初公式試合開始前の熱狂
ついに運命のACシルク初の公式戦の日が明けた。
草太は隣でまだ寝ている恋人のレベッカを起こさないようそっとベッドから降りて朝食の準備を整える。
まずは一人で朝の市場へ向かった。空は雲ひとつない快晴であった。
市場では朝食の材料を求めて人だかりができている。
朝の市場では卵、レタス、トマトそしてベーコンを買ってきた。地球では見かけない野菜も売られているが、草太は買わない。そのような食材の調理方法が分からないものも多い。例えばこのブロッコリーのような見た目をした真っ青な野菜は現地の人たちは「プロッポリーナ」と呼んでいるが未だに草太自ら買ったことはない。レベッカはたまに買ってくるのだが、シチューに入れれば青く染まり、蒸したら青色がさらに濃くなるので食欲がわかないからだ。味はブロッコリーと変わらないのだが。
帰宅して、調理を始めることにした。
魔法コンロでは魔法陣が書かれたボタンを押すだけで火が出てくる。
(上下水道といい、微妙な生活インフラは魔法で解決してくるんだよな。そこは19世紀の地球より優ってるな)
フライパンで卵とベーコンを焼いているとレベッカが起きてきた。
「ソウタ、おはよう。今日は早いのね」
「レベッカ、おはよう。今日は誕生日だね。おめでとう。」
草太は別の部屋へ向かい、21本の薔薇の花束を持ち出してきた。
「愛してるよ、レベッカ。」
レベッカは少しだけ頬を膨らませた。
「もう!寝起きに花のプレゼントなんてもう少し雰囲気を考えて欲しいわ。でも、ありがとう。」
朝食を食べた後、2人はさっそく試合会場に向かった。
-シルク村立陸上競技場-
5300人収容の文字通りの陸上競技場だ。
屋根付きのメインスタンドにはベンチ型の椅子が並べられ、バックスタンドには屋根はないがこれまたベンチが並べられている。
ゴール裏は傾斜のついた立ち見席だ。
試合自体は夕方5時からだが、いてもたってもいられず草太はレベッカを連れて9時にスタジアム前に到着した。
「草太、サブリナもクラウディアさんも試合運営のパブロも、それとボランティアの人たちが来るのも1時の予定よ。まだ誰も来ないわ。」
「分かってるけど、居ても立っても居られないよ。」
そうしてまず2人は門の前にテントを作った。そして荷物検査のための机を並べる。
次に売店の準備を始めた。
売店のテントを立て、そこにユニフォームとタオルマフラー、さらにロゴ入りのハンドタオルを並べていく。
市販用ユニフォームは1着5500ルカ、タオルマフラーは2000ルカ、ハンドタオルは500ルカだ。
ユニフォームには、『仕立て屋ファランス』『スノリマ商会』『ソラタオル製作所』『グランコ山オレンジ農園』のほか、新規スポンサーである『シルク村漁協組合』のロゴが入っている。
11時になり、サブリナが3人の少女を伴いやってきた。
「ソウタさん、レベッカ先輩。おはようございます!」
レベッカが返事をした。
「おはよう、サブリナ。この子達は?」
「私の中学時代の友達です!左からエレナ、ルシア、ベアトリスです!私と一緒に物販を手伝ってくれることになりました!」
「3人とも、ありがとう!」
すると、少し気の強そうなルシアが前に出た。
「サブリナのお願いでしたから。理事さん、私達と4歳しか違わないのに経営者なんですよね。顔もいいですし、今度私たちのホームパーティに……」
とルシアが言いかけたところで、ズン!と草太は足に痛みを感じた。
グリグリ、とレベッカは草太の足を踏んづけている。
「そ、それはありがたいな。今度、副理事のレベッカと一緒に行くね」
サブリナはルシアに小声で話しかけた。
「それはやばいって。言ったでしょ。ウチの理事と副理事は付き合ってるって」
「ワンチャンあるかなって思ったの。」
そしてエレナ、ルシア、ベアトリスはたった3つしかない商品を見た。
「え?見て見て、このハンドタオル!糸巻き模様のロゴとか可愛い!」
するとサブリナは自慢げにベアトリスに声をかけた。
「そうでしょ、女の子向けの商品だって作るんだから!はい!これは私たち販売員用のユニフォーム!服の上から着てね!」
そして昼の12時過ぎにサブリナの姉のマリーナが数人の女性たちを連れてやってきた。
「お久しぶりです。ソウタさんとレベッカさん。妹がいつもお世話になっています。」
「サブリナさんはとても優秀ですよ。今日も友達を連れて物販を手伝ってくれるんです!」
「ありがとうございます、ソウタさん。妹もACシルクで働いて、高校にも通わせていただいて、責任感が増したというか……」
「もう!お姉ちゃんはそういうのいいから、あっちでオレンジジュース販売の準備をしてきて!」
「はいはい。またあとでね」
それから12時半ごろになり、草太とレベッカが主催者室で昼食のパンを食べていると、クラウディアが1人の少年を連れてやってきた。
「理事、副理事。お疲れ様です。あと、この子は息子のバルトシュです。」
バルトシュはレベッカに話しかけた。
「お姉さん!僕はサミル小U-10のキャプテンなんだ!お母さんのクラブに入れてくれない?」
「そうね。今はユースチームを持ってないから、ユースができたらセレクションを受けてちょうだい。」
「む。僕ならトップでもやれるよ!」
草太は笑いながら、自身が着る予定だったユニフォームをバルトシュに着せた。
大人用だからぶかぶかだ。
「これは頼もしい若手だね。契約料はこのユニフォームだよ。今度前座として小学生大会を開くのもいいね。」
「はぁ、すみません。この子は威勢だけはいいんだから。」
クラウディアは仕事では決して吐かない溜息をついた。
「お兄ちゃん、ありがとう!お母さん、先にスタンドに行ってるからね!」
バルトシュは元気に部屋を飛び出した。
「廊下を走らない!」
クラウディアは決してクラブハウスでは見せない顔をしてバルトシュの後を追った。
1時になり、パブロとボランティアが10人ほどやってきた。意外だったのは公開説明会の時にあれだけACシルクを非難したタムが応募してきたことだった。
「ヒマなだけ!まだワシはあんたらを認めとらん!」とは本人の談。
そして各々の持ち場に着いた。
2時過ぎになり、漁業組合がやってきてテントを設営し、地元料理「ビルソフ」を作り始めた。
草太にはどうしてもフィッシュ&チップスにしか見えなかったが。
次にチラホラと観客らしき村人たちがやってきた。
他にも酒屋や中には道化師まで現れ始めた。
(道化師は申請が来てなかったけど……もう村の祭りだな)
草太とレベッカは苦笑するしかない。
3時を過ぎると続々と観客が押し寄せてきた。
「レベッカ、数百人来れば大成功と思ってたけどそんなんじゃ済まないぞ」
「そうね。少なく見ても1000人以上は確実にいそうね。しかもまだ2時間前なのに。」
そこにサブリナが走ってきた。
「ソウタさん、レベッカ先輩!物販売り切れました!」
「すごいわ!ユニフォーム500着、もう完売したの?」
草太は思わず目頭が熱くなった。
だが次の瞬間、20人ほどの若い学生集団が歩いてやってきた。
コビア大学サッカー部だ。
急いでレベッカは更衣室を案内した。
続いて数台の馬車が競技場に到着した。ナムとイーチェン、それに選手たちが乗っている。
すると村人たちが馬車を囲んだ。
「勝つぞー!」「大学生に負けんなよ!」「ニコくーん!こっち向いて!」
そのまま選手たちは更衣室に入っていく。
廊下で草太はナムとイーチェンに話しかけた。
「これは、すごいことになってるね。」
ナムは首を縦に振った。
「それだけシルク村は娯楽が少なかったんだ。」
そこにイーチェンが割り込んできた。
「これで負けたらシャレになんないからね?」
「プレッシャーかけないでくれ……」
3人は笑いながら更衣室へ向かったのであった。




