第26話 森のメイド1
◇◇◇
「今日のお夕飯はどうしようかしら。あらあ、もうお肉が終わりだわ」
自宅のキッチンで、食材を確認する一人の女性。
名前はフィローラ・トワネル。
メイド課に所属するメイドの一人だ。
「仕事前に狩りへ行ったほうが良さそうねえ」
フィローラは眼鏡をかけ、薄緑色の長髪を一本の長い三つ編みにして、寝間着から革製の作業服に着替えた。
そして、腰にナイフを吊るし、矢筒を背負い、短弓を持つ。
自宅の扉を出て空を見上げると、東の空だけが僅かに赤みを帯びていた。
夜明けまでは、まだ時間がある。
「早朝はまだ少し寒いわね」
フィローラは自宅裏のビオリ森へ入っていった。
フィローラの自宅は第七街区だ。
新興住宅街として新たに開拓された区域で、郊外は広大な森に隣接している。
フィローラは、あえてこのビオリ森に最も近い借家に住んでいた。
理由は狩りだ。
フィローラは、自身の能力を最大限利用した狩りを得意とする。
出勤先である第六街区の古城には少し遠いが、フィローラはこの家を気に入っていた。
「あ、黒猪だわ」
まだ暗い森の中では、夜行性の動物たちが姿を見せる。
フィローラは、暗闇でも獲物を認識することが可能だ。
さっそく矢を放つと、短い悲鳴を上げた黒猪がその場に倒れた。
「ちょうどいい大きさね。ふふ」
たった一矢で獲物を仕留めたフィローラ。
ナイフを取り出し、必要な肉を切り出す。
「そういえば、リリアちゃんは夜兎が好きだったわね。狩っておこうかしら」
その後もフィローラは、夜が明けるまで狩りを続けた。
――
自宅に戻ったフィローラは、持ち帰った肉を調理しやすいように切り分ける。
そして、保冷庫へ並べていく。
保冷庫には、冷気の刻印が施された魔石が装着されており、食材の冷蔵保存が可能だ。
魔石の効力は一週間ほど。
効果が切れたら、市販されている魔石を購入するか、冷気を操れる魔法使いに魔力を込めてもらう。
いずれにしても、魔石屋で対応が必要だ。
しかし、メイド課のメンバーは、リリアが対応してくれる。
リリアの魔力は尋常ではないため、一度魔力を込めると一か月は余裕でもつ。
さらに効果も高く、冷蔵だけではなく冷凍も可能だ。
そのためフィローラは、冷蔵と冷凍の二種類の保冷庫を用意していた。
「リリアちゃんの夜兎も仕込んだし、支度をしようかしら」
フィローラは風呂に入り、狩りで付着した血を洗い流す。
そして、朝食を取り出勤した。
◇◇◇
就業時間が近づくと、みんなが出勤してきた。
続々と更衣室へ入っていく。
メイド課のメンバーは、職場でメイド服に着替える。
私服は出勤時と帰宅時だけなので、俺にとっては未だに新鮮だ。
もちろん、直接現場へ向かう時は、自宅からメイド服を着用する。
そのため、メイドたちはメイド服を何着も保有していた。
「何見てるのよ?」
「い、いや、私服のみなさんは新鮮だなと思って……」
「はあ? そういう目で見ないでくれる? 本当にキモいわね」
「す、すみません……」
エリザベータさんが百足でも見るかのように、俺を睨んでいた。
そういう目とはどういう目なのかよく分からないが、だが確かにエリザベータさんの言う通りだ。
管理職としては不適切だったかもしれない。
「おはようございます」
メイド課の扉が開くと、優しい挨拶とともにフィローラが姿を見せた。
「リリアちゃん、お土産を持ってきたわよ」
「お土産?」
「今朝狩ったばかりの夜兎よ」
フィローラがリリアに麻袋を手渡した。
「え! いいの!」
「もちろんよお。リリアちゃんには魔石でお世話になっているもの」
「わー、嬉しい。ありがとう、フィーラちゃん」
「ふふ、また魔石をよろしくね」
「もちろんだよ!」
フィローラは狩りをすると聞いている。
若いのに相当な腕前だそうだ。
俺はフィローラに視線を向けた。
「フィローラ、朝礼が終わったら、ミーティングルームに来てくれ。仕事の依頼だ」
「はい。承知いたしました」
――
「失礼します」
ミーティングルームにフィローラが入室してきた。
鮮やかな黄色い瞳を隠すかのように、大きな丸いメガネをかけている。
フィローラが一礼すると、深緑色の長い三つ編みが大きく揺れた。
フィローラは弓の名手でもあるため、髪の毛が邪魔にならないようにしているのだろう。
フィローラのメイド服は、オーソドックスな長袖タイプだ。
黒を基調としており、襟とカフス、スカート裾のフリルが白い。
純白のエプロンは、胸からスカートの裾まである。
これはシェリーナと同じメイド服だそうだ。
フィローラの年齢は二十四歳。
俺の一つ下なのだが、その雰囲気から年下に思えない。
メイド課で最も落ち着いた女性だ。
流れるような所作で、フィローラは席につく。
「今回の派遣は、貴族ホレス・アントム様からの依頼だよ」
「はい、かしこまりました」
内容を聞く前に即答するフィローラ。
フィローラは仕事を選ばない。
それに、今回の依頼はフィローラ以外には無理だった。
「現場はアントム様の別荘で、森の中で狩猟パーティーのメイドなんだ。それと、依頼の条件に虫に関する項目があってね……」
「あらあ、それは私ではないとダメですね。ふふ」
今の時期は森に虫が出る。
顧客の前で虫を避けたり、怖がることはできない。
その点、フィローラは普段から森に入っており、虫にも慣れているそうだ。
「スケジュールは急なんだけど一週間後。現場のビオリ森までは馬車で行くから、早朝に第三街区のアントム様の屋敷へ向かってもらえるかな?」
「かしこまりました」
その後も少し話して、ミーティングを終えた。




