場所で様子を窺う。
今回の狩りは不審な点が多く、フィローラはそれを確かめるつもりだった。
「やっぱり……」
小さくつぶやき、拳を握りしめた。
従者たちは上半身を裸にされ、夜行草から抽出されたオイルを塗られている。
これは夜でも発光する液体だ。
さらに両腕を背中で縛られて、重りをつけられている。
「人狩り……」
フィローラは小さく呟いた。
昔の貴族は娯楽として、買った奴隷で人狩りをしていたという。
現在では奴隷制度が廃止され、当然ながら人身売買は禁止されている。
「昼間の動物といい、命を何だと思っている……」
常に穏やかなフィローラの表情から、笑みが消える。
二十人ほどの従者だった者たちが森に放たれた。
一斉に森に散らばっていく。
「どうせ、朝まで逃げ切れば解放するなんて、甘いことを言っているのでしょうね。逃がすつもりなんてないのに」
貴族ホレス、貴族グレゴリー、商人イーサタの三人が、それぞれの執事を従えて、森へゆっくりと入っていった。
――
「イーサタ様。今回は何人狩れますかね」
「今回こそ私が一位を取る。ひひ」
イーサタが弓を構え、森の中でぼんやりと光る獲物に向かって矢を放った。
「ぎゃっ!」
暗闇に人の悲鳴が響く。
「急所を外したか」
「では、失礼して。私も……」
執事が弓を放つと、光る物体は地面に横たわった。
全く動かない。
「イーサタ様! 私が仕留めました!」
「執事の分際で!」
二人とも人狩りを心から楽しんでいる。
主人に逆らえない執事は、当初共犯者にされ、無理やり人狩りに参加させられていた。
しかし、一度人狩りを覚えてしまうと味をしめる。
最初は反対していた執事たちも、今や率先して人狩りを楽しんでいた。
――
「なんてことを……。許さない」
フィローラは気配を消したまま、商人イーサタに接近。
そして、執事の背後に忍び寄り、首をへし折った。
鈍い音を立てて、その場に倒れる執事。
「な、なんだ!? 誰だ!」
異変を感じたイーサタだが、暗闇で状況が把握できない。
フィローラは倒れた執事から、弓と矢筒を奪い取る。
森を覆う枝葉の隙間から月光が差すと、フィローラを映し出した。
「ねえ、豚さんは逃げないのお?」
フィローラの眼鏡に月光が反射する。
その影響で、美しい翠玉色の瞳は見えない。
だが、口元は僅かに口角が上がっており、笑っているようにも見える。
「き、貴様は! メイド!」
「あらあ、豚って喋るのねえ」
「な、なんだと!」
イーサタは突然のことに狼狽えつつも、弓を構えようと腕を動かす。
しかし、フィローラが矢を放ち、イーサタが持つ弓の弦を切り落とした。
弦楽器を指で弾いたような音が、森に鳴り響く。
「なっ!」
「ほら、逃げなさいよ、豚さん。狩ってあげるから」
もう一度弓を構えるフィローラ。
「ま、待て」
イーサタは使い物にならなくなった弓を地面に落とし、両手を胸の前に突き出しながらゆっくりと後退する。
「こんなことをして、どうなるのか分かってるのか!」
「どうなるかって? それは豚さんのほうでしょう? 人狩りは重罪よ?」
構えた弓が狙う先は、イーサタの眉間だ。
「ま、待つんだ!」
「逃げ切ったら許してあげるわよ? なんなら、また私の髪の匂いを嗅いでもいいわよう? いい匂いだったでしょう? 森のハーブを使ってるもの」
「待つんだ!」
フィローラが大きく息を吸った。
「逃げろって言ってんだろ!」
「ひっ!」
悲鳴を上げながら、走って逃げるイーサタ。
だが、どこへ逃げてもイーサタに逃げ場はない。
フィローラは眼鏡に魔力を注ぐことで、暗闇でも容易に視界を確保できる。
さらに、獲物の急所を浮かび上がらせることが可能だった。
「ほらほら、逃げろ豚が!」
叫ぶと同時に、口に手を当てるフィローラ。
「あら、私としたことが。はしたない言葉遣いだったわねえ。ふふ」
フィローラは、無様に逃げ惑うイーサタに向かって矢を放つ。
元々弓の腕前は超一流のフィローラだ。
弓に魔力を注ぐ必要がない。
そのため、狩りで最も大切な視界を確保していた。
音を置き去りにするかのように放たれた剛弓は、容易にイーサタの右足を貫いた。
「ぎゃああああ!」
「狩られる者の気持ちが分かったかしら?」
地面に転げ回るイーサタ。
「た、頼む! 助けてくれ!」
「だーめ。害虫は駆除するのよ」
「か、金をやるから! 頼む! 頼む!」
フィローラは、イーサタの眉間に向かって無慈悲に弓を放った。
◇◇◇




