第28話 森のメイド3
◇◇◇
狩りは順調だった。
主催のホレスの弓は、なかなかの腕前だ。
鹿や兎を次々と狩っていく。
「わあ、ホレス様、お上手です!」
「そうであろう! そうであろう! わはは!」
獲物に命中すると、フィローラは拍手をして歓声を上げた。
ホレスも若い女性に褒められたことで機嫌がいい。
ホレスの執事がメイド課に依頼した理由は、配下に虫が平気な者がいなかったこともあるが、なにより若い女性による接待を期待していた。
メイド課のメイドたちは、全員が容姿端麗と評判だ。
主人と客を喜ばせるための依頼だった。
三人は競うように獲物を狩っていく。
その都度、フィローラは笑顔で褒め称える。
執事の思惑通り、三人は気を良くしていた。
獲物は最後尾の従者が荷車に載せて運んでいる。
もうすでに十分の獲物を狩っているが、三人は狩りをやめない。
狩人から見れば、狩りすぎだと怒るだろう。
フィローラは狩人ではないが、食べるために狩りをする。
そのため感覚は狩人と同じではあるが、貴族たちが娯楽のためだけに狩りをすることも理解している。
それにホレスたちは顧客だ。
何も言わず、ただ笑顔で称えていた。
――
キャンプ場に到着すると、先に先発隊のコックがすでに調理を開始していた。
調理の手を止め、ホレスに頭を下げる。
「ホレス様。ご自身で狩った獲物の調理はいかがいたしましょうか?」
「いらぬ。用意したメニューを出せ」
「か、かしこまりました」
この会話を聞いたフィローラは、荷車に視線を向けた。
従者の一人が、狩猟した獲物を解体している。
しかし、食材として使用する解体方法ではない。
自分でも食肉を解体するフィローラは、一瞬でそれを理解した。
鹿の角、兎の皮など、戦利品として必要なものだけを切り出している。
もったいないと思いつつも、表情には出さず仕事をこなすフィローラ。
主人たちに食事を運び、ワインを注ぐ。
そして、主人たちが気づかないように、キャンプ地を這いずり回る朱百足や、飛び交う大蛾を素手で捕まえて麻袋に入れていく。
虫の処理もフィローラの仕事だ。
「フィ、フィローラ様。素手で……」
ホレスの執事が、若干引いた表情を浮かべていた。
「問題ございません。それに、この朱百足は焼くと美味しいのですよ? あとでお焼きしましょうか?」
「あ、ありがたいことでございますが、ご遠慮させていただきます……」
「あらあ、もったいないですわあ」
つい素が出てしまったフィローラだった。
主人たちは食事を終え、午後の紅茶を楽しんでいる。
その間に、従者たちに食事が提供された。
フィローラが見た限り、食事の内容は従者にしては豪華なメニューだ。
ホレスは従者を大切にするのだろう。
――
午後も同じように狩りを続けた。
「君もやってみるか?」
商人のイーサタが、フィローラに向かって笑顔を向ける。
笑顔と言っても、どう見ても下心しかない。
「私は弓を持ったことがございません」
「ひひ、教えるから」
イーサタは、フィローラに無理やり弓を持たせた。
そして、背後に周りフィローラの両手を握る。
「両手をこうして引っ張るんだ」
「こうですか?」
「上手いじゃないか。ひひ」
フィローラの背中に、突き出ただらしない腹が当たり、耳元から激しい呼吸音が聞こえる。
髪の匂いを嗅がれていることも気づいていたが、フィローラは笑顔で応え、一度だけ弓を射った。
矢はまともに飛ばず、すぐに失速して落下。
「ほら、もう一回」
「イーサタ様、ありがとうございます。ですが、私に弓は難しいです」
フィローラは一礼し、波風立たぬように配慮しながらイーサタから離れた。
もちろん、わざと失敗している。
フィローラが本気を出せば、ここにいる誰よりも剛弓を放つ。
「皆様の腕前は、騎士団に勝るとも劣りません。私は見ているだけで十分でございます」
フィローラの言葉は、半分世辞で半分本気だった。
三人ともなかなかの腕前で、次々と狩っていく。
とはいえ、食べるための狩りではなく娯楽だ。
積み重なっていく死骸を見て、フィローラの胸中は穏やかではなかった。
日が傾き、そろそろ夕焼けが始まる頃、執事が懐中時計を取り出した。
「フィローラ様、そろそろお時間でございます。本日は誠にありがとうございました」
「とんでもないことでございます」
「虫の駆除は大変助かりました」
フィローラが集めた虫は麻袋に入れたままだったが、執事が処理するだろう。
「我々はしばらく休憩してから、夜の狩猟へ出ます。フィローラ様はここまでで結構でございます」
「かしこまりました。夜は焚き火に虫が集まってきますので、こちらのオイルを使用してください。虫除け成分が入っております」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。じつは昼間もこのオイルを使用していました」
「なるほど。ありがとうございます」
「ではこちらの書類に、終了のサインをいただけますか?」
執事から業務終了のサインをもらうフィローラ。
「フィローラ様、別荘までお送りします」
フィローラ以外の者たちは、このキャンプ地に宿泊するという。
従者たちがテントの設営を始めていた。
「私は森に慣れておりますので、問題ございません。お気遣い感謝申し上げます」
「そ、そうはいっても」
「お気持ちだけいただきますわ。ふふ」
執事に笑顔を見せるフィローラ。
そして、帰宅の準備をしてキャンプ地を後にした。
――
フィローラは森の中で立ち止まる。
この森に入ってから、ずっと違和感を抱いていた。
「多すぎる従者。豪華な食事。わざわざ宿泊してまで夜の狩り。もしかして……」
キャンプ地があった方向に視線を向けた。
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