ペナルティ動議
レベッカがスタッフ室の扉を開けると、そこにはパブロが立っていた。
一瞬あっけにとられた草太であったが、すぐに立ち上がった。
「いま、ナム監督たちと君の話をしていたんだ。この椅子に座って。」
草太が普段サブリナが使っている席の椅子を指差すと、パブロは目を伏せたまま椅子に座った。
草太、レベッカ、クラウディア、ナムとイーチェンがその椅子を囲うように椅子を持ってきた。
一番明らかに苛立っているのは意外なことにイーチェンであった。
「あんた、まず初めに言うべきことがあるんじゃないの?」
「そ……その……」
パブロはしどろもどろに言葉を吐き出そうとするが、その姿勢がむしろイーチェンの苛立ちに拍車をかける。
「ビョルンキャプテンの胸は小突く、監督には暴言を吐く、草太理事が話し合う日を指定したのに来ない、あんたどういう神経してんの!」
続けてレベッカがパブロに冷たく告げた。
「やめるならやめてもらって結構よ。その代わりパブロからやめるというのであれば300万ルカを払わなければいけない契約書だけど、その様子だと持ってきてないわね。言っとくけどあの契約書はきちんとリーガルチェックしてるから。裁判してもいいわよ。」
草太はレベッカとイーチェンに「少し落ち着いて」といいパブロに問う。
「正直に言う。俺は君を切ろうと思っていた。ただし、それは選手として解雇する、と言うことじゃない。すでに8月から始まる選手登録申し込みの書類は西州サッカー協会についさっき郵便で提出したばかりだ。
……この意味がわかるかい?」
パブロは「俺を信じてたということ?」と答えたが草太は首を横に振った。
「違う。君はうちの選手として協会に登録される以上、よそのチームではたとえ草サッカーチームでもプレーできない、ということだよ。そして監督は君を使うつもりはない、俺はシーズンが終わるまで君を他所への移籍を認めるつもりはない、と言うことだ。」
パブロは青ざめた。
「そ、そんなことって…!」
草太はそれでもパブロへの追求をやめない。
「パブロ、ACシルクはプロクラブなんだ。地元の友達同士のサッカーチームじゃない。遊びじゃないんだ。クラウディアとサブリナが、苦労してスポンサーから集めてきた金で前金として契約料を君にも支払った。
ここで君の意思を聞こう。どうしたいんだ?」
パブロは汗が噴き出した顔を向けて言葉を絞り出した。
「チャンスを……ください。」
だが草太は首を再び横に振った。
「虫が良すぎる。誠意が感じられない。それで俺や監督が『では、今から練習に参加しろ』と言うと思うのかな?子供じゃあるまいし。23歳なんだから、どういう返答をするべきかもう一度よく考えて、再度俺の質問に答えてくれ。君はどうしたいんだ?」
「ま……まず、監督に謝罪します。申し訳ありませんでした。そしてキャプテンへの謝罪の許可をください。」
ナムはちらっと草太の顔を見た。
「監督はもういいみたいだ。
今からビョルンをここに呼ぼう。だけどあらかじめ言っておく。監督とビョルンは許しても、まだ俺は理事として君を許すつもりはない。」
そうして数十分後、練習のためにやって来たビョルンがスタッフ室にやって来た。
ビョルンは無言でパブロからの謝罪を聞いた後、肩を2度たたき、更衣室がある体育館へ向かった。
ナムとイーチェンは練習のためにスタッフ室から出ていき、クラウディアは定時を過ぎたため、帰っていった。
スタッフ室にのこった草太、レベッカ、パブロ。
部屋には風が窓ガラスを叩く音しか存在しない。
何分経ったであろう。
そのうち、外のグラウンドからは選手たちが練習をする声や音が聞こえ始めた。
ついに草太が口を開いた。
「君をこのまま経営陣として許すわけには行かない。
これは組織の規律のためだから。
これから君には最低半年間、試合運営のスタッフとしての活動および村内での奉仕活動を命じる。これを了承するなら今日のところは帰って良い。」
パブロは顔が青ざめたまま「了解しました。」とだけ告げ、元ガンサ小学校を後にした。
草太とレベッカの二人きりになったスタッフ室。
「ねぇ、ソウタ。あの許し方でよかったの?」
「まぁ、1年間も23歳の選手を干すのは俺もメンタル的に重かった、というのは本音としてあるかな。あとぶっちゃけ、試合運営スタッフがいない問題もあるからね。ここが落としどころかと思ったんだ。」
草太は軽く嘆息した。
「ねぇ、草太。試合会場はシルク村立陸上競技場を押さえてるけど、スタッフ運営どうしよう?全然スタッフがいないわ。開幕まで一ヶ月しかない。今さら求人を出しても間に合わないわ。」
「そうだね。雇うお金がないから……。うーん。ボランティアを募るしかないかな。俺の母国の地域クラブではそういう例もあるし」
「そうなのね。仕方ない。お金はかかるけど地元紙の西州新聞に広告を載せましょう。」
草太の胃は痛くなるばかりだ。
「はぁ、選手もフロントもお金も、何もかもまだまだ足りないなあ」
そういいつつ、2人は手を握り合いスタッフ室からグラウンドで練習をする選手たちを見守った。




