第27話 森のメイド2
◇◇◇
派遣当日を迎え、フィローラは指定された通り、早朝から第三街区へ向かった。
メイド服に袖を通し、右手で革製のトランクケースを持ち、優雅に街道を歩くフィローラ。
高級住宅街の第三街区は、貴族や豪商たちの家が立ち並ぶ。
今回の依頼主であるホレス・アントムは下級貴族だが、第三街区の一等地に居を構えていた。
周囲の屋敷と比べて、一際大きな屋敷の門の前に立つフィローラ。
門には守衛もいる。
「大きなお屋敷ですねえ」
フィローラが書類を守衛に提出すると、待合室に通された。
――
「人材派遣局のフィローラ・トワネルと申します」
「フィローラ様、お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします」
アントム家の執事と挨拶を交わし、さっそく配下専用の馬車に乗り込み出発。
料理人などは、前日から森の別荘に泊まり込んで準備をしているそうだ。
執事も当然ながら同行する。
四人乗りの馬車内で、対面に座るフィローラと執事。
「フィローラ様、本日はご依頼を受けていただき、誠にありがとうございました」
「とんでもないことでございます」
「本日は狩猟パーティーになります。フィローラ様は森の中のキャンプ地で、給仕をしていただきます」
「かしこまりました」
その後は、仕事内容と来賓者の説明を受けた。
現場に到着すると、三人の男が談笑している。
男たちは、見るからに高級な狩猟服に袖を通していた。
主催者である下級貴族ホレス・アントム。
同じく下級貴族グレゴリー・ナーク。
そして、商人イーサタ・ベルシだ。
三人とも四十代で同世代だという。
グレゴリーもイーサタも、執事を伴っていた。
三人は弓を持ち、森へ向かう。
森の中にキャンプ地が用意されており、そこまで狩猟を楽しみながら歩くという。
三人の執事とフィローラは、その後をついていく。
フィローラたちのさらに後方に、荷車を引く従者がいた。
その人数は二十人ほどだ。
従者としては多いが、フィローラ以外はキャンプ地に宿泊するという。
貴族たちの荷物が多いのだろう。
◇◇◇
俺は朝礼を済ませ、自席に戻った。
今日はフィローラが直接現場へ向かっている。
終了は夕方になるため、フィローラは直行直帰だ。
俺の左正面の席に座るエリザベータさんが、冷たい視線でこちらを見つめている。
「ねえ、オリハルト君。今日のフィローラだけど……」
「はい、直行直帰です」
「そんなことは分かってるわよ。人の話は最後まで聞きなさい。本当にバカなんだから」
「す、すみません……」
朝から怒られてしまった。
まあ、いつものことではあるが……。
「今日は狩猟パーティーなんでしょう?」
「はい、そうです。森の中で給仕ですから、フィローラしかできない仕事です」
「そうね。うちの課で虫が平気なのは、あの子だけだもの」
「はは、エリザベータさんにも苦手なものがあるんですね」
「ええ、そうよ。私だって嫌いなものはあるわ。虫とか、バカな上司とかね」
「ぐっ」
いつもの仕返しをしたつもりが、華麗に返されてしまった。
エリザベータさんには絶対に勝てない。
「ところで、フィローラの顧客の貴族。ちょっと怪しいわよ」
「ホレス・アントム様ですか?」
「下級貴族なのに、金回りが良すぎるという噂があるわ」
「そう言われれば確かに……。つい最近、第三街区の一等地に居を構えたとか……」
「なぜかしらね」
「エリザベータさんは、理由をご存知なんですか?」
「そこまで知るわけないでしょう。それに、それを調べるのがあなたの仕事じゃなくて? 本当にバカな上司ね」
「す、すみません」
俺は焦りながら頭を下げた。
しかし、エリザベータさんは怒っていないようだ。
珍しく俺をまっすぐ見つめている。
「ねえ、オリハルト君。下級貴族ごときが、急激に金回りがよくなる理由って何かしら?」
下級貴族とはいえ、貴族をごとき呼ばわりするのはエリザベータさんしかいないだろう。
「商売が上手くいっているのではないでしょうか」
「あの貴族は商売してる?」
「表立っては聞きませんね」
「表立ってねえ。じゃあ裏があるのかしら?」
「え? 裏?」
表立ってという言葉を使ったが、別に怪しんでいるわけではない。
だが、エリザベータさんの言葉が胸に刺さった。
「真面目な話、私もホレス・アントムが何をしてるか分からないわ。だけど、急激に金回りが良くなる場合って、ほとんど犯罪なのよ」
「じゃ、じゃあ、フィローラは!」
「さすがに人材派遣局を巻き込む可能性は低いと思うわ。だけど、犯罪者の心理なんて分からないもの」
「確かにそうですね。これまでも信じられない猟奇的な事件ばかりでしたし……」
俺が呟いたタイミングで、アリッサさんが俺の机にコーヒーを置いてくれた。
胸にトレーを抱えながら、俺に視線を向けている。
「エリザベータさんの仰る通り、その貴族が犯罪行為をしていたら……」
「フィローラが危険です!」
俺は椅子から立ち上がった。
しかし、エリザベータさんは呆れた表情を浮かべている。
「だから人の話を最後まで聞きなさいよ。まったく……」
エリザベータさんの言葉に、アリッサさんが小さく微笑んだ。
「フィローラちゃんが自ら首を突っ込む可能性があるということです」
「フィローラ自ら……」
「そうです。彼女は普段おっとりしていますけどね。あの娘、怒ると……」
「はっ!」
俺はエリザベータさんの顔を見つめた。
「何よ?」
「い、いえ」
エリザベータさんはメイド課で最も怖い人だ。
いつ何時でも怖い。
フィローラはメイド課で最も穏やかだ。
彼女がいると場が和む。
だが、実は怒ると何をするのか分からない。
エリザベータさんが呆れた表情で、俺を見つめている。
「どうするの? 相手は貴族よ。あの子がキレたら面倒よ?」
うちのメイドは全員やりすぎる。
相手が貴族だろうと、フィローラもやりすぎてしまうかもしれない。
「た、大変だ! 見に行ってきます!」
俺はメイド課を飛び出た。




