若者たちの決断
「おらぁ!」
ゲイルは必死の形相でゴールの前で次々と飛び込んでくるボールに飛びついていた。
その反面、無口なシーグアズは声こそ出さないものの、長身を活かした体を使いFWとしてポストプレーなどを献身的にこなしていた。
6月第一週目土曜日の私立ホーブ学園高校夜間部卒業式の翌日から、ゲイルとシーグアズの二人はシルク村までやってきてACシルクの練習に練習生として参加している。
その間にコーチ陣にもわずかに変化が生まれていた。
GKコーチとしてナムの漁師仲間であり西州1部でプレー経験があるラルフが就任していた。
その横にはナムの妻であるイーチェンがコーチ陣の一員として練習をする選手たちのフォローに回っている。
ナムはラルフに尋ねた。
「なぁ、あのゲイルは使えそうか?」
「まぁ、競争相手が元ディージャル・シティのビョルンだから比較するのは辛いところがあるな。1年間実戦から遠ざかって自分たちで練習をしていた分、ちょっと変な癖がついてるな。あと、FWのシーグアズにもそれは言えるな。」
「まぁ、それは練習前から予想できたことだからな。それは目をつむろう。これからの練習で矯正していくしかないな。」
だが、ナムの評価は高かった。
確かに彼らは、17歳から18歳にかけての1年間、指導者による指導を受けられなかったため、若干癖がついてはいるが基本的なテクニックはできている。
戦術理解も早い。勉強を怠らなかった成果だ。
まだ体つきは細いが、18歳という年齢を考えればこれから筋肉をつけていけば良い。
ラルフは嘆息しながらナムとイーチェンに告げた。
「ビョルンが言うには、ゲイルにアドバイスはしないらしい。背中で学べ、だと。まぁ、プロクラブだからな。」
2週間の練習が終わる日の練習前、ACシルクが使っている元ガンサ小学校のスタッフ室(元職員室)で草太、レベッカ、ナム、ラルフ、クラウディア、イーチェンは机を囲んで2人の合否について検討をしていた。
ナムが言うには、プレーの癖と肉体強度がまだ足りないが、18歳という年齢を考えれば、加入後の練習で鍛え直せばいい。足元の技術は既存メンバーと遜色なく持久走では、特にシーグアズは既存メンバーより上とのことだった。
草太は少しだけ苦笑した。
「そういえば以前、ビョルンはこのチームにはテクニックもスタミナも戦術理解も足りない、と言ってたね。そういう意味では2人に期待が持てるね。」
しかしレベッカは彼らとの契約には不安があった。
「ねぇ、ソウタ。彼らを雇い入れるということは、すでに内定していた工場や冒険者の道をやめさせるということよ。お金も正直そこまでは出せない。当分の間、ほかの仕事と掛け持ちしてもらうしかないわ。」
クラウディアはレベッカに告げた。
「それなら、練習前に事務仕事をしてもらうのはどうでしょう。正直、事務仕事をこなしつつ営業をするのは大変でして、夕方には息子のために帰らないといけない身ですから。」
クラウディアは営業部長の肩書を持つとはいえ、9歳の息子を持つシングルマザーだ。
普段はクラウディアの母親が息子の面倒を見ているらしいが、それでも母として幼い息子との時間を大切にしたい気持ちはわかる。
平日の練習はほかの兼業選手の事情を考慮して、夕方5時からだ。
ほぼフルタイムで働いてもらうことになる。
草太は決断した。
「日中は事務員としての勤務を条件として2人にオファーを練習前にしよう。8月上旬の西週2部リーグの開幕に向けて、そろそろ選手登録の期限もある。もう書類を郵便で出さないと間に合わない。」
草太は練習に二人一緒にやって来たシーグアズとゲイルに声をかけ、スタッフ室に連れてきた。
草太は契約条件を告げた。
「君たちをACシルクの一員として迎え入れたい。」
続けてレベッカが契約条件を告げた。
「契約条件は、練習前のフルタイムでの営業事務よ。具体的にはクラウディア営業部長とサブリナの営業用資料作成がメインとなるわ。」
すると、ボソッとシーグアズがつぶやいた。
「俺、できるかなぁ?」
レベッカはシーグアズに話しかける。
「そこは、クラウディアとサブリナがフォローする。クラウディアもサブリナもいない時は私がフォローする。あと、お金周りの仕事は私がするからそこは心配しないで。」
その言葉を聞いてゲイルは立ち上がった。
「やろうじゃないか、シーグアズ!俺は命がけの冒険者にならなくてもいいし、お前だって東州に行きたくないって言ってただろ?それに、またお前とサッカーができるんだ!」
シーグアズは数秒間ほどゲイルの顔を見て、コクリ、と頷いた。
草太は契約書と万年筆を二人の前においた。
「納得してくれたなら、サインをしてほしい。これは契約書だよ。よく読んで、サインしてね。」
そうして二人は契約書にサインをした。
そうして2人は練習参加のため更衣室へと去っていった。
草太は改めて1枚の紙に現在のメンバーを書いた。
「このメンバーで開幕を迎えるよ」
『理事
戸河内草太 (20)
副理事
レベッカ (20)
監査
レヴィー (55)
営業部長
クラウディア (33)
営業※午前勤務のみ
サブリナ (16)
監督
ナム(25)
コーチ
リー・イーチェン (27)
GKコーチ
ラルフ (25)
GK
ビョルン(34)
ゲイル (18)※兼営業事務
DF
アルバロ(23)
セドリック(21)
ダンテ(22)
エリク(20)
グスタフ(24)
ルピ(21)
MF
フェリクス(22)
ウーゴ(23)
イヴァン(20)
ハビエル(21)
マルコ(22)
ニコ(19)
オスカル(24)
FW
パブロ(23)
クエンティン(20)
ラファエル(22)
セルヒオ(21)
シーグアズ (18)※兼営業事務
顧問司法書士
ヨンソン※ヨンソン司法書士事務所』
ナムはため息をついた。
「イーチェンはサッカー経験がないから、マネージャー的な仕事しかできない。本職のコーチが欲しいな。あと、GKがあと一人とフィールドプレイヤーが後二人は欲しいな。しかもパブロは謹慎中だしな。ソウタ、パブロはまだ話し合いにクラブに顔を出していないだろ?ソウタが来いと言ったにも関わらず、だ。」
「そうだね。正直なところ、彼を干そうと思っている。なかなかうまくいかないね。」
そうしてサブリナは書類を持ち郵便局へ向かった。
すると、その数分後、スタッフ室の扉をノックするものが現れた。
「誰かしら?」
レベッカが扉を開けると、そこにはパブロがいた。
補足ですが、サブリナはこのエピソード中に誕生日を迎え16歳になりました。




